現在:2

 盗賊退治という名の虐殺を俺と睦月は終えた。




 任務を終え、俺たちが向かったのはサンティア帝国の帝都である。帝都は流石、国の中心部というだけあって、どこもかしこもにぎわっている。

 異世界に来て二年、俺と睦月は現在、サンティア帝国に居を構えていた。




 俺達は元々この世界の人間ではない。だから、この世界に家も家族も存在しない。そんな俺達にとっての居場所がこの帝国だった。



 サンティア帝国はこの世界では、異色と言える国である。

 この世界は地球よりも宗教というものが大きな力を持つ。地球と違って、実際に信仰対象が姿を現すからともいえるかもしれない。

 この世界での信仰対象は神々や精霊、『勇者』などである。大抵の国はその人知を超えた存在をあがめている。


 だが、サンティア帝国では崇められているのは神々や精霊なんて大層な存在でも、『勇者』なんていう世界の救世主でもない。


 崇め、称える存在は別にいる。

 それが誰かというと、『皇帝』である。


 神より遣わした王などという伝承で、信仰心を集める国は存在する。

 しかし、サンティア帝国はそうではない。

 『皇帝』自身を皆が崇拝している。『皇帝』が絶対で、『皇帝』こそが神だとされている。


 同じ『人間』である『皇帝』の事をサンティア帝国の民は本気で神だと信じているのだ。



 この国の唯一神は誰だと問いかければ、誰もが聖書に乗っているような神ではなく『皇帝』だと口にすることだろう。教会で歌われる讃美歌も神に向けるものではなく、『皇帝』に向けられるものである。

 事実、サンティア帝国において『皇帝』は神に等しいのだ。





 そんな『皇帝』には直属部隊が幾つか存在する。

その内の一つ―――『蘭』と呼ばれるそこに俺と睦月は現在所属している。



 サンティア帝国の皇居は、神が住まう場所だと民に信じられているだけあって壮麗だ。見るものに感動を与えるような、人の手で作られたものだと思えないような、神秘的な雰囲気を醸し出している。

 壁も、床も、それを飾り立てる装飾や植物も、全てが神の住まう場所に相応しいようにされていた。

 人の手では届かない、そんな風な作りを増設時に作る事を心がけてこんな風な作りにされたのだろうと思うとなんだか面白い。


 城壁に囲まれたそこに入るには正面の入口か、隠し通路から入るしかない。



 俺と睦月は、許可を得ているのでどちらからでも入る事が可能である。

 だが、大抵は隠し通路から皇居の中へと入る。



 隠し通路の中を進む。窓が一つもなく、閉鎖的な印象を与える通路。その場に、俺と睦月以外の姿は見えない。

 時間帯次第では同じく『皇帝』直属部隊の連中が通っている事もあるのだが、今は丁度俺と睦月以外使っていない。

 最も奴らが居たら、俺は楽しかったのに残念などと思う。




 目の前を歩く睦月を俺は見る。

 睦月は機嫌よさそうに手を振りながら歩いている。その仕草もなんだか子供っぽい。未だに先ほど俺がやったチョコレートを嬉しそうに口に含んでいて、益々睦月は年齢よりも幼く見える。

