黄昏の砂浜

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!!」

 そして、気づけば、モモは激しく肩で息をしていて、グリムドリンクの切っ先の先には、小烏丸を構えたカムイの姿が立ち尽くしていたのだ。


 ただ、激しいエネルギーの衝突故に、戦いの舞台となった島の上は、あらいざらいの全てが消滅し、真っさらな更地のように化していて、影響で、穏やかであった周囲の海も、荒れている程であった。


(どうなったの……?!)

 途中からの突飛な現象の事もよぎれば、モモにも、結果は解らない。ただ、眼前で刀を構えていた者が、間もなくして、ユラリと倒れていけば、彼女がとった行動は、駆け付けて抱き留めようとする事だった。


 抱きとめたモモの腕の中にあるカムイの瞳には、妖しい光もすっかり失われていたが、その顔が、口の端に笑みのようなものを浮かべ、まるで宙を彷徨っているかのような表情のままであれば、事態の異常さに、

「ちょ、ちょっとっ! キミっ!」

 と、話しかけ、その頬もペチペチと叩きたくなるというものであった。


 ただ、尚も反応はない中、唐突に起こった現象と言えば、男の両側から生えていた角はボロリと抜け落ち、続いて、その箇所には、地球人とそっくりの耳なんぞが、ニョキニョキと生えてきたりする事であったりすれば、乙女は、ただただ、びっくりするしかなかったが、

「……キミは、人を傷つけすぎたのよ! キミは、目覚め、そして、しっかり罪と向き合う!……それまで、わたしが、見ててあげるから……!」

 先祖譲りの「ミラクルパワー」を発動しつつも、これで反応などないだろう事は、既にモモの直感が悟っていたりした。


 ただ、それはモモの、カムイに対する決心と誓いでもあったのだが、丁度その時、上空では、エンジン音が鳴り響き、乙女が見上げれば、それは、秘密基地にあったはずの宇宙船で、着地後、間もなくしてハッチは開くと、最早、待ってられぬと次々と仲間たちは降り、モモに向けて駆け出すところであったのだ。


かくして「闇の剣士」の脅威は倒されたが、天変地異が起きた後のような島の上に、乙女たちは、尚、残り、カムイの処遇について語り合っているところで、

「こいつには、しっかりと罪と向き合ってほしいからっ!」

「しっかりと、アルか……」

 熱く語るモモの腕の中にある、虚ろなままでいる褐色の者を見つめ、クーが困惑し、呟くと、

「うん!……せめて、自分の言葉で語れなきゃ……!」

 今やカムイは銀河中を騒がせた大罪人である。となれば銀河系連合の司法下で裁かれる事となろう。モモ自体が、本人から知りたい事が色々あった事も事実だが、彼女の中に、連合の大人たちへの疑心もぬぐえなければ、とてもこのまま、討ち取った鬼の王を突き出す気分にはなれなかったのだった。


 だが、それまでには、随分と時間のかかりそうな話である。


「じゃあ、どうする~? Baseで、みんなで面倒みよっか」

「脳にヒーリングをかけるなら、ヒルコ、得意かしら」

「ご飯、食べてくれるかな」

 かつての宿敵であるというのに、カムイを見つめる仲間たちは、どこまでも優しい。

「いいよっ! そんな……みんな……!」

 ただ、モモがそんなメンバーたちに恐縮すらしていると、

「……少々、ヨロシイデショウカ……」

 乙女たちのやり取りを聞いていたドローンのテオが、とうとう口を開くのであった。


 定員オーバーとなった宇宙船を操縦しながら、テオは、この星の事について、随分と勝手知ったるような雰囲気である。やがて、森深き中にある、大きく開いた入り口のようなものに入り込み、下へと降りていくと、そこは太古の、何がしかの巨大遺跡ではないか。そして、ある一角で着地し、乙女たちが、おずおずと船から降りれば、ドローンは何かを検索するように、スコープの眼をライティングさせて周囲を伺っているのである。天井もわからぬ程、大きな空洞の中、垣間見えた光の中には、かつて人が住んでいた様な雰囲気があり、かなり年数のたった作業ロボットらしき機影なども何体か見えたであろうか。それから、

「システム同期……起動開始……」

 人工知能が一声かければ、グイ…………ン……ガコ…………ン……それらは、きしむような音を立てつつも、次々と起き上がっていったのだ。


「住居ニツイテノデーターパターンモ、豊富二ナリマシタノデ……」

 テオは語り続け、ロボットたちは動き続ける。やがて、彼らが表に出れば、近所の木々などを伐採、加工しはじめ、少女たちが瞬きを繰り返しているうちに、目の前には、まるで童話の本から飛び出してきたような、ログハウスの姿が形作られていくのであった。


「トリアエズ、コチラデイカガデショウ。不足設備ハ、至急、取リ寄セマス。此処ハ、自然モ豊カデ、海モ近イ。カムイ様ノ静養ニモ最適デショウ」

 などとテオは語るが、それにはあまりに物知りすぎだ。

「テオ、なんで?」

 モモが訪ねれば、尚もロボットたちを動かし続けつつ、ドローンの一つ目の眼は遠いところを見るようにして、

「カツテ、タケル様、イヨ様、ソシテ、カムイ様ノ、オ母様デアラレル、シリナ様ト、此方デ暮ラシテイタ事ガアッタノデス……」

「…………!!」

「……皆様、スベテハ、コノテオメニ、オ任セ下サイ。オ二人共、ワタクシガ仕エルベキ、ミスター&ミス、デアリマスレバ!」

 皆が事実に仰天する中、AIの横顔は、ひたむきに自らの仕事をこなしていった。


 こうして、銀河系の遥か彼方で、モモは鬼の王と暮らす事となった。無論、真心も厚い仲間たちはまめに訪問する事も忘れず、モモはそんな彼女たちを歓迎した。テオのサポートもあり、ログハウスでの二人の暮らしぶりも充実していく中、Sunnysの面々による、二人の家のリビングでの女子会もすっかり定番化し、話ははずむついでに、やはり話題は、鬼の王とは言っても、今やカムイの角はもげ、容姿は地球人そっくりとなった事に及ぶと、

「ソノ、カムイ様ノ精密検査ノ結果ナノデスガ……」

 台所で忙しくしているテオが話を切り出し、

「先ズ、驚イタノハ、ハイデリヤ人トモ、地球人トモ全ク別種ノDNAニナラレテイル事デゴザイマス。テオノ生命体データーニハ、相似ガ、ゴザイマセン。最早、新人類ト言ウシカ……」


「…………」

 人工知能の語りを聞きながら、五人の視線は、車椅子に座ったまま、ジッとしているカムイを見つめるのであった。そして、その腕の中には、先祖代々のアコースティックギターが抱えられたりしていて、

「カムイさん、ずっと、こうなの?」

「うん。部屋に運んだ時からねー。凄い興奮しちゃってさー。もともと、こいつ、力も強いじゃなーい? もう、毎晩、テオと、引き離すの大変なのよ~」

 サクヤの問いかけに、モモは、カムイに視線を送りながら答えるのであった。


 いずれにせよ、時間はかかりそうである。尚、カムイを見つめたままにしているモモの事をも見、他の四人は互いに頷きあった。


 その日、モモ以外の面々を載せた新品の宇宙船は、ログハウスをお暇すると、秘密基地には帰宅せず、カムイの故郷である、ハイデリヤは、オロニル族の集落に向かったのである。  


 闇の剣士がオノゴロ国の王と解れば、非難を一手に引き受けていた二代目の光の妃たちは、都を失った現在、バートゥが率いるオロニル族の元に身を寄せていたのだが、ここぞとばかりに彼女たちを追い立てていたマスゴミたちも、その後にプツリと事件も途絶えれば、常に話題の鮮度が勝負と言う、この広い銀河系のメディア世界の中の鉄則に則り、やがて潮も引くように大陸から消え去った頃合で、国という概念を皆に植え付けたカムイというカリスマもいなくなれば、草原はゆるやかに、かつての、部族ごとに暮らしていた時代の平穏すら取り戻しつつあり、尚、鬼たちからの一定の崇拝はあれども、モモ以外のSunnysのメンバーを出迎える光の妃たちの姿などは、各自、ヤックルに乗った狩りの帰り道であったりした。


