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 『普通』の定義は何だろうか、そう考えてみる。

 地球に居た頃の俺と睦月は周りからは『普通の中学生』と認識されていた。



 『俺』を知らない奴らは口をそろえて俺を出来た息子だと言った。両親は俺を自慢の息子だと言った。姉は俺の事をパシリにはしていたが何だかんだで家族としては大切にしていたと言えるだろう。



 俺もそんな家族を別に嫌いではなかった。だけど詰らないとは思っていた。嫌いではないけれども、俺にとって家族はその他大勢の『詰らない存在』だった。



 それは決して普通の考えではないだろう。



 それでも周りは俺を『普通の中学生』と言った。



 睦月に関してもそうである。

 確かに睦月は一見すれば普通の女子中学生だった。

 何処にでもいる女の子にしか見えなかった。



 普通じゃなかったのは、その内面だ。向井光一に異常ともいえるほどに執着し、向井光一を愛してた。



 ずっと一緒に居たはずの向井光一だって睦月の『普通じゃない一面』を知らなかった。能天気に、馬鹿みたいに前向きに生きているあいつはそういう一面が睦月にある事さえも考えていなかったのかもしれない。



 周りからすれば睦月は『普通の中学生』だっただろう。




 俺の考えも、睦月の思いも決して『普通』何かじゃなかった。

 ―――昔、俺達を『普通』と称した奴らは今の俺達を見れば『普通』だなんて言えないだろう。




 それは向井光一と矢上菜々美にも言える事だった。



 あの二人は、一般的に見て決して『普通』とさえ称することが出来なくなった俺達を見て何というだろうか。


 そんな思いを胸に、俺は睦月と共にフェイタス神聖国の王城を見据えた。








 そこは純白の、お城である。

 高い城壁に囲まれた、サンティア帝国の城とほぼ同等の大きさを持っているように見える城。



 俺と睦月はこの王城を真っ正面から見るのは初めてだった。



 『皇帝』の話や推測からすると、俺と睦月は向井光一と矢上菜々美と共にこのお城の一角で召喚されたはずである。ただし丁寧にもてなされた向井光一と矢上奈々美と違い、俺達は気絶している間に牢獄に入れられ、処分される所だった。



 その後、すぐに『皇帝』の使いのものによって連れ去られたのだ。



 この王城をちゃんと見る暇も余裕もなかった。



 あの日、俺の人生は変わった。



 もし異世界召喚なんて馬鹿げたものに巻き込まれなくても、睦月の『矢上菜々美殺人』の協力者として少なからず俺の人生は変わってただろう。

 でも異世界に来た事で俺が想像していた以上に人生は変わった。



 この国の連中が、『勇者』と『聖女』召喚を行ったからこそ、変わったのだ。そこには感謝する。俺に今の、楽しくて仕方のない人生を送る事になったきっかけは『勇者』と『聖女』の召喚であったから。



「睦月、どうやって入る?」



 答えは何となく想像できるけど、俺はあえて王城をを前にして睦月にそう問いかけた。



「どうやってって、普通に入るよ?」




 不思議そうに首をかしげて、睦月は言った。躊躇いもせずに告げられた言葉は、普通に考えておかしかった。



 フェイタス神聖国と呼ばれる大国の城に、正面突破で睦月は入ろうというのだ。 本当、これだから睦月は飽きない。こんな睦月だから、俺は楽しくて、好きで仕方ないのだ。



 思わず、口元が緩む。



「光一は何処かなぁー。あとあの邪魔女は消さなきゃねぇー



 楽しげな笑い声と共に、その言葉が告げられる。その手には、禍々しく燃え上がる睦月のお得意の黒炎がある。



 轟轟しく燃えるそれは、見るものに酷く不安を与えるほどに、邪悪だった。



 睦月は無邪気に俺に笑みを見せながらも、それを躊躇いもせずに振り下ろした。炎が、睦月の意思に従って王城の正門へと向かっていく。



 黒い炎が、何かとぶつかる音がした。



 視覚は出来ないけれどおそらく城の周りに張られていた《結界》とぶつかったのだろう。




 フェイタス神聖国は魔法使いの数が他よりも多いといわれている国である。王族を守るためのそれが常に張られているのも当たり前と言えば当たり前だ。

城門の前で警備をしていた兵士が、睦月の魔法を見て顔をこわばらせているのが見えた。それでも《結界》が破られるはずがないとでも思っているのか焦った表情は見せていなかった。



 俺はそれをなんて馬鹿みたいなんだろうと思った。睦月の魔法が、並みの魔法使いが張った《結界》を破れないはずがない。

 俺はそれを知っていた。そして睦月も自分の魔法が《結界》を破れないはずがないと確信していた。

 だから俺達は、炎が《結界》を破る前にもう動いてた。



 兵士達がこちらを見てる。

 魔法を放ったであろう俺達に飛びかかろうとする。

 でもそれは間違った選択だ。



 《結界》から飛び出した兵士達。それと同時に睦月はまた炎を両手に出現させた。



 普通の魔法使いもこねるのが難しいほどの密度を持った魔法が、睦月の両手で燃えている。それは《結界》から飛び出した幾人もの兵士達に向けられた。哀れにも彼らは苦しむ事も出来ずに一瞬で燃やされた。



 それだけ睦月にとって邪魔で、とるに取らない相手だと認識されているのだろう。



 兵士達がその命を失う中で、パリィインという音が響く。それは睦月の炎が、《結界》を破った音だ。



 無理やり破られた《結界》。



 これから人が一杯やってくる。だから行動するなら先手必勝ってことでさっさと動くのが一番だ。

 《結界》を破った黒炎が、閉じられた扉へとぶつかる。


 それさえも、睦月の炎は燃やした。

 傷をつける事が難しいといわれる城門さえも睦月にとっては魔法一つで破れるものなのだ。




「睦月、向井光一と矢上菜々美はきっと上に居る。暴れればそのうち出てくるかもだけど、自分からあいに行きたいだろ?」

「うん。私は光一に会いにいくの。迎えに行くの。そしてね、光一を惑わすあの女を殺すの――。ふふ、ようやく殺せるわ」



 花が咲いたような笑み。



 決してそんな笑みで言うのが似合わないような『殺す』という物騒な言葉。だけれども純粋に、心から邪魔者を消せる喜びでほほ笑んでいる睦月の事綺麗だと思った。





 城の中へと俺と睦月は飛び込んだ。

 二年前に出来なかった――『矢上菜々美の殺害』。俺と睦月はそれをようやく実行する事が出来る。



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