 睦月は鼻歌でも歌いそうなほどの機嫌のよさだった。口元を緩めてにこにこと笑っている。

 俺は素直にその姿が可愛いと思う。




でも他の睦月の異常性を知ってる奴らはこんな睦月を恐ろしいと口にして、関わろうともしない。



 確かに睦月は容赦がない。

 何処か狂気を感じさせるほど異常だ。

 それでも俺は知っているのだ。



 睦月が何だかんだで友人思いな事を。

 上手く付き合っていき、友人として認められれば友人思いな睦月は滅多な事じゃこちらに手を出してくる事はない。

 俺がもし睦月を怒らせるような事を言っても、睦月は俺を殺しはしないだろう。 やって半殺しぐらいだろうな。



 実際に、俺は前に睦月を怒らせてしまった事があった。だけど幸い殺される事はなかったのだ。半殺しで済んだのは幸いだっただろう。



 一度暴走して俺に向かって乱暴を働いた睦月。

 その後、睦月は我に返った時泣きそうな顔をして俺を見ていた。



 友人である俺を傷つけてしまった事に睦月は罪悪感を感じるだけの心は持っているのだ。



 向井光一と俺、どちらかを取るかと言えば迷わず向井光一を取るだろうが、そういう場合でなければ俺の身を案じる優しさぐらい睦月にはある。

 慌てながら、ごめんと謝って手当をしてくれたあの時の睦月を思い出して、思わず笑みがこぼれた俺は一般的に見ておかしいのだろう。

 でもあんな睦月を見ても俺は睦月に恐怖心など感じなかった。



 俺は睦月にどれだけ暴走癖があろうとも。

 どれだけ危険な行為を行っていても。

 それでも面白がって好きで睦月と一緒にいるのだ。



 『蘭』のメンバーは最低でも二人一組で動く。

 恐怖の対象である睦月。

 そんな睦月に連れ添う俺。

 『蘭』のメンバーは睦月の異常性に何処か怯えている。そして俺の事は理解出来ない者として見ている。



 睦月と俺と一緒に動こうと思う奴はいない。

 だから俺たちはいつも二人で動くのだ。



 そんな事を考えながら歩いていれば、隠し通路から皇居内にある物置へと辿り着く。

 物置として使われているその場所には美術品だとか、家具だとか様々なものが放りこまれている。

 平民では手の届かないような値段のするものが大量に置かれているのだ。一つでも盗んで売れば一生働かずに暮らせるだろう。

 最もそんな事をすれば『神の私物に手を出した』なんて事で、虐殺される事間違いないわけだが。



 この国には『皇帝』の私物を盗もうとする人間はほぼ居ない。

 神の私物に手を出そうなんて恐れ多い事を考える人間が居ないほどにきっちりと国に『皇帝は神である』という考えが浸透しているのだ。

 まぁ、戦争によってこの国に吸収された元敵国の人間に限っては『皇帝は神である』という考えを受け入れられてはないようだが。

 最もそんな反皇帝のような人間であってもまず『皇帝』の私物を盗もうなんてしない。発覚したら『皇帝』が残酷な方法で処罰する事を知っているからだ。



 そこの壁が一つの隠し通路の入り口だ。

 この城、幾つもこういう隠し通路がある。

 俺や睦月も全部知っているわけでもない。寧ろ全部知っているのは『皇帝』ぐらいのものだろう。



 物置から出て、俺と睦月は『皇帝』の居る部屋へと向かう。

 『皇帝』の暮らす場所であるから、もちろんこの場には兵士達は常に居る。でも時間的に官僚たちはそろそろもう帰宅していても仕方のないほどの夜であった。しかしまだ皇居に残っている官僚達ももちろん居る。