 テントの一角、バートゥや光の妃たちの眼前で、ヒルコが幻想世界を見せる超能力を展開させ、今、現在のカムイの暮らしぶりを披露させれば、そこにいた誰もが、色めきだったという事は言うまでもない。角を失った姿には更に驚きつつも、 

「息災、ではあるのだな……余輩が幼馴染よ……カムイ兄……!」

 バートゥの呟きには多少の感情の揺らぎもあったように思えた。


 やがてヒルコたちが帰宅した後、バートゥ、エミリア、レム、ダクネスは、膝を突き合わし、語り合ったのだが、

「……我らが三人の母よ。王なき今、余輩らは再び、草原の掟の中に生きようとしている。他の星と語る事があるならば、余輩ら、族長からまとめたものをだそう。もし、王が此処に戻るのならば、再び、オノゴロの国の民として集おう。今は凪の時、どうか、余輩らが長兄の元へ、駆けつけてやって欲しい……!」

 というバートゥの一言が、三人の乙女の背中を後押しするのであった。


 その日も茜空の下、白い砂浜の上を、どこまでも透明な海のさざ波と共に、車椅子を押しつつ、根気よく、モモはカムイに語りかけていた。そして相変わらずの反応のなさに、苦笑と共に、漂うテオと顔を見合わせていたりしていると、モモの持ち前の超能力は、上空からの来訪者の予感を感知したのだ。そして、接近する、その見慣れぬ宇宙船に乗る者たちが発するオーラで、誰かすら理解できたモモは、「えっ……ほんと?」と、思わず口にしてしまい、その時、空にかかりっきりで全く気づかなかったのだが、その日まで、ただただ虚ろな表情でいただけのカムイの褐色のつま先も、ピクリ、ピクリ、と動いていったのである。


 モモたちを見つけた、バートゥの操縦する宇宙船は、彼女たちの眼前の岸部に着陸し、ハッチが開けば、最早、待っていられぬとばかりにエミリアたちは次々と降り立ち、しまいには、幼馴染の族長まで駆けだして来る始末であった。そして、ただ、ただ、モモが驚いていると、途端に、下の方から、すっかりお馴染みとなった楽器の音色が、途端に鳴り響いたりするので何事かと見おろせば、なんとカムイが、それまで抱えたままなだけだったはずのギターを爪弾きはじめたりしていて、よれた声ながらも、何かを歌いだしていたのだ。


 モモがログハウスへと、一行を案内する最中、その傍らで大きな口を開けている巨大遺跡の入り口などを眺め、ダクネスなどは特に、驚いた様子であったりしたが、こうして暮らしは一気に賑やかとなった。


 カムイは移動するために、自ら車輪を動かす事をはじめたし、言葉にならないなりに何かを話そうとする事も多くなっていった。ただ、レムが台所に立てば、その腰回りにずっと頬ずりを繰り返し続けるし、食事中はエミリアの肩先に、突然顔を摺り寄せてみせるし、遂にはカウチソファでくつろぐダクネスの膝の上で小動物のように横たわって眠ってしまっていたりすれば、その光景には、まだまだ男性を知らないモモの方が、なんだか顔を真っ赤にしてしまうというものであった。だが、他の三人は、扱いにすっかり慣れたふうで、

