過去:13

 痛みと熱が引いたのは突然だった。



 前触れもなく、それはなくなった。ふとした時、『魔力炉』がいきなり体になじんだという表現が正しいかもしれない。



 死ぬかと思うほどのそれがなくなったのはそれが始まって三カ月がたった後だった。その頃にはもう感覚なんてすっかり麻痺していて、死に至るほどの痛みと熱を気にしなくなっていた。



 寧ろ三カ月も毎日あったそれがなくなった事に微かに違和感を感じたぐらいだった。

 終わってみれば、不思議と体に『魔力炉』がなじんで、自分の中に違和感があるのが感じ取れた。



 多分、これが魔力って奴なのだろう。

 それから、俺と睦月は地下から出された。もちろん、『皇帝』の手の者の監視はあるけれども。



 久しぶりに見た青空に、なんとも言えない気持ちになった。青空が懐かしくなるなんて、少し前の俺じゃ信じられない状況になっていた事が何だかおかしくて、面白かった。



 『勇者』と『聖女』の召喚なんていう馬鹿げたものでこの世界にやってきてまだ三カ月足らずだというのに、もう地球での日々を痛みと熱にうなされる中で思い出しもしていなかった。そんな自分に、なんだか笑った。



「――いーつーき」



 地面に足をつけて、青空を見る。

 青い空を久しぶりに痛みを感じず見ることが出来て、少しだけ心が穏やかになる。



 そんな俺の耳に、この三ヶ月間聞きなれた笑い声の主の呼びかけが響く。



 声のした方へと視線を向ければそこには睦月が居た。

 睦月は笑みを浮かべて、こちらを真っすぐに見ていた。



「叫んでたみたいだけど、だいじょうぶー?」



 俺と違ってふらつく事もなく、三カ月ぶりに見るであろう空に反応を示す事もない。睦月にとって、それは気にすることでもなんでもないのだ。

 ただ、その顔は何処までも無邪気な笑みを浮かべていた。



 『皇帝』に指示されこの場に居る人間が、そんな睦月を見て顔をしかめているのが見えた。睦月の反応は、『皇帝』を神と崇める一般的に見て普通じゃない連中にとっても驚くべき事だったのだろう。


 それにきっと彼らは今まで実験隊となった人間達を見てきたはずだ。



 死ぬ確率の方が圧倒的に高い実験。

 気がふれて、正気を保てなくなる可能性も起こりうる実験。

 実際、俺だって睦月の笑い声が聞こえてこなきゃ、睦月を思い出さなきゃ、あのまま狂ってたかもしれない。

 それほどの実験を課せられたというのに、笑っている睦月は異常だ。



「ああ。俺は平気だ」

「そっかぁ。ねぇ、いつきー」

「なんだ?」

「あのねー、力が、何かが私の中にあるの。これがあればきっとあの女を今度はきちんと殺せるの」



 殺せる、などという物騒な言葉に周りにいた者達がぎょっとしたような顔を浮かべていた。


 だけどそれに睦月は反応さえも示さない。睦月はそんな連中に興味はない。ただ今は、友人である俺に自分の気持ちを言いたいだけなのだ。



 本当に、浅はかで、単純で、無邪気な睦月。

 そんな睦月に呆れと同時になんとも言えない言葉で表せないような気持が湧いてくる。



「そうだな。きちんと使いこなせば『聖女』様だって殺せるかもしれない」

「むぅ、殺せるかもーじゃなくて、殺すーの!」



 不機嫌そうな睦月の声。駄々をこねる子供のような口調で言う。その口調が睦月らしい。


 『殺したい』という本気の思いを、そんな風に睦月は笑って言えるような女なのだ。

 そんな睦月の様子に湧き上がるのは、わくわくした想いだ。



「私の光一があの女と今も一緒に居るってだけで、殺したくなるのー。でも、まだ殺す力ないって聞くからぁ、殺すために、絶対に光一を取り戻すために私はぁ、使いこなせるようにするのー!」



 笑う。



「こーいちぃ。こーいちぃ!」



 笑う。


「ぜぇったいに迎えに行くから。あの女から助けるから」





 睦月が、笑う。



「あはは、いーつき、協力してくれるよねー?」



 狂ったように、笑う。

 狂気に彩った目が、こちらを見ている。俺を見てる。




「ああ。協力してやるよ」



 俺はそれにただ笑って頷いた。





 睦月が笑っているのを見ると気分が良い。

 その目が狂気に歪んでいると歓喜してしまう。

 睦月は俺にとって面白くて仕方のない存在だ。

 きっとそれを起こせば睦月はもっと狂うだろう。そして俺の好きな笑みを見せてくれるだろう。

 そう思うから俺は協力する事を躊躇わない。

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