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フェイタス神聖国に近づけば近づくほど、『勇者』と『聖女』が結婚するという噂が耳に入ってきた。それはそれだけ『勇者』と『聖女』に近づいていけることが出来たと言えるが、その度に睦月は苛立ったように、不機嫌そうに目を細めた。
流石に前に言った『問題起こしすぎたら会えないぞ』という言葉がきちんと頭に残っているからか、はじめてその噂を聞いた村でやったような大虐殺は行わなかった。
それでも睦月はどうしようもなくイライラしていた。今にも何かを壊したい衝動を必死に抑えていた。
もうすぐフェイタス神聖国内に入る事が出来る。
今はフェイタス神聖国と隣接した国、フィンガー国の首都に居る。
フィンガー国には、サンティア帝国やフェイタス神聖国に比べて発展途上な小国だ。実際にこの国は独立はしているものの、隣接するフェイタス神聖国の属国のような扱いらしかった。
例えばフィンガー国の『国王』だろうとも、フェイタス神聖国の権力者に強く言う事は出来ない。
この世界では身分差は絶対だ。
地球でも平等がどうのこうの言っていたけど、結局平等なんてありえない。
沢山の同じ種族の『人間』っていう存在が溢れているのだ。それぞれが違う個体で、違ってる。だからこそ、平等はあり得ない。
地球でだって金持ちと貧乏者、権力者と平民だと色々と扱いが違う事だってあっただろう。
現実なんて結局そんなもんだ。
『人は皆平等だ』なんて言っていた地球より、『王族貴族などの権力者と平民の不平等は当たり前だ』と誰もが宣言しているこの世界の方が俺は気に入っている。
それにこの世界にはスリルが沢山ある。平和とは程遠い世界だ。魔物と呼ばれる危険生物は少なからず人間を脅かしているし、何より同じ人間と言う種族の中で面白い位に争いあってたりする。
俺にとって楽しい、予想外の出来事もこの世界には割とありふれたものだったりする。
俺は此処で、昔では決して経験出来なかったような危険で、楽しい事を一杯出来る事に満足している。
地球で睦月と殺人を犯すなんて面白くて仕方がない事が決行出来なかった事だけは残念だけど、この世界にやってこれた事は俺にとっての幸運だった。
最も睦月は、俺と違ってこの世界に来た事を喜んではいないだろう。一つだけ睦月にとって幸いだったのは、この世界で生きていけるだけの力を俺達が手に入れられた事だろう。
「『勇者』様と『聖女』様が結婚なさるんだって!」
ああ、またそんな声が聞こえてきたと俺は面白くなって隣を歩く睦月を見る。
小国とはいってもフィンガー国は決して小さい国ではない。首都なのだから、数え切れないほどの人間が此処で暮らしている。
この場所でだけでもかなりの人間が『勇者』と『聖女』の結婚話を口にしていた。
その度に睦月の目は冷たく光って、目だけ笑ってないっていうそういう状態になっている。
今、視界に移る睦月も先ほどよりも益々苛立ちを全面に出しているように見えた。
周りの通行人達も睦月のそういう雰囲気――要するに近づいたらヤバそうな雰囲気に睦月から距離を置いている。
実際、睦月は今にも『勇者』と『聖女』の結婚話をしている人間を殺したいという衝動に満ちているだろう。
きっとそれを口にした人間を殺して殺して、そして殺しつくしたいのだ。それだけでも睦月の苛立ちは止まらないだろう。
きっと『暴れたらあいつに会えないかも』っていう俺の言葉がなければ睦月は破壊の限りをしつくしたかもしれない。破壊して、殺して、そうやって破壊神なんて名が似合いそうな存在になったかもしれない。
それを考えたらそっちも楽しそうかもと思う俺も居た。
けれども会いに行ってからの方が睦月がもっと、もっと狂う気がする。ただの俺の直感だけど。
思考を巡らせ、ふと俺は面白い遊びを考えた。
「睦月」
その遊びを伝えるために睦月に声をかけた。
俺が楽しそうな顔をしているのがわかったのだろう。怒りを含んでいた睦月の表情が少し呆れた目に変わった。
「……何か、思いついたの?」
「ああ。睦月。バレないようにならいくらでも遊んでいいぞ。したいようにしていい。お前なら、出来るだろう?」
ニヤリッと笑って言えば、一瞬睦月は驚いた顔をした。だけどすぐにその顔が楽しげに、不吉に歪むのだ。
「いいの、いいの」とでも輝く瞳はまるで玩具を与えられた子供のようだった。そんな風に楽しげに歪む睦月の表情を見るのも俺は好きだ。
睦月が狂ったように笑うのも、楽しそうに笑うのも、怒りでどうしようもないくらい暴れだすのも、悲しげに悲痛を思わせる表情で下を向く姿も、全部全部見るのが好きでたまらない。
俺が目を輝かせている睦月に向かって頷けば、それはもう嬉しそうに、花が咲いたような笑みを睦月は浮かべた。
そしてそのまま、嬉しそうに微笑んで「少し行ってくる」なんていってその場から去っていった。
それから数時間後、予約していた宿に戻ってきた睦月は何処までもすっきりしたような表情を浮かべていた。
次の日五十人近い人々が行方不明になったと噂されたが、俺も睦月も特にそれを気にもせずに首都を後にするのであった。
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