第7話 仲直りと新たな気付き

「…………」




「…………」




その日は朝から重い沈黙が、俺たちの間を支配していた。


天気は快晴、青空が広がり心地よい風が吹く小春日和だ。


きっと今も多くの学生が春の風を浴びながら、気持ちよく学校に向かっていることだろう。


ただし俺たちを除いてという注釈がつくのだが。






俺と天華はウグイスが鳴く晴天の下、無言でにらみ合うことになっていた。


理由を聞かれても答えはなどない。


なんでこんなことになってしまったのかは、俺にも分からないからだ。




強いて言うなら、やはり意地の張り合いというやつなのだろう。


昨日の夜、琴音から連絡をもらい、なんとか天華との橋渡しが成功した報告を受けて胸をなで下ろしたところまでは良かったのだ。


そして今日の朝、俺たち三人で登校することでわだかまりを解き、喧嘩両成敗の流れにしようという作戦も提案してもらい、喜んで飛びついた。


これもまあいい。




問題は家を出たタイミングだ。


琴音から集合時間は指定されていたのだが、さすがに頼んだ手前としては待たせるのは悪いだろうと思い、いつもより早く家を出ることにしたのだ。




これが良くなかった。




俺が家を出たのと全く同じタイミングで、隣の家の玄関のドアも開け放たれたのである。


ガチャリという音と、いってきますという聞き慣れた綺麗な声色に、思わず俺はそちらに意識を飛ばしてしまう。


それは向こうも同じだったようで、俺たちはバッチリ目が合ってしまった。




「「あ…………」」」




その相手は天華である。悔しいことに、こいつとは家も隣同士という生粋の幼馴染だった。


呟いた言葉も同じで、なんとなく嬉しくなるが、同時に気まずい雰囲気が流れ始める。




(なんでこいつこんなタイミングで出るんだよ…)




おそらく向こうも全く同じことを思っているのだろう。


天華は恨めしげに俺を睨んでいた。




今日は琴音をクッションとすることでなんとか謝り、仲直りして事なきを得る予定だったのだ。


それが予定より早い段階で遭遇してしまった。


緩衝材となる琴音の姿もまだ見えない。こうなると計画は全てパーだ。


俺たちの仲直り登校は、見事ご破産となったわけである。




せめてもう少し早いか遅く出てたならそれを取っ掛りに会話に持ち込めたものを…


これで天華を恨むのはそもそもお門違いというものだが、あまりのタイミングの悪さにため息をつかざるを得ない。




朝から景気の悪い息を吐く俺を見て、天華は顔を顰め、不機嫌そうに目尻を釣り上げていく。


それを見て俺は内心慌てていた。




…やべぇ、今のはミスった。


とはいえ今さら取り返しがつくはずもなく。




意地になった俺たちは朝からメンチを切ってガンをつけ合うという、どこぞのヤンキーみたいなやり取りをすることになったのである。




((これ、いつまで続くんだろう……))




内心は互いにとても間抜けなことを考えていたわけなのだが。




そんな俺たちを遠目に眺めながら額へと手を当てて呆れ返った琴音がくるのは、ほんの少しだけ先のことだった。












「…朝からなにやってるの、二人とも……」




「…雪斗が人の顔見てため息ついてきたから…」




「いや、お前だって人の顔見て睨んできただろーが…」




昨日に引き続き疲れた顔をした琴音が合流したことで、ようやく俺たちの間で会話が成立することになった。


その内容は、とても穏当とは言い難いものだったが。




「なによ、私が悪いって言うの!」




「そこまで言ってないだろ!」




「……あのさ、二人とも。私がここにいる理由なんなのか忘れたの?」




「うっ……」「あ……」




ヒートアップしつつあった俺たちはその一言で互いに押し黙ってしまう。


…そうだった。なにやってんだ、俺。




一気に頭が冷えた。頭が痛そうにこめかみを押さえる琴音を見て、申し訳なくなってしまう。


天華も同様だ。気まずそうな顔をして琴音から目をそらす彼女を見て、俺は腹を括った。




「……天華、ごめん!俺が悪かった!友達のことまで悪く言っちゃったし、本当に悪いと思ってる。昨日は本当にごめん!」




「へ……?」




俺は勢いそのままに頭を下げた。


そうでないとこいつにこんなことはできない。


俺たちのために頑張ってくれた琴音の顔に、これ以上泥を塗りたくなかったのだ。




もちろんそれだけでなく、やはり天華とちゃんと仲直りをしたいという思いもあったのだが、これが俺にできる精一杯の誠意の見せ方だった。




予想外の俺の行動に、天華はしばし困惑して目を白黒させていたが、頭を下げ続ける俺の想いを汲み取ってくれたらしく、恥ずかしそうにしながらも声をかけてくれた。




「い、いいわよ。別に…私も悪かったし。だからさっさと頭上げなさいよ」




「ほ、ほんとか?許してくれるのか?」




「そう言ってるでしょ!もういいから!こっちの調子まで狂っちゃうわよ」




オズオズと顔を上げた俺を、天華は顔を赤らめて上目遣いで睨んできた。


さっきまでと目つきは同じだが、気まずさは俺の謝罪と同時にどこかに吹き飛んだらしく、既に俺たちの間には険悪な雰囲気はない。




むしろプイッと目をそっぽを向く天華を見て、可愛いなと思う余裕まで出てきたくらいである。


我ながら現金なのものだと、思わず苦笑してしまう。




(あれ…?)




そうなると先ほどまでとは違ったものも見えてくるようで、俺はあることに気付いた。


今日の天華、なんだかいつもと違うような…






その時、パンと音が鳴り響き、俺の意識は反射的に天華から音がした方へと向けられた。


その先にいたのは、両手を合わせながら笑顔を浮かべた琴音だ。


さっきの音は彼女が手を叩いた音だったらしい。




「はい、これで仲直りだね!めでたしめでたし!私も取り持った甲斐があったよ、またこれで仲良し幼馴染に元通りだね」




「お、おう…」




彼女は強引にまとめにかかっていた。


それも当然だろう。幼馴染の仲だろうと、朝からあんな醜態を見せられたらさっさと話を進めたくもなる。


誰だってそうする。俺だってそうする。




いろいろあったが、なんとかなってほっとした。


それじゃ早く行こうと歩き出す琴音に、安堵していた俺は慌てて彼女たちに追いすがる。


追いつきざま、俺はさり気なく琴音にお礼の言葉を述べた。




「琴音、今日はありがとな。本当に助かったよ」




「どういたしまして。お礼はあとでちゃんとしてもらうんだから、覚悟しててね。それと、私以外にも言ってあげることがあるんじゃないかな?」




「え……」




「ほら、天華ちゃんがこっちを見ながら待ってるよ」




その言葉を受けてチラリと天華を見ると、彼女はしきりにこちらの様子を伺っていた。


天華も琴音にお礼を言いたいのかと一瞬思ったが、どうも天華の視線は俺に向けられているらしい。




琴音の言葉と天華の視線。


それがなにを意味するのか、俺は出来の悪い頭で必死に考えた結果、ある答えにたどり着いた。




だけどそれは…




(こ、こいつもしかして…)




この考えが本当に正しいのだとしたら。


俺はゴクリと唾を飲んだ。


いつの間にか緊張していたらしい。


それもさっきまでのにらみ合いよりよっぽどだ。






なにか言いたげにこちらを見る天華と、クスリと笑う琴音の視線を背に受けながら、俺は恐る恐る口を開いた。




「天華…お前、今日は髪型変えてきたのか?」




「えっ…!?」




俺の言葉に驚いたように目を見開くが、その瞳には喜びの色が浮かんでいるように思えた。


なんとなくの直感だが、長い付き合いだ。


それくらいは俺でも分かる。


どうやら俺は正解することができたらしい。




「なんかいつもと違うなって思って…その、似合ってると思うぞ」




「ぁっ…あ、ありがとう…」




ますます顔を赤らめた天華が恥じらうように、前髪の毛先をしきりにいじる。


照れたとき、天華が見せる癖だった。




今の天華は、頭の上で髪をふた房まとめて垂らす、いわゆるツーサイドアップテールという髪型だ。


普段はストレートに流していることが多いため、こういった髪型の天華は新鮮に見えた。


それに合わせてメイクも多少変えているのか、ややナチュラルなものになっている。




女の子とは不思議なもので、それだけで普段とは受け取る印象がまるで違った。


今の天華はどことなく子供っぽさを増した、イタズラっぽい小悪魔チックな雰囲気を醸し出している。




天華なら、きっとアイドルとしても充分通用することだろう。


いや、どんなアイドルでもきっと天華には敵わない。


そう思わせる天性の魅力が、彼女にはあった。






―――遠いな






なんとなく、そう思った。


子供の頃から一緒だったはずなのに、今の俺と天華ではあまりにも遠い。


住む世界が違うという言葉の意味を、俺はまざまざと思い知っていた。




「……雪斗、どうかしたの?」




「え、いや、なんでもないって!」




思わず黙り込んでしまった俺の顔を、天華が心配そうに覗き込んできた。


やっぱり、天華は可愛い。本当に、どうしようもないほどに。


顔を合わせれば憎まれ口ばかりなのに、こんなにも彼女に惹かれてしまう。




訝しむ天華から目をそらし、俺は密かに拳を力強く握りこんだ。




―――それでも、やっぱり俺は天華のことが




秘めた想いを胸の奥にしまい込み、俺は誤魔化すように幼馴染たちとの久しぶりの会話を楽しむことにした。






今はまだ、これでいいんだ。






今は、まだ

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