 たまたま、まだ城に残っていた官僚達が俺と睦月――特に睦月を見て怯えたような表情を見せた。睦月の性格と力を知る彼らが睦月に怯える様を見るのが、俺は酷く面白い。



 赤い絨毯の引かれた通路を、俺と睦月はしばらく歩いて立ち止まる。

 金色の取っ手のついた扉。――その先に『皇帝』は居る。

 入口には幾人かの兵士達が並んでいる。彼らは俺達を見て、すぐに道をあけた。 俺達を見るその目には畏怖が宿っていた。

 そして睦月がノックもせずに扉を開けて入っていった後、俺も続いた。



 無礼な事だろうが、これはいつもの事だ。

 睦月は誰かを敬う事などしない。



 この世界に来てそれは一層顕著になった事だ。

 地球では普通に教師に敬語を使い、まだ異常性を睦月は隠し通していた。

 だけど今はそれを隠そうともしない。あるいは、隠す事が出来ないほどに睦月の中でそれが大きくなったのだろう。


 それが俺には本当愉快でならない(・・・・・・・・・)。





 扉を開けた先には、一人の男が居る。このサンティア帝国の『皇帝』―――ラスター・サンティアである。

 『皇帝』は俺と睦月よりも二つ年上で、まだ十九歳だ。王としては若いと言えるだろう。

 外見からはとてもそうは思えないが、『皇帝』は兄弟達を蹴落として、現在その位置につくという過激な男だった。



 『皇帝』がこちらを見る。

 美しい――その言葉を体現しているようなまだ若い男だ。

 この世界では珍しくもない銀色の髪は、腰まで伸びている。

 そして小さな顔に冷たく光る赤い瞳がある。

 一つ一つのパーツが整っており、それぞれが合わさって『皇帝』を美しくしている。



 どちらかといえば男らしいというより、美人な女性にも見える。最もそれを言ったら殺されるのわかっているから言いはしないけれど。

 俺はまだ死にたくはない。



「睦月と樹か」

「はい。ただいま帰りました」

「帰ったよー。もっと暴れたいよー」



 『皇帝』の血のように赤い目が睦月と俺を射抜くかのように見ていた。



 並みの人間なら恐怖でくすんでしまいそうなその視線を向けられても睦月も俺も特に気にした様子もなく普通に返事をする。



 『皇帝』にとってそんな俺達は愉快な存在と位置づけられているらしい。

 平たく言えば俺達にとって相手の身分も地位もどうでもいい。

 睦月の世界には一番大切なアイツと数少ない友人と後はどうでもいい人しかいない。

 そして俺は身分や地位なんかよりもそいつが面白いか面白くないかが重要だ。

 睦月がこんなに不敬な態度を取っても何も言われないのは、一重に『皇帝』が睦月を気に入っているからであった。




「くくっ、盗賊ごときではムツキには楽しめなかったか」



 『皇帝』が笑う。

 俺と同じように睦月の異常性を楽しむ事の出来る『皇帝』の事を俺も結構気に入っていたりする。



 おそらく根本的な性格が俺と『皇帝』は少し似ているのだと思う。だからこそ、俺は『皇帝』と親しく出来ているのだろう。


 この世界にやってきて、何故か言葉はありがたい事に通じた。

 だけど地球とこの世界ではやっぱり発音が違うのか、日本名の発音を完全無欠と言われる『皇帝』でさえも上手く紡ぐ事が出来ない。

 地球でいう西洋諸国のような言語――横文字の言語ばかりが浸透しているこの世界において、漢字や平仮名といった日本人には馴染み深いものは存在していなかった。

 この世界は、地球と似たものが多く存在しているとはいってもそこら辺はやっぱり違いが多くあるのだ。

 だから俺の名を正確に呼べるのは現状睦月だけで、睦月の名を日本語の発音で呼べるのも俺だけだった。

 『勇者』と『聖女』は正確な発言で俺と睦月の名を呼ぶ事が出来るだろうが、生憎奴らとはこの二年、一度もあっていないのだ。





「うん。楽しめなかったよー。あっさり皆死んじゃったんだぁー」




 それに『皇帝』が睦月に言及できないのは、睦月が圧倒的な強さを持っている事も一つの理由だ。

 下手に刺激して暴れられるよりも、それを受け入れて利用する方が良いと思ったのだろう。



 懸命な判断だと思う。

 今の睦月が本気で暴れれば、この城位簡単に吹っ飛ぶ。

 最も俺はそうなっても別に全然構わない。本気で暴れて、無邪気に笑う睦月を見るのは楽しそうだから。

 俺と睦月で一つの国を陥落させるのって、考えただけでどうしようもなくわくわくして、興奮する。

 だけど、もっと狂った睦月を見るためにはもう少しこの『皇帝』の下で働いていた方が都合が良い。

 だから大人しく『皇帝』に従っているのだ。



「ああ、そうだ。睦月、樹」




 『皇帝』が睦月と俺に向かって、何処か楽しげに話しかける。




 そして『皇帝』は続けた。



「『勇者』と『聖女』が『魔王』を倒したらしい」



 その言葉に睦月は一瞬驚いた顔をして、それはもう楽しそうに笑うのだ。




「じゃあ、会いにいけるね」



 そういってほほ笑んだ睦月の目には確かな狂気が映し出されていた。



 俺もこれから楽しい事が起きる事を思って、思わず口元を緩めた。

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