第8話 人気者と朝の登校
「それでさ、西野くんがモデルにスカウトされたって話でクラスの女子盛り上がっちゃって…」
「そうなんだ。うちのクラスだと宮田くんが人気あるけど、彼は速水さんが好きだって噂あるからあんまり話題に挙がる感じじゃないんだよね」
「そうなの!?あちゃー、気になってるって子いたんだけどなぁ。どうしよ…」
「でもその速水さんは野球部の倉石くんが気になってるみたいでね」
「え、ほんと!?うわー、泥沼じゃん」
「…………」
拝啓。父さん母さん。
あなた達の息子は今、幼馴染のガールズトークに巻き込まれて、とっても肩身が狭いです。
(すっごい居づらい…)
マジで居心地の悪さが半端じゃなかった。
俺がいることを忘れているんじゃないだろうか。
女子が他人の恋愛話が好きなのは知っていたが、顔も知っているやつが話題にあがると話は別だ。
テレビの向こう側の世界とは違う生々しさがある。
とはいえほんとに知ってるだけなんだけど。ぼっちの俺には同性の男子に話しかけることすらハードルが高いのである。
さきほど話に上がった西野は見かけだけだと茶髪に染めたサラサラヘアーの爽やかイケメンであるが、たまに体育の時にひとりでいる俺に声をかけてくれて組んでくれることがあるため、悪い印象はない。
男にも優しいなんて、中身もイケメンとかずるいなぁと思うくらいだ。モテるのも納得ではある。
ただ、やっぱり好きな相手から他の男の話がでるとモヤモヤするというか…複雑な男心というやつだ。そこらへんは察してほしい。
大人しい顔をした琴音も、普通に天華の話についていけるのもちょっとショックだ。
てっきりその手の話に興味がないものとばかり思ってたんだが…
俺なんて話せる話題はラノベとゲームを含めたオタク寄りのものしかないんだぞ。
あとはせいぜいSNSに流れてくるような話題くらいだ。それだって偏っている。
彼女たちの話についていける内容ではない。
「男子と女子の隔絶した差を感じる…」
「なに言ってんのよアンタは」
俺のぼやきに天華が呆れた声をあげていた。
話題についていけない引け目から、途中から二人の数歩後ろを離れてついていっていたのだが、彼女は目ざとく反応したらしい。
「いやぁ、二人とも大人になったんだなって…」
「まぁアンタはいつまで経ってもガキっぽいけどね」
天華はフフンと見下した目で俺を見てきた。
こ、こいつ…やっぱりムカつく!
やっぱり謝るべきではなかったなんて考えが頭をよぎるが、俺はなんとか押しとどまった。
琴音の手前というのもあるが、やはり惚れた弱みというのだろうか。
意地悪そうな目も今は魅力的に見えてしまう。
いつもとは違うツーサイドアップの髪型という補正も入っているかもしれない。
だけど、そう思っているのは俺だけではないようだった。
学校が近づくにつれ、行き交う生徒の数は増えていったが、多くの生徒はすれ違い様、もしくは遠目で天華に視線を寄せていた。
やはり彼らにも今の天華は新鮮に見えるのか、普段より注目を浴びている。
明らかにガン見しているやつもいるくらいだ。熱に浮かれたかのように、ボーッとした目で見つめるやつもいた。なんとなく危ない視線も混じっているような気もする。
だが天華はまるで気にしていないようで、いつも以上に奔放に振舞っていた。
教室では猫を被ったように優しげな笑顔を浮かべているのだが、今はどちらかというと中学で見せていたような、イタズラっぽい生意気そうな笑みを浮かべている。
それが今の天華と大変マッチしており、ますます天華の人気は上がりそうだと思ってしまうのだ。
なんとなく、悔しい
「…まぁそうかもな」
確かに俺はガキのままだ。
その笑顔を知ってるのは俺だけでいいだなんて、子供っぽい独占欲を持ってしまうくらいには。
バツが悪くなった俺は、天華から目をそらした。
「は?雪斗、アンタどうしたの…」
「天華じゃん!おっはよー!」
「え、きゃっ!」
怪訝な顔を見せる天華が、いつもと違う様子の俺を訝しんで問いただそうとしてきたその時、ひとりの女子生徒が後ろから彼女に抱きついてきた。
気付けなかった天華は可愛らしい悲鳴をあげている。
天華の女の子らしい声なんて滅多に聞くことができないし、なんとなく得した気分だ。
俺からしたらちょっとしたラッキーである。
「後ろから見たらいつもと髪型違うし、違う人かなーと思ったらやっぱり天華だったもん。ビックリしたよ、ますます可愛くなっちゃってずるいぞこのー!」
