太陽の帝国ー外伝(III)ー

天才の少女

「……こうして、英雄カムイと、四人の女傑により、銀河に再び、平和は訪れたのです」

 居並ぶ女子生徒の、机上にある姿を、鼻の下をのばすようにした表情で見回しながら、頭まで黒いローブで覆った、まるで修道女の姿をした老婆の女教師は話し続ける。


(まーた、この話……)

 そして、教壇の上にて展開されている立体映像を眺めながら、大きな碧眼の乙女の視線は、机上にのせた腕の上に顔をのっけて、退屈げに瞬きをすれば、肩先まである紫色の髪の片端の、丸玉のデザインなどをした髪留めで止めたその先を、空気のなかに揺らした、その瞬間だった。


「そろそろ、いつもの、だね~」


 すぐ隣に座る、リボン代わりの深紅のしめ縄以外は真っ黒づくめのセーラー服を着込み、スカートはミニながら、足まで黒いニーソックスが覆った、ほとんど肌をみせない格好の、顔つやまでもが不気味に青い、長い髪は先端まで編み込まれたクラスメイトのスレンダーな姿が、いつものように、その口元のギザギザした歯並びを露わにしてニヤニヤと、小声で近づいてきたと思ったら、もはや、隙だらけとしていた姿に後悔する隙も与えず、碧眼の乙女の豊満なバストを、その、丸に五芒星などが刺繍された黒い手袋が握る電子ペンシルの先で、えいやとつつくのだから、


「ふえええええっ?!」


 などと変な声とともに、驚いたデニムのショートパンツとキャミソールの井手達は、思わず立ち上がってしまうというものだった。

 

 夏の陽射の教室のなかでは、なにも知らない乙女たちと、デレデレとした女教師が、一斉に視線を集中する。


「あ~……あの~」

 隣で、クックックと笑い続けるクラスメイトには、早速、睨み付けてやりたくしながらも、乙女は、ばつ悪く取り繕おうとしたのだが、

「……そうですね。高原マーブルさん、これも全ては、あなたのご先祖様のおかげです。さあ、みなさん、祈りましょう。真の光の元、我ら、銀河の民に永遠の安寧を。アーメン」

「アーメン」


 教師の呼びかけに、他の皆がつづくなか、即座に着席した、マーブルと呼ばれた乙女は、相も変わらず、クックックと不気味な笑みを押し殺すのに必死としている隣の席を睨むと、

「ちょっとー! マガネ?!」

 などと、幼馴染に、改めて小声で猛抗議するのだった。


 いつの時代とて、学び舎の昼休みに屋上で食事をすることなども、変わらない青春の光景といってよかったが、今日も今日とて、ベンチに座ったマーブルは、ランチのつまったバケットを膝にご立腹だ。原因はいつものマガネのちょっかいであったのだが、小言のひとつも相手に響いてないと知るや、

「ちょっとー! あんたねー!」

「ん~?」


 マーブルが、ムッとして睨みつける向かい合わせのベンチの先では、頭だけではなく、膝から下の爪先まで、揃えられた女子の膝の上に横になるマガネが、相も変わらず不敵な笑みのままに、その巨乳ぞろいのなかの一人の胸を我が物顔に揉んでみせては、相手は顔は真っ赤にしつつも、吐息まじりにまんざらでもない様子なのだ。


 その誰もが、いくら夏の制服であるとはいえ、それぞれに肌の露出も際どい。きっとそれらもマガネの趣味故なのだろう。そして、

「はい。ダーリン、あーん」

 などと各自が彼女のために持ち寄った弁当を給仕する一人などは、超能力の持ち主らしく、まるで引力に逆らって、フワフワと浮遊していたりするのだが、その姿などは紐ビキニときている。


「ほんっと、あんたってコは……」

 彼女たちが所属している、マリリアンヌ女学院高校の校則に、基本、制服の義務はない。故に、マーブルもほぼ私服で通う毎日なのだが、幼馴染にすっかり虜となっている同学の乙女たちは、普段着としてはあまりにアバンギャルドな、言わば、マガネに「義務」づけられたその服装を、少なくとも彼女との逢瀬のときのみには着用することが鉄則なのだろう。

 それにしても、普通にイケメン好きであるマーブルにとっては、いつ見ても面食らってしまう現場である。くわえて、

「だからさー。マーブルもなっちゃいなよ」

「……なにによ」


 マガネは、自分の膝枕も交代させつつ、次々に、まるで自分のコレクションでも楽しむかのように、各自の豊かな胸の感触を楽しみながら食事を続けている。こんなときのマーブルの嫌な予感は腐れ縁の証だ。


「わ・た・し・の、嫁(たべもの)にっ!」

「まーた、そんなこと言ってー!」


 幾度と繰り返されたやりとりのなかで、もはや、マーブルにとっては呆れた口調で返すことすら慣れっこだ。そして、口説いた本人が無邪気にクックックと笑うなか、途端に突き刺さってくるのは、マガネを取り巻いた乙女たちが一斉に睨みつけてくる視線である。

(あらー……)


 そうなれば笑って誤魔化すしかないマーブルであったが、次に彼女たちが行ったことと言えば、互いを牽制しあうかのような睨み合いだったりで、これでは群雄割拠の戦国時代の睨み合いではないか。そんな女の意地の張り合いのいつもの光景に、マーブルは、一度、肩をすくめてみせると、バケットをしまい、

「さてっ、と」

 と、立ち上がったのだ。


「ん~? どうったの~? 昼休み、終わってないよ~」

 尚もハーレムに給仕されながら、マガネがマーブルに視線を移す。


「わたし、帰るっ」

「え~」

 これもいつものことながら、今度はマガネの方が少々驚くターンだ。


「今、作ってるコ、気になるし」

「あ~。なんだっけ~新しいロボットだよね~。もう、一般人が見てもいい段階~?」

「ロボットじゃなーいっ。まあね。相変わらず授業つまんないし」

「さすが~天才少女は言うことが違うね~……なら、私も帰ろっと。マーブルー、ロボット、見せてー」


 途端に、「ええっ……!」と、マガネの周囲では、悲鳴にも似た声が交錯したが、「いいコにしてなよ~私のハニーたちっ」などと、慣れたふうに彼女たちの顎を手の上にのせてはキスを交わしていくマガネは、もはや男前だ。またもや呆れて鼻でひとつ息をすれば、マーブルは答えずに塔屋に向かおうとし、「待ってよ~」などとしたマガネは、編んだ長い髪をひらひらさせて追いかけるのだった。


「へんなとこ、さわんじゃないわよ~。今度こそ、振り落としちゃうわよ?!」

「わかってるよ~」


 シートにまたがり、相手分のゴーグルを渡しながら、マーブルは念を押す。後部座席で相変わらずヘラヘラとしているマガネはどこまでわかっているのだろう。


(……まあ、いいや)


 こうして、自らもゴーグルをつけると、ハンドルを握り、足元にあるアクセルを踏み込んだ。

 途端に、車輪がないバイク状の機体は、宙に浮き、後ろでは既に幼馴染が無邪気に喜んでいる。

 思えば、子供の頃から、マーブルの作り出す機械の品々を、いつもいの一番に喜んでくれるのはいつだってマガネだ。


(……これで、もうちょっと、女の子にエッチじゃなかったら、助かるんだけどな~)


 安全のためとはいえ、後ろから腰に巻き付いてきている長い腕は、今日は、いつ、襲ってくるだろう。

(……まあ、いっか)


 こうして、マーブルたちの乗るバイクは、校舎に設えられた駐輪場を離れ、グングンと空中に浮かんでいく。様々な機体の車や飛行船が夏の青空のなかを行き交うより、遥か、頭上まで登り詰めたとき、未来都市の群像の果てには、大きな海が太陽に反射され、なみなみと輝くのが、二人のもとに届いた。


 此処は、ヤマトポリス近郊の都市のなかでは、規模では第二の地位にある、ミナトミライ・シティだ。

「いっくよー」

「OK~」

 そして、マーブルがハンドルの舵を決めると、マガネの爽快気な声音が空に響いた。

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