会議室のドアを叩くのは



 というわけで、一人作戦会議だ。

 俺は広い会議室の椅子に腰掛け呟く。


「現状は特に重大な問題があるわけじゃないが」

 だが、いつか必ず爆弾は破裂する。

 問題は、それがいつになるかだ。


「一つ一つは些細でも、タイミングによっては致命的な代償を払いかねない」

 実際、食糧問題などは大した危機ではない。


「最悪食糧庫から野菜を持ってくればいいだけだしな」

 俺の境遇が話に聞く異世界物語と違うのは、ひとえにこのインフラが整った城ごとこの世界に来たことだ。


 食糧庫には人間との戦争に備えて十分すぎるほどの蓄えがある。野菜生産施設に肉と魚の加工品類、各種調味料から冷凍果実に酒などの嗜好品等、孤立した環境で十年は自炊して暮らせるだけの用意をさせたからな。

 まあ、その設備が無人でも機能している現状だからこそ恩恵に預かれるんだが。残念ながら俺は機械の整備なんてできないから、機械の故障がそのままこの設備の終焉を意味している。


「他にも、使えなくなる設備は多い」

 空気中や雨から水分を確保してシャワーやトイレに使う上下水道。太陽光と水素電池による発電機。冷暖房や照明も当然これに依存している。


 壊れないモノはない。


 インフラが機能不全になれば、全てを自勢力で賄うことはできないだろう。いつか他勢力と交流を持たねばならない時が、くる……。


「いや、今はいいか」

 話がそれた。


 という訳なので古ゴート族が仮に周りの草を食いつくしたとしても問題はない。食糧庫から野菜を、いやいっそバンブラーの森まで出かけさせて食事というのもいい。

 森は多少危険だが、彼女たちの守りはベーオウ達レッサーオークに頼めば……。


「無理、か」

 その古ゴート族がレッサーオーク達を嫌悪しているから問題なのだった。


「正直、もっと簡単に仲良くなってくれると思ったが」

 種族的に両者は敵対しているわけではないがかといって交流もなかった。俺という存在がこの世界に来たことで初めて生まれた組み合わせともいえるだろう。


「何故、仲良くなれないか……いやまあ、分かり切っているか」

 女性からすれば、そもそもオークと仲良くしろというのが酷な話だ。


 いくら俺の命令で手出しできないからといって、今の生活は彼女たちにとって猛獣の檻で寝泊まりしろといっているようなモノなのだ。やらしー視線云々も当然の抗議だ。


「古ゴート族に欠けた武力をベーオウ達が補っている現状、結束すると思っていたが」

 古ゴート族がいくらオークを嫌悪していても、生きていくのに必要ならば仲良くなるしかない。彼女たちが俺に従うと言ってきたのもそれが理由なのだし……。


「って、そうか、俺か」

 ベーオウ達の武力要らないんだった。

 俺がいるのだから。


「あー……村の人間どもを一掃したのも俺だし、そう考えるのも当然、なのか?」

 古ゴート族は俺に対しては優しい。

 それは俺を必要と思っているからで、レッサーオーク達をそうとは思っていないからだ。


「実際古ゴート族の視点では、レッサーオーク達は何一つ自分たちに貢献していない」

 ベーオウ達は足蹴く狩りに出かける働き者だが、獲物の大半は肉だ。古ゴート族にとっては価値がない。

 逆に古ゴート族は衣服の製作を行っているが、それにはレッサーオーク達の分も含まれている。一方的に貢献するような立場が現状だ。


「成程な。衣食住を綺麗に分配したつもりだったが、これじゃ不平等か」

 ちなみに住の部分が俺だ。城の各部屋を好きに使っていいと言った時のあの驚きようは……いや、だから今はいい。


「だがレッサーオーク達が必要になる状況はすぐにやってくる。やってくるのが、問題だが……」

 はあと深くため息をついて、俺は背もたれに寄りかかる。俺の座っている椅子が、ギシッと音を上げるような音を立てる。


 そう、忘れてはいないか?

 俺の弱点を。


「強制睡眠……爆弾を抱えているのは、俺の方か」

 いつやってくるかもわからないデッドラインだ。


 一度眠ってしまえば当分は起きることはない。下手をすれば数か月から半年。

 そうして俺が寝てしまえば、戦力はベーオウ達レッサーオークに頼らざるを得ない。そうすれば、案外あっさり問題は解決するかもしれないが……。


「今俺を失って、ぶつかり合いが起きないとも限らない」

 今のいがみ合ったような状況では、下手をしたら取り返しのつかないことになる。


「特にベーオウ達の欲求は……」

 暴走させるわけには、いかないよな。

 もう一度ため息をつきかけたところで、会議室のドアがノックされた。


「お、旦那。こんな所にいたんですね」

「早かったなベーオウ。報告なら後でもいいぞ」

「へえ。ですがその前に、旦那に客ですぜ」

「……何?」

 思わぬ一報に、俺は寄りかかったままの姿勢をすぐに正す。


「この勢力の一番偉いやつに会わせてくれって。今一階で待たせてやすが、物珍しさにみんな集まっちまってやすよ。ちょっと変わってやすが、何せすげえ美人なんで」


 美人、か……。

 是非とも歓迎したいところだが、当然俺はこの世界に知り合いなどいない。


 それは一体どの筋の『お客様』なのか。


「……ベーオウ、何かお出ししろ。歓迎の仕方は任せる」

 まさか他勢力から何か目を付けられたか?


 ここしばらく安穏とした日々が続いていたから忘れていたが、この世界では、人間と、そして魔王軍という二大勢力が覇を競い合っている。


 俺が起きている間は誰が攻めてこようと問題ではないが……

 今のまとまっていない状態を、晒してしまうのは少々マズイ。


「スキがある、と、思わせてしまっては……」

 ここは平和な世界ではないのだから。

 出来立ての俺達の勢力。武力『以外』でなら、付け入るスキは、いくらでもある。


「旦那?」

「……ああ、こんな所で嘆いていても、始まらんな」


 兎にも角にも会わないことには話が進まない。俺はベーオウと共に、一階へ向かう。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名

従者:ベーオウ(仮)

同盟:なし

従属:なし

備考:『お客様(?)』が来訪中





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