そいつは交渉の席につく



「う、嘘だろっ!?」

「たった一人に、俺たちがっ!? ぐぎゃあああっ!」

 一階の広々としたロビー。

 そこに集まったオーク達を次々肉塊に変えながら、俺は冷静な視点で状況を見極めていく。


 後ろからこん棒を振るう相手を回し蹴りで、その隙を突こうとする相手を裏拳で、さらにそこから飛び掛かってくる相手を逆かかと落としで蹴り上げて。


「全く、どれだけいるんだ」

「畜生っ! 何なんだよお前はよぉっ!? ひぎゃっ!」

 オーク達は中々に数が多い。さっきから手当たり次第に殺しまくっているというのに、一向に勢いが衰えない。


「今ので八十は殺したと思うが……せいぜい半分か」

「くっ、くそっ! 距離を取れっ! こいつの武術は並じゃねえっ!」

 そして彼らの統制力。一見ただの暴漢だが、その実一人一人が仲間を意識しながら、お互いの死角をカバーしながら戦っていた。

 だから一匹一匹潰しまわる羽目になり、それが余計に手間と時間をかけることになる。

 圧倒しているというのに、状況は常に向こうが有利。多対一の構図が崩れない。


「こういう戦いも久しぶりだな」

 いつもならこれだけ力の差を示せば、向こうが勝手に戦線を崩壊させ始める。臆病風に吹かれて逃げだしたり、あるいは俺に命乞いを始めたりするやつが出る。だが、今のところそんな兆候は見られない。


 見た目の印象は悪いが、こいつらは結構優秀な戦士かもしれない。


「ちいいっ、こんな素っ裸な野郎にっ、ごぶぼっ!?」

「だから誰のせいだ、誰のっ」


 勿論殺さない理由になんかならないがな。


「ど、どうすりゃいいんだよこれっ!」

「一撃、一撃さえ入れられりゃあこんなひょろい奴っ!」

 じりじりと、輪を狭めつつも俺を警戒して安易に飛び掛かったりはしない。さっきまでは逆にこちらが隙を見せて飛び掛からせていたが、もうその手にも引っかからないらしい。


「同時にかかれっ! 誰か一人、一人でもっ! あいつにぶちかませば勝機はあるっ!」

 ……まあいい。そろそろこの戦いにも決着をつける時だ。

 拳や蹴りじゃらちが明かないというのなら。


「生憎、こんな所でくすぶってられないのでな」

「なっ……え!?」

「あ、がっ……血の、む、ち」

「う、そだ、ろ……」


 俺の周りを囲っていた、およそ七十体のオークの体が、胴から千切れ飛んでいた。


「うちの中では使いたくなかったんだが」

 吸血鬼の爪鞭グレイプ・ウィップ


 吸血鬼の血を、粘性を維持したまま五指の先から伸ばして横一線に振るう技だ。

 鞭のようにしなり、鋭く敵の肉をえぐる。細い見た目と違って大量の血液を内包しているため、その気になればコンクリートだって真っ二つだ。血を操り戦う俺達吸血鬼の基本技みたいなもの。


 まあ、家の中で振り回すものじゃないんだがな……今回は仕方ない。


「さて」

 とりあえず視界に映るオークはこれで一掃できた。別の場所に気配はまだ漂っているが、それほど数は多くない。もう少しだろう。

「全員殺す前に、有益な情報を聞き出さなければ……ん?」

 そう言って気配を辿ろうとしたが、ふと血の海に沈む、彼らの武器だったこん棒に目が行く。


「こいつら、技術水準が低いのかと思えば……これは」

 いかにも野蛮で原始的な、先が太くなったこん棒。だが一見して木でできているかと思いきや、持ち手のところは木なのだが、太くなっている所には荒く縄を巻くようにして、黒い金属が巻き付いている。

 いや、焼き付いている、と言った方が正しいか?


「この金属、鉄……ではない……それよりも硬い合金か?」

 手で持つチキンのような形状の木に、金属を網目状に巻き付くようにコーティングした、そんな奇妙な武器だ。軽さと硬さを両立させようとしたのか? 金属が焼き付いて木に癒着しているのを見るに、製法も不明だ。


「原始的なのか科学的なのか、判断に困るな。このレベルの金属加工ができるのなら……」

 言いかけて、ポーン、という音に意識を持っていかれる。

 これは、城に放送をかける時の……。


「まだ戦える奴はここに集まれっ! フ〇チン野郎に最後の攻勢をかけるぞっ!」

「……よほど死にたいらしいな」

 誰のせいでフル〇ン野郎になってしまったと思っているんだこいつら。というか城内放送を使いこなす程度には知能があるのか。


 まあいい、手間が省ける。決戦の舞台は放送室か。

 確か放送室は三階にある。ロビーの中央にある階段をゆっくりと上りながら、俺は神経を研ぎ澄ませていく。


 あたりに散らばっていた気配が、音と共に移動している。あるものはそこに集まり、あるものは反対側へと回る。挟み撃ちでも狙っているのか。

 吸血鬼の五感は人間よりも優れているが、血を嗅ぎとる力以外はモンスターと呼ばれる者たちの中でも特別優れているわけではない。

 だからこういう感覚は生まれつきの能力ではなく、戦いの中で身についていったもの。

 そう、戦うのが当たり前の世界で俺は生きてきた。


「さて……」

 城の放送室。

 その用途に合わせて、ドアで仕切られた内部は防音仕様だ。中から気配はするが、音は遮られている。

 それほど広い部屋でもないが……これは罠か。


「いいだろう」

 俺は迷うことなく、ドアを開けて中に……。

「おらぁっ!」

 ドアの先、一体のオークがこん棒を振りかぶり殴りかかろうとする。


「ぐぎゃべっ!?」

「そんなもので俺は、っ!?」

「捕まえたぜっ!」

 待ち構えていたオークを拳で殴り飛ばして油断した。


 ドアの影、背後に隠れていたもう一体の方まで気が回らなかったのだ。


「っしゃあ! いけお前らっ!」

「おらあああっ!」

「この野郎っ!」

 合図を皮切りに、机の下や棚の陰に隠れていたオーク達が一斉に飛び出してきた。

 放送室で音を遮り、囮役と隠れていたオーク達で気配を分散させ、一人が羽交い絞めして残りが俺をタコ殴りにする作戦。


「……意外だな」

「っ!?」

 羽交い絞めしてきた一人を、両足をあげてその勢いで後ろ蹴り。


「悪くないぞ」

 単純だが、環境を利用したいい手だ。


「ちっ、ちくしょぶべぇっ!」

 室内に残っているのはあと五人。

「くあああああっ! げべっ!」

「あびゅしっ!?」

 あと三人。


「ひいっ!? な、なんげぼらっ!」

「そんなバカなぶぼっ!」

 あと、一人……。


「ま、参りやしたあああぁぁぁっ!」

「ッ!」

 最後の一人、は、どうやら戦士として死ぬ道を選ばなかったようだ。


「こ、降伏しやすっ! ど、どうか命だけはっ!」

 ここまで勇猛な戦士として戦い抜いてきた相手に、多少なりとも敬意を抱いていたところだ。まさか最後で水を差されるとは思わなかったが……。


「……子供?」


 水を差される、どころではなかった。

 最後の一人は、俺の身長よりも小さい、140センチ程の小柄な体を地面になげうっていたのだ。


 その首にはスカーフタイ。我が家の宝玉を下げて。


「……その宝玉は」

「ひっ!? あ、い、いやその、お、お返ししやす」

 そうして顔をあげた相手は、おずおずと震える手で我が家の赤い宝玉を差し出してきた。


「随分あっさりと……まあ、いい。これに関しては不問にしてやる。だが、俺が寝ている間になかなか好き勝手してくれたじゃないか」

 顔つきは幼さとはかけ離れている。どちらかといえば凛々しい男だ。

 灰褐色の肌に身長に似合わぬ筋肉のついた体。やはり上半身は裸で、腰布を巻き足首の先が細くなったズボンと、どこかおとぎ話に出てくるような、砂漠の盗賊を連想させるようないで立ちだ。


「か、返す言葉もございやせん。俺たちゃあオーク、奪って生きていくのが生業の輩ですから」

「ふむ」


 ……こいつなら、話は通じるか?

 この世界の情報を、聞き出さなければ。


「お前、俺に従う気はあるか」

「へ?」

 何度も繰り返してきた言葉だ。

 相手の命を握ったうえでの、交渉。


「そ、それは奴隷になれってこと、ですかね?」

 意外にも、目の前の子オークは怯えつつもすぐに首を縦には降らなかった。

「奴隷……この世界にも奴隷制度があるのか」

「へ?」

「いやなんでもない。お前が言う奴隷がどんなものかは分からんが、俺は情報が欲しい。お前にそれを差し出してほしい」

 簡潔に、事実だけを告げる。


「な、ならその……」

 もとより交渉の余地など無い。それは命令にも等しい。これで話はまとまって……。


「俺を、旦那の部下にしてくだせえ!」

「……な、何?」


 予想外の言葉に、俺は思わず目を丸くした。


「旦那のために働きやす! だ、だからその、俺を雇ってくだせえ!」

 慎重に、言葉を選ぶようにして子オークは首を垂れる。さっきの怯えは何処へやら、中々に堂に入った姿で。

「それなら、俺も俺の知る限りをお話しやす」

「っ!」


 まさか……。

 こいつ、一丁前に『交渉』をする気か?


「吸血鬼にとっては自分に直接仕える部下……俺たちは『従者』と呼んでいるが、従者選びは吸血鬼にとっても重要なことだ。それは知っているか?」

 そう、実はさっきの『従え』は厳密には『従者になれ』とは意味が違う。

 従え、は文字通りこちらの言う事をなんでも聞けという意味で、ある意味奴隷にするよりも質の悪い言葉だ。

 これを受けた相手を吸血鬼はまず試し、自分の目にかなうようなら厚遇し、そうでなければ『餌』にする。


 吸血鬼は、決していい子ちゃんではないのだ。


「吸血鬼の事情は知りやせんが、旦那にとって俺が情報以上の価値がない事は分かりやす」

 ふむ、まあ、的確な分析だ。

「俺がもし、その提案を断ったらどうする?」

「その時は……仲間のもとに行こうと思いやす」


 ちらりと、床に転がるオーク達の姿を見て子オークはそう言った。

 ああ、成程。肝も座っているし覚悟もある、か。


「……はぁー」

 俺は思わず頭を抱えた。


 そうなのだ。この世界で何も知らない俺は、実際えり好みができる立場じゃないのだ。

 こいつがそれを見越している……わけではないと思うが、的確に俺の弱みを突いてはきている。

 ここで俺がこいつを殺してしまえば、俺は何も分からぬまま、また別の誰かを探さなければならない。なら、この意外と度胸のある少年オークを従者にするというのも……。


「一つ、聞こう」

「へ、へいっ!」

「お前、俺のブローチタイを巻いていたな」

 我が家の家宝があしらわれたブローチタイ。それをこの子オークがさっきまで巻いていた。

 俺の服を欲しがったと言っていたのは、コイツか?


「何故だ」

「な、何故って……」

 あまり偏見でモノを言いたくはないが、オークがそういうお洒落を好むというのは聞いたことがない。俺のブローチタイは上品で格式はあっても、こいつらの好みそうな武骨さはない。

 子供の気まぐれ、で片付けることもできるが……。


「この……城を乗っ取るのに、相応しいようなもんが欲しかったんでさあ」

「何?」

「小汚いだけの俺達じゃ、どう考えても釣り合わねえ。だからちっとでも、この城に見合うよう格好だけでもつけようって思ったんでさあ」

 ……それは、また。


「変わった奴だな、お前」

「へ、へいっ!」

 ……いや、分からんでもない。

 俺も当主になりたての頃は周りの目を気にしていたモノだ。相応しいモノになれたのだろうかと、何度も自問自答した。コイツのように形から入ろうとしたこともある。


 そして今も俺は、理想の自分になれてはいない。


「……まあいい。たまにはお前のような変わり種を従者にするのも一興だ」

 少し気に入ったぞ。

 吸血鬼の従者が子オークというのも格好がつかないが、今の俺にはちょうどいいかもしