第21話 リア充の告白
「なんというか、疲れたなぁ…」
あの後、なんとか宿泊施設まで帰ってきた俺たちを待っていたのはグループディスカッションという苦行だった。
実際はそこまで苦でもないのだろうけど、やはりというかぼっちにはなかなか辛いものがあったのだ。
テーマを決めて討論をするというのがこれほど大変だとは…
進行は西野が進めてくれたのだが、他のメンバーがどんどん意見を出していくなか、俺はオロオロしっぱなしだった。
話の流れが速い上に話題もコロコロ変わるし、元々頭の良くない俺はオーバーヒート寸前まで追い込まれた。
案の定天華には白い目で見られるし、東さんからはため息をつかれるしで散々な結果に終わってしまった。
そんなわけでようやく訪れた自由時間を、俺はひとりで謳歌しているというわけだ。
まぁ正しくはあまりの情けなさにへこんで、とりあえずひとりでいたかったというだけなのだが。
こっそり施設を離れて森に近い開けた草むらに腰を下ろして黄昏ているが、俺では絵にもならないだろう。
そういうのは西野や天華の役目である。
俺はただのモブキャラだ。それも、能力値が低い序盤であっさりやられるようなやつ。
「ほんと、情けねぇな俺…」
こんなんでよく天華に並びたいなどと思ったものだ。
思わず自嘲してしまう。今日一日で俺の僅かなプライドは、すっかりボロボロになってしまったらしい。
擦り切れた心ごと投げ出すように、ジャージのまま寝そべってしまうが、不貞腐れている俺の元にひとりの影が差し込んできた。
「やぁ、ここにいたんだ」
「…西野か」
クラスの人気者にして我が班のリーダー。
今日も散々その優秀さを発揮したというのに、まるで偉ぶることのない男。
まさに完璧超人の体現者であるイケメン、西野宏太が俺のことを見下ろしていた。
それはまさに俺と西野の差を表しているのだが、西野は「隣いいかな?」と声をかけ、天上人からあっさり俺と同じ目線まで下りててきた。
「どうしたんだい?あっちでみんな楽しそうにしてるのに、こんなところでひとりでいるなんてさ。来栖さんも心配そうにしていたよ」
「…それはねーだろ。今日だって散々みっともないとこ見せたのに」
意気込んで早々これだ。空回りってレベルじゃない。
穴があるなら埋まりたいくらいの気持ちだった。
「西野くらいすごいやつだったら別なんだろうけど、俺なんて全然ダメなんだよ。なんつーか、情けなくてすげーへこむわ」
「…別に僕はすごくなんてないよ」
そう言って西野は目をそらした。
なんだよ、ここで謙遜とかお前どこまでいいやつなんだ?
俺がお前なら、絶対イキり散らしてすぐさま天華に告白するぜ?
そんだけお前はすごいんだから、もっと自信持てよ。
じゃないと、俺があまりにも――
「…ねぇ、浅間くんは僕の髪、どう思う?」
「は?どうって…」
どっから見てもサラサラのイケメン茶髪ヘアーなんだが?
