天晴

白神天稀

幻想の中に

──────朝焼けが綺麗なある日のこと。

この日は、この日も変わらず街は美しかった。


朝露が植物や電線にしがみついて輝き、息を吸えば冷たい空気が肺から全身に染み渡っていく……この男もその感覚を感じられているのだろうか?


「あはっ、ははははは……やぁっはっはぁ」


風の爽快さと、彼の中で渦巻いている言葉にし難い気持ち悪さのギャップに思わず笑いを零してしまう。

あたかも友人と話している時のように笑う彼は……1人、住宅街の道で1人歩いている。涼しい笑顔の中にはどこか感じる"空洞”のような違和感。面白そうに笑っているわけでもなければ狂ったような笑いでもない、普通な──異常なまでに普通な笑い方をしていた。


「はははっ、ふぅ……」


彼は笑い終わるとスッキリしたような表情を浮かべて歩く速度を上げた。


「にしても今日は雨が酷いな……ん? あっ、晴れてんじゃん」


彼は空を見上げながらそんな独り言を呟いていた。この朝はおろか、この数日は快晴が続いているはずだが可笑しなことをただ呟いている。


「わっけわかんねぇ、けどいっか! あっはは」


ポケットに手を突っ込んで笑いながら彼はトコトコとただ歩いていく。

歩いていると何人かと一気にすれ違った。自転車に乗っている人、ランニングをしている人、犬の散歩をしている人などが彼の横を通り過ぎる。


「────」


「────」


彼らの顔を彼は見ることができなかった。ただ目線を合わせていないというのもそうだが、何より彼らの顔にはモヤのような影がついていて見ることができないのだ。


「……今日もなーんだか変だよなぁ」


通行人や街の雰囲気の違和感を感じつつも彼は、ぼおっとしていた。


──ズキンッ


「っつー、いつも通りか」


突然、彼に激しい頭痛が襲いかかった。脳に突き刺さるようなその痛みがトリガーとなってなのか、連鎖的に吐き気と目眩の症状がやって来る。

倒れる前に彼は一度地面にしゃがんで口を抑えた。今にも戻してしまいそうな気分だった。


「うっ──そろそろか」


しばらくして立ち上がると再び歩みを進めていき、彼は目の前の道を左に曲がった。歩いていると不思議なことに不快感が弱まって心地良くなっていく。


「はぁ……はぁ……着いた」


彼が辿り着いたのは、近所の公園。ただ動ける小さなスペースがあるだけで、ブランコ程度しか置かれていない普通の公園。

しかし彼はここに着くと温かさのような安心感を得る。僅かに濡れた土と植物の青い匂いを鼻から深く吸った。


──プク、プクプクプク


「今日も来れたね……」


ブクブクブク……


地面の隙間から音を立てて水泡が浮かび上がってくる。

水泡は水中のように空気中をふわふわと漂い、波のように地面へ広がっていった。

水泡はとてつもない勢いでブランコや周りの家を覆い始め、とうとう彼の足元まで侵食してきた。

水泡の勢いは止まることをせずに辺りを囲んでいき、ついに足から彼の顔まで泡が這い上がって来て彼の視界を奪った。だが彼はそこから動くことも泡を振り払うこともせずに泡の中へ静かに飲まれていく。


その時の感覚は深い深い湖の中へと沈んでいくような奇妙でどこか安らぐ感覚、彼はその感覚の中で誰かにボソリと答えた。


「──いつもみたいに、俺を連れて行ってくれ」


その言葉を言った途端に泡は彼の体から離れて蒸発していく。泡の一つ一つが弾けるように離散していった。


──彼の目の前に広がっていたのは、誰もいない遊園地だった。

白や薄いピンクなど明るいが落ち着きもある配色で作られた空間。

辺りを見回すと誰もいないのに出来たてで熱そうなポップコーンの屋台やただひたすら回っているコーヒーカップやメリーゴーランド。

人っ子一人いないはずなのに、所々から小さな笑い声が聞こえてくる。

すると彼は目を瞑り、静かに微笑みながらカウントした。


「3、2、1……」


再び目を開けると、園内は多くの客で賑わっていた。大人から子供までが楽しそうに歩き回っている。

だが彼らは全員統一してピエロの面を被っていた。声も仕草も陽気な分、その面に刻まれた笑顔が不気味だった。

しかし彼はソレらを見ても何も驚くことをせずに園内を回り始めた。


「…………」


先ほどまでは独り言にも関わらず、どうでも良いことまでベラベラと話していた彼だったが、急に無口になり笑顔も止めた。

無表情のまま、ただ園内を散策しているだけ──


『……アハハ』


「あぁ、今日はそこにいたのか」


彼は人混みの中をすり抜けるように進み、メリーゴーランドの柵の前に立った。

周りの人々はただ歩いて回っているだけでアトラクションには一切乗ったいなかった。


なのでメリーゴーランドに乗っていたのは"彼女”だけしかいなかった。その女性だけは周りの人々と違って鮮烈に見えた。


『ねぇねぇ、写真撮ってる?』


「あぁ……もう撮ったぜ」



『天晴、こっち見て笑って!』


「──分かったよ」


彼女だけは周りの人達とは違っていたが、それはなぜか? それは彼女の顔どころか姿すらもまともに見れないからであった。

女性は全身をモヤのような白いの影で覆われていた。

その彼女を真っ白なシルエットでしか彼の目では捉えることができなかった……

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