過去:5

「菜々美は真面目だな」

「光一君ほどではないよ」



 俺の目の前で談笑する男女二人。

 それは学級委員長である矢上菜々美と、睦月の愛してやまない向井光一である。



 学級委員長をやるぐらい真面目で、人の上に立つのが得意な矢上菜々美。

 明るくて人気者で、クラスの中でも目立つ向井光一。

 二人が仲良くなるのも時間がかからない事だった。

 元々人づきあいが得意で誰とでも仲良くなろうとする二人だ。それは当たり前と言えば当たり前だった。

 そんな二人に睦月は笑顔で関わりながらも、その目には確かな狂気を帯びさせていた。



 俺も真面目な優等生ぶっていたから、それとなく矢上菜々美や向井光一ともそれなりに仲良くなっていた。

 学外でも少しは遊ぶほどの『友人』になっていたと言えるだろう。

 矢上菜々美が向井光一と仲良くなってしばらくたって、彼女に嫌がらせがされるようになった。






 例えば教科書がボロボロにされていたり。

 ―――睦月が屋上で楽しそうに切り刻んでいた。


 例えば靴箱の中にゴミや虫を詰め込んだり。

 ―――朝から協力するといった俺に見張りを頼んで用意周到に詰め込んでいったっけ。


 例えば上履きの奥にカッターを入れたり。

 ―――「ふふ、これで消えてくれればいいのに」なんて楽しげに笑ってしこんでた。




 睦月がやったなんて思いもしない矢上菜々美は『誰がこんなことをしたんだろう』って同情心を引くような表情を浮かべていた。

 ―――そんな弱い様を向井光一に見せたからこそ、余計睦月が狂うっていうのに全く奴らは気づかない。





 睦月は矢上菜々美を心配するふりをしていた(・・・・・・・・・・・)。それは只、向井光一に嫌われたくなかったから。

 俺はずっと睦月がそういう行為をやっていた事を知っていた。睦月が何処までも楽しげにほほ笑んで、罪悪感も何も感じていない様子でそれを行っていたのを実際に俺は見ていた。

 だけど俺はそれを止めようともしなかったし、止めるつもりも全くなかった。

 だってこんな楽しい事、俺がわざわざ打ち切りにするはずもなかったのだ。



 矢上奈々美が嫌がらせをされている事実にショックを受けたように口に手を当てていた睦月。

 そんな睦月が手で隠した口元を緩めていたのも、周りに悟られないようにその目を楽しそうに輝かせていた事も。

俺は見ていた。

 そしてその事実を知っていたのは、きっと俺だけだった。

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