第11話 神の御言葉

 そうなのだ。あくまでも神が口にしたのは〝日本に戻す〟ということ。

 俺がいた世界に戻すなんて一言も言っていないのだ。


『言ったことはちゃんと守ったからね。そう、言ったことは……さ』


 確かに……言ったことは守ってる。それは間違いねぇ。

 ちゃんとした日本だし、そこに反論の余地はない。


 けど……けどなぁ……。

 だったらここはどういう世界だっつうんだよぉぉぉぉっ!


 するとその時だ。


 ――キィィィィィィン!


 突如耳鳴りがして、思わず両目を瞑ってしまった。


「おや、ようやく気づいたようだね」


 そこへ聞こえてきた声には聞き覚えがあった。

 ハッとして顔を上げると、周りが灰色に彩られ固まった世界が広がっていた。

 しおんも真鈴さんも、二人同時に驚いた顔のまま停止している。


「ああ、安心してくれていいよ。時が止まってるだけだしね」

「!? あ、あんたはっ!?」


 妙な後光を背に受けながら宙に浮かぶその存在こそ、俺を異世界に飛ばし、またこの世界に転生させてくれた神だった。


「な、何であんたがここに!?」

「いやぁ、本当は転生者にはあまり干渉しちゃいけないんだけどね。君は特別というか……いろいろ疑問があるだろう?」

「そ、そうだ! おいあんた! これはどういうことなんだよ! 俺を転生させたのって元の世界じゃないのか!?」

「うん。ここは君が生まれ育った世界じゃない」

「んなっ!?」


 やっぱりそうだった。そもそも『異種』なんて聞いたこともないし、おかしいと思ったのだ。


「じゃあこの世界って……」

「並行世界……いわゆるパラレルワールドだよ」

「それって……可能性の世界ってやつ?」

「そう。君があの時、バスジャック犯に殺された世界がα世界だとすると、ここは君が殺されなかったβ世界ってことさ」

「…………」

「信じられないかい? けれどパラレルワールドというものは実際に存在するんだよ。それこそ無数に、ね。あの時、君がバスに乗らなかった世界、バスジャック犯が他の客に取り押さえられる世界、そもそも君には友人などいなかった世界などなど」


 俺は半ば呆然としながらも、神の話を淡々と聞いていた。

 だがどうしても聞いておかなければならないことがある。


「何で……何で俺をこの世界に? 元の世界じゃダメだったのか?」

「……言っただろう? 元の世界に戻すのは難しいと。不可能じゃないけれど、そんなことができるのは最高神様だけなんだ」

「あんたは……違うのか?」

「とんでもない! ただの上級神だよ。それでも君はこちらが示した条件を飲み、見事に達成してくれた。故に上級神として出来得る限りの権力で、君を蘇らせたんだ」

「……それがこの世界、なのか?」

「そう。この世界が一番君がいた世界に酷似していたんだ。だからこそ転生させることができた」

「……酷似?」

「この世界での同本日六は、君と同じくあの時、バスジャック犯に殺される予定だったんだ」

「!?」

「だからこそ非常に魂の同化をさせやすかった。それにこの世界の同本日六の在り方から、これまでの過ごし方から何もかも君と酷似していた。故にこの世界を選択したというわけさ」


 神々の見解や輪廻転生などの理屈は俺にはサッパリだ。きっと俺が何を言っても意味がないことなのだろう。

 けれどそれでも聞いておきたい。


「じゃあ……この世界の同本日六って存在はどうなっちまったんだ?」

「ん? ああ……気にせずとも良いよ。ちゃんと君の中……というか、君そのものだから」

「え?」

「言っただろ? この世界での同本日六は、君と酷似していると。違いを見つける方が難しいほどにね。強いていえば、『異種』に関しての知識くらいかな」

「そ、そうだ! 同化したってことは記憶だって共有してるってことだろ? 何で俺には『異種』に関しての記憶がなかったんだ?」

「ああ、それは多分君の魂の方が主軸になったからだよ」

「主軸? どういうことだ?」


 神は言う。魂同士が同化する際に、最も魂のエネルギーが強い方が人格や記憶の主軸になると。弱い方は統合されて魂の中に溶けてしまうらしい。

 ただ溶けただけで失われたわけではない。脳内の記憶として残っていなくとも、魂の記憶には刻み込まれているという難しいことを教えてくれた。


「本来ならこっちの世界の同本日六の魂が主軸になるんだろうけど、君は異世界での経験において魂のエネルギーは強大になり過ぎた。だから統合しても君が表に出たというわけだよ」

「それって……」


 それって何だか、もう一人の自分を殺したようなもんじゃないのか?

 だとしたら俺は…………とんでもないことしてしまったんじゃ……。


 その考えに戦慄し、恐怖と不安にかられていると、


「大丈夫。もう一人の君は、君に感謝しているよ」

「……え?」

「だって君が同化してくれなかったら、あの時に死んでいたのだから」

「あ……」


 そう言われればそうだった。俺と同じ結末を迎える魂だったのだ。この世界のもう一人の俺は。


「それに本当に嫌なら、たとえ神の力でも上手く同化させることはできないよ。拒絶反応を出し、君の魂は追い出されてしまう。しかしこうして同化し、無事に日常を過ごせているということは……もう分かるよね?」

「………………嘘、じゃないんだな?」

「神は嘘は言わないよ」

「…………そっか」


 俺はギュッと胸当たりの服を掴み瞼を閉じる。

 こんなところで突如知ってしまった真実だが、それでも言っておかないと気が済まない。

 いや、言うべき言葉がある。


「ありがとうな……もう一人の俺」


 するとそれに応えるかのように、心臓がドクンッと脈打ち身体が熱くなった。


「ふふ、どうやらもう一人の君も同じようにお礼を言っているようだね」


 ああ……聞こえたよ。だから俺は、改めて決意した。

 この命、もっともっと大切にするって。

 何せ二人分の魂を背負った命なのだから。


「じゃあ僕はこれで失礼するよ。恐らくもう会うことはないかもしれないけれど」

「……一応礼は言っとく。ありがとう……ございました」

「ふふ。いいよいいよ。あ、ただ気をつけてね」

「へ?」

「この世界は、君が思っている以上に複雑で……面白いからさ」


 最後に爽やかな笑顔を見せた神が口にした言葉が気にかかり、詳しい説明を求めようとしたが、灰色だった周囲の光景が元に戻り再び時を刻み始めた。

 あ、あの野郎ぉ……またすっげえ不安になるようなことを言い残しやがってぇぇぇっ!


「え、えっと……ろっくん? どうかしたの?」

「……いや、何でもねぇ」

「何でもないこと無いですよね? 急に大声で叫び出して……」


 ですよね。確かに真鈴さんの言う通り、何かあったから叫んだわけだし。


「いや、マジで何ともないんすよ。ただ引っかかっていた疑問が不意に溶けただけで。だから気にしないでください」

「え、ええ……そこまで仰るんでしたらもう聞きませんが。しおんもそれでいいですね?」

「うん、ろっくんが困るようなことはしないよ」


 空気を読んでくれる二人で助かった。


 しかしまあ……パラレルワールドねぇ。


 人間だけでなく、人間に似て非なる存在――『異種』がいる世界。

 しかもそれが自分の友人だったとは…………誰が予想できるかね。

 それでも……またこうして日本という国に戻って来られただけでもありがたい。

 とりあえず今は、そう思うようにした。




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