モデルにもスカウトされたらしいその髪は、今も夕日を浴びて輝いている。
ボサボサ黒髪の俺とは比べるまでもない。
「めっちゃ似合ってるじゃん。どっから見てもイケメンそのものだろ」
「はは、ありがとう。だけど、僕にはまだ違和感あるんだよね。両親からは染めた時に驚かれたし、正直自分としては似合っていないと思ってる。これは本当の僕じゃないんじゃないかってさ」
「それって――」
どういうことだろう。どっからどう見ても西野はリア充そのものだ。
だというのにまるでイキってることもなければ、周りに気を使うわこうして俺にも親切だわで、いいやつすぎてまるで腹も立ちようがない。
なのに、西野はそんな自分にまるで自信がないように見える。
それは、まるで――
「うん、僕はいわゆる高校デビュー組なんだ。元陰キャってやつさ。それこそ、今の浅間くんみたいにね」
そう言って西野ははにかむように笑っていた。
その姿を俺は呆然と見つめてしまう。
「え…いやいや、マジかよ!全然違うじゃん!今のお前、全然負のオーラなんてないだろ」
「まぁいろいろ頑張ったからね。中学の頃人気だった人たちを見て研究したり、自分なりにオシャレや勉強に力を入れてみたりさ。今のところなんとかなっているけど、いつ尻尾がでないかとヒヤヒヤものだよ」
まぁ要するに僕は陽キャの真似事してるわけ、なんて西野は笑顔で言うが、到底信じられなかった。
とてもじゃないが、俺の元同類とは思えない。
西野が放つオーラは圧倒的に光属性のそれだ。
たかだか数ヶ月で、ここまで変われるはずがない。少なくとも、俺じゃ絶対に無理だ。
「…なんで高校デビューしようなんて思ったんだよ」
だから俺の口から出た言葉は、単純な疑問だった。
西野の言葉が真実とは思えないが、本当だとしたらなんでここまで変われたのか、純粋に知りたかったのだ。
俺の言葉を受けた西野は少しだけ考え込むと、ゆっくりと口を開いた。
「なんでか、ね…やっぱり、自分を変えたかったからかな」
「自分を…」
ありきたりな理由だけどね、と西野は笑った。
「すごく楽しそうに見えたんだ。いろんな人と笑い合って、いろんなことを楽しそうに話す彼らの姿が。憧れたといえばいいのかな。だから、僕もああいうふうに誰かと笑いたいと思った。自分を変えれば、そういう人が見つかるかもと思ったんだよ」
「…………そう、なのか」
「うん。まぁ自分が変われたかどうかは分からないし、そういう相手はまだ見つかってないんだけどね。なって見ると一人の頃よりよっぽど大変だよ。でも、退屈だけはしてないかな」
そう言って微笑む西野は、すごく楽しそうに見えた。
先ほどまで見えなかった自信が、今は顔を覗かせている。
子供のように純粋な顔で笑う西野が眩しすぎて、目をそらしたいのにそらせない。
「後悔は…」
「ん?」
だけど、これだけは聞かなければいけなかった。
「後悔は、してないのか。それまでの自分を捨てて、リア充としての自分に変えたことに、後悔はないのか?」
きっとこれを聞かないと、俺が後悔すると思ったから。
俺の質問を受けて、西野は目をパチクリとさせていたが、僅かな間を置いた西野はまた笑顔を浮かべて、俺の求めていた答えを口にした。
「うん、してないよ。これまでの自分がいたから、今の自分があると思うから。案外踏み出してみるのも悪くないものだよ」
「そうか…」
―――敵わないなと、そう思った。
西野は、変われたのだ。
俺とは違い、踏み出すことを恐れなかった。
天華と一緒にいたいと言いながら、結局変わることを恐れて踏み出せなかった俺とは違う。
だからこんな笑顔ができるのだ。
こんなにも眩しい笑顔を浮かべることが。
それこそ、この黄昏時のように。俺の心を締め付けるように。
嫉妬していた自分があまりにも小さく見えるほど、今の西野は俺にとって眩い太陽そのものだった。
「…俺も、変われるかな」
自然とそんな言葉が口に出ていた。
踏み出せるならそうしたい、でも怖い。
「大丈夫だよ、僕でもできたんだから」
だというのに、なんでもないことのように西野は言った。
「無茶言うなよ、お前と俺じゃ違うだろ…」
「違わないさ。気持ちはわかるもの。後は踏み出すだけだよ。ほら、僕も手伝うからさ」
そう言って西野は手を差し出してきた。
その相手は俺だというのに、相も変わらず嬉しそうだ。
「…ありがとう、西野」
「どういたしまして」
俺はオズオズとその手を握り返す他なかった。
なんというか、完全に絆されてしまったらしい。
西野からは同類の気配など微塵もしなかったというのに、こいつがいうなら信じてみようと思ってしまったのだ。
「じゃ行こうよ。さっきも言ったけど来栖さんも待って…」
「二人でなにしてるの?」
不意に底冷えのする声が聞こえた。
俺と西野はガッチリ握手したまま固まるが、男の友情に割り込んでくる空気の読まない女が現れたのだ。
「こんな人気のないところで二人でいるなんて、アンタ達もしかして…」
「はぁっ!?な、なに言ってんだお前!」
「西野くん、女の子に全然興味なさそうだったのってもしかして…!?」
「それは誤解だよ、東さん…」
いつの間にかこの場にいた天華と東さんに俺たちは問い詰められ、休憩時間は終わるのだった。
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