「あ、やめなさいって。みくり、もう!」
抱きしめたままその女の子は天華の体を撫で回す。
彼女にとってはスキンシップのつもりなのかもしれないが、目の前で行われるそれは健全な男子にはなかなかに目の毒だ。目のやり場にも困ってしまう。
隣にいた琴音も、朝の通学路で突然始まった女の子同士のじゃれあいにビックリしているのか、目をパチクリさせていた。
思わず凝視してしまった俺の視線に気付いたのか、顔を真っ赤にさせた天華は慌てて彼女を引き剥がした。眼福だったのにちょっと残念…
「あ、ちぇー残念。もっと堪能したかったのに…」
「こ、こんなところでなにすんのよ!ゆき…男子の目だってあるでしょうが!」
「いやー、天華があんまりにも愛らしくてついさ。ごめんよー」
怒り心頭といった様子で激高する天華に悪びれた様子もなく、その少女は笑って答えている。
なかなかに肝が太いらしい。
天華に怒られている女の子は俺たちと同じ学校の制服を着た生徒だ。
その顔には俺も見覚えがあった。天華と同じグループにいる子だ。
確か名前は
人の名前を覚えるのは苦手なので正直自信はないが、名前は間違ってないと思う。
さっき天華が呼んでたし、根拠としては充分だろう。
天華が中心となったリア充グループの中でも彼女は賑やかし担当というか、とにかく明るい人でクラスの中でも天華に次いで人気の高い女子である。
ボーイッシュなショートカットに程よく焼けた肌。天真爛漫な明るい笑顔が彼らには魅力的に映るんだそうな。
他の男子の話をこっそり盗み聞きして得た、信憑性に欠ける情報ではあるのだが。
未だ怒りが収まらず、プンスカと怒る天華にようやく頭を下げた彼女だったが、ここでようやく天華の近くにいた俺たちの存在に気付いたようだ。
珍しいものでも見たかのように俺のことを見てきた。
「お、君は確かうちのクラスの…えーと、誰だっけ?」
「…浅間雪斗」
「そうそう、浅間くんね。うん、そうだったそうだった」
納得したように砂浜さんが頷く。
一ヶ月経っても名前を覚えられていないのはちょっとショックだったが、ここまであからさまに言われると悪い気はしない。逆に好感を持ったくらいだ。
きっと彼女は素直な子なのだろう。俺や天華とは真逆の性格のようだった。
「それで、浅間くんはさ。なんで天華と一緒に登校してきたの?もしかして天華の彼氏?髪型変えてきたのも君の影響?浅間くんってこういう髪型好きなの?だったらありがとう!今の天華めっちゃ可愛くてあたし好みだよ!」
「あ、えっと…」
なにこの子、めっちゃ距離が近い。グイグイくる。
砂浜さんのマシンガントークに俺がタジタジになっていると、堰を切ったかのように天華の周りに人が集まってきた。
流れが変わったと思ったのだろう。我さきにとばかりに生徒が殺到し、あっという間に天華は囲まれてしまう。
「来栖さん、髪型変えたんだね、すごく似合ってるよ」「そういうのも天華って似合うよね、いいなぁ」「あ、写真撮ろうよ。みんなに見せちゃお!」
「え、ちょ、ちょっと!」
こうなると俺にはもうどうにもできない。
人の輪をかき分けて天華を救い出すなどという、映画の主人公みたいなことはできなかった。
運動部のガタイのいいやつも何人かいるのだ。絶対無理。
俺に詰め寄っていた砂浜さんもその光景を見て「あちゃー」と呟き顔を顰め、俺に向かって振り返る。
「ごめんね浅間くん。あたし天華を助けに行ってくるよ。話はまたあとで聞かせてね!」
「あっ、砂浜さん!」
俺の話も聞かず、彼女は人垣の中に単身突っ込んでいった。
さながらヒーローのような慌ただしさに、俺はポカンとしてしまう。
嵐のような子であった。
「はぁ…」
「なんていうか、大変だったね…」
今日何度目かになるため息をついていた俺に、琴音が近づいてきた。
彼女も輪から弾き出されたらしい。戸惑いからか、曖昧な笑顔を浮かべている。
「まぁな…しかしこれじゃ、天華と一緒に行くのはもう無理そうだな」
「そうだねぇ…」
改めて見てもえらい人気だ。芸能人さながらである。
やはり遠い人になってしまったんだなと、寂しく思う。
そんな俺を琴音がどこか思い詰めたような目で見ていたことに、俺は気付くことができなかった。
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