「こ、こいつって、昔からこうなの?」

「ああ。この点は、変わらないな。実は子供のようにかわいい、これが陛下だ……」

 おずおずとモモが問いかければ、穏やかな微笑みで黒髪を撫ぜつつ、ダクネスが答え、他の者も静かに頷くのであった。


 それは、たまに顔を出すバートゥが、ハイデリヤから琴を差し入れてきた日の事だった。幼馴染から前のめりにそれを受け取ったカムイは、大事そうに抱え、声なき声ながら涙すら流しているではないか。そんな姿をじっと見つめたバートゥが「また来る……兄者」と一言を残して去った後、居間にて、カムイは延々と奏で続け、そんな、アコースティックギターと形状も良く似た音色に、多少の心得もできたモモが、漸く解放された自分のギターを手に、合わせていくと、褐色の顔は、まるでパッと少年のように明るく笑いかけてくるものだから、モモの方がドキリとしてしまうものだった。


 すっかり息の合ったハーモニーを聴きつけた王妃たちが聴衆となって拍手を送る頃、「あうあ、ああうあ~!」と、カムイは何やらモモに促してくるのである。「えっ、なになに?」などなど、モモが近づいてみれば、元が強靭な力は、彼女の服のそでをグイッと容易く引っ張り、そのおでこにキスなどした後、今度は、モモの胸の中に潜り込んで来ようとしてくるではないか。


「ああううああ~っ」

 エミリアたちにそうするように、その顔はどこまでも、無邪気で楽し気だ。

(ふぇええええええええ?!)

 と、いつぞや、友にそうしてあげた時よりも高鳴る、自らの胸の鼓動に戸惑ってるうちに、相手の顔は、とうとう、すっぽりそこに収まってしまった。


「……フフッ。モモもすっかり、気にいられちゃったねっ」

 そんな二人を見守る視線の中、銀髪の者が語りかけてくると、

「え、えっ~?! あっ……ちょ、ちょっと、キミっ……!」

 乙女心は更にためらうというものだったが、今や、自らの豊かな谷間の狭間で、頬ずりながら此方をじっと見上げてきたりする切れ長の瞳は、まるで、一つの曇りもないほどに、純粋であったりするものが、差し迫ってくるほどだったりすると、とうとう、モモの気持ちも何かが疼き、

(も、もぅっ…………ずるいぞっ!)

 と、その手は自然と、ぎこちないなりに、自分と同じ黒髪の頭へと伸びていったのであった。

 

 尚も秘密基地で暮らし続けるというクーとルーシーの元から、いよいよ地球に帰郷するという、ヒルコとサクヤが乗る二人の宇宙船が青空へと去るのを見送った夕暮れ、空気も良く澄んだ、宵のさしかかる空には、たくさんの流れ星があまりに綺麗に輝き続けるので、カムイを連れた四人の乙女は、皆で、黄昏の砂浜を歩く事にしたのであった。


「あう、あああ、あ~」

 あまりに壮大な光景にはカムイも夢中なようで、見上げては何度も掴むようにしている。


「カムイ様、な、が、れ、ぼ、し、です。綺麗ですねー」

「わかるー?……やっぱ、まだダメかな?」

「たくさん、ですね? 陛下……」

「カムイさまっ。た、く、さ、ん、な、が、れ、ぼしっ、ですっ!」

 車椅子を取り囲む乙女たちは、次々にカムイに語りかけるのだが、

「あう…………あは、あははは…………!!」


 聞こえているのかいないのか、はしゃぐようになってしまったカムイは、やがて、常に手元にある琴をジャカジャカとかき鳴らしはじめると、言葉なき言葉で、今日も鼻歌を歌い出す始末で、やはり長い道のりに、乙女達は顔を見合わせ苦笑するしかなかったが、その奏でる音色が、日毎、様になっていっているのは、誰しもが解る事であり、

「……三人は、王様に、こんな才能あるって知ってたの?」

「いえ。カムイさまは、あまり音楽がお好きでないと思ってたくらいで……」

 車椅子を押すモモの問いに、青いショートヘアーをなびかせたレムが代表して答えた矢先、

「……あれぼし〜。なあれうし〜。なあれぼし~。」

「…………っ!!」

 カムイの些細な一言ではあるが、その場にいた全ての乙女にとっては、数ミリの夜明けを見た心境だったのだ。






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