過去:10
『神が貴様らに興味を持った』
そんなよくわからない言葉――まるで戯言のような言葉を言い放った男に連れられて、俺と睦月は牢獄を出た。
こんなに簡単に牢獄を出ることが出来るとは思わなかった。
この男についていくことは、俺と睦月にとって良い結果をもたらすかは分からない。でもついていく以外の選択肢はなかった。
牢獄からでた睦月はすぐにでも向井光一の元へ行きたいと泣き叫んだ。
そんな睦月が煩かったのだろう。フードの男は睦月の首に刃物を当てた。
「これ以上喚いたら殺す」
それは脅しでもなく紛れもない真実だっただろう。
睦月もそれを感じ取ったのか、大人しく黙った。
そこら辺が睦月の面白い所なのだと俺は思う。
正気を保ってないようで保っているのだ。
思考するだけの正気を持ちながらも、睦月は狂っていたのだ。
牢獄から出た先には沢山の死体が転がっていた。おそらく目の前に居る男が殺したものだろう。
原型をとどめていないような残虐な殺し方をされているものも多くあった。自身が殺したであろうそれらに男は興味さえもないようだった。
男が何者であるか、それは正直今はどうでもよい事だ。
気にしても仕方がないことである。
どっちにしろ、俺と睦月の命はこの男に握られている。二人ではあのまま殺されるしかなかっただろう。
だから俺達は大人しく男についていった。
睦月は向井光一の元に今すぐ行きたかっただろう。それでも死んだら終わりだと辺に冷静な睦月は知っていた。
だからこそ目の前の惨状を見て微かに顔を青ざめはしても悲鳴はあげなかった。
自身は矢上菜々美を殺す気満々だった癖に死体を見て青ざめる睦月は本当、愉快だ。
俺も、睦月も、そして男も無言だった。
ただ俺達の足音だけが響く。
不自然な事に男は足音さえも響かせず歩いていた。そういう技術を身につけていることが伺えた。
そのことが面白いと思った。
現実ではそんなものを身につけている人間に会える事などないだろうと思っていたから。実際に目の前に居る事が面白かった。
「これに乗れ」
しばらく歩いた男は行き止まりに立つと言葉を発した。
その行き止まりの床には、不自然な輝きを放つ魔法陣としか言いようのないものがあった。
何処までも現実味のない光景に驚きと共に、楽しい事が起きそうな予感がして俺は笑った。
こんな場面で笑った俺がおかしかったのだろう。男は俺に一瞬驚いたような目を向けてきた。その顔は俺の本心を知っていた連中がよく浮かべていたような表情と同じだった。
此処が地球とは違う場所だったとしても、結局目の前に居るのはただの人間だ。
それならば何処に恐れる要因がある。そもそも人じゃなかったとしても俺は恐れはしなかっただろう。
意思疎通が出来て、大人しくしていれば目の前の存在は俺達を殺す気はないのだ。
「なぁ、これに乗ったら俺らは何処に行くんだ?」
これから何が起こるんだろうという高揚した気分から思わず問いかけた。これで目の前の存在が俺を殺す事はないだろうという確信もあった。
それにもし俺を奴が殺そうとすれば睦月が何かしら動く事もわかっていた。それもいいかなと思ったのだ。
男は俺を見た。
何も答えずにただ促すように顎で魔法陣をさす。
そんな奴に俺は笑う。
「なぁ、さっき言った神って奴が俺らを呼んでんだろ?」
それを口にすれば、奴は驚くほどに反応を示した。前髪に隠れた黄色い瞳がこちらをぎろりっと睨みつけていた。殺気立った恐ろしい目を向けている。
その目には睦月が持っているような微かな狂気が見られた。
とはいっても睦月の目の方が俺は好きだ。こいつの目も見ていて思わず笑みがこぼれるぐらい面白いけど、やっぱり睦月の目の方がいい。
あんなに見ていてゾクゾクして、どうしようもなく惹かれるのは睦月の瞳だけだ。
「はっ、図星かよ。どっちにしろ俺と睦月を連れてこい。いや、さっき睦月を殺すといった事から考えるとどちらかを連れてこいって言われてんだろ? その神って奴にさ」
馬鹿にしたように笑ったのはわざとだ。
面白い反応をしてくれないかと、ただ期待して。狂った人を見るのが俺は好きだったから。
「貴様……、神を愚弄するか」
「何、そんな風に睨みつけて俺の事殺す気?」
「……樹、遊ばないで。此処で死んだら光一に会えない」
からかうように笑った俺を止めたのは睦月だった。細められた目が俺を見てる。
その目には、『俺のせいで死ぬなんて嫌だ』って思いがにじみ出ていた。
睦月は正直者だ。
俺の事は『友人』とは思っているだろうが、睦月の最優先人物は何処までも向井光一なのだ。
例えば向井光一が生きるために俺を殺さなければならない事態が起こったとすれば睦月は躊躇いもせずに俺を殺すだろう。
睦月はそういう人間だ。
わかりやすくて、正直で、狂ってる。
最もそんな睦月だからこそ、俺の興味を引いて仕方がないのだけれども。
ぞくぞくする。
わくわくする。
興奮する。
一言では表せないような衝動といったらいいだろうか。ただもっと見たいと思う。もっともっと狂った姿を見たいと願う。
ああ、これから俺が何をすれば睦月はもっと狂うだろうか。
もっともっと――――、もっと睦月は狂えばどんな姿を見せてくれるんだろう。
どんな奇行を行ってくれるんだろう。
どんな声をあげるんだろう。
そして、俺の好きなあの目をどれだけ狂気に染めるんだろう。
俺の心はそんな欲求で満ちている。
「ああ。すまんな。あまりにもあんたの反応が面白かったんで、ついな」
「……いいから此処に乗れ」
男は俺の言葉に不機嫌そうな表情を浮かべながらも相手にしたくないと思ったのか、そう言った。
俺も睦月も今度は素直にその魔法陣の上に乗る。
そして男もその後に続く。
男が何かを口にしたと同時に、魔法陣が輝いた。決して地球では経験できなかったような不思議な体験。
やっぱり此処は異世界なのだろう。
これは地球で物語の中に度々見られたような『魔法』というものに似ている。というよりそうとしか言いあらわせない。
光は俺達を包んで、眩しさに目を閉じた俺が次に目を開けた時には先ほどとは全く違う光景が目の前にあった。
「―――連れてきました。ラスター様」
ふと驚いていた俺の耳に男の声が響いた。
そこで俺はその場に一人の男が居る事にようやく気付く。
美しく輝く銀色の髪に、血のように赤い瞳。決して人工的ではない雰囲気のそれを持った男。
酷く美しくて、俺が人間観察が趣味で沢山の人間を見ていなければ女だと間違えていたかもしれないほどだった。
「ほう、貴様らが異世界人か」
面白そうにそいつは笑った。
「我はラスター・サンティア。今現在、貴様らの居るこの国――サンティア帝国の皇帝だ」
そいつは続けてそう名乗った。
それが、長い付き合いになる『皇帝』と俺達の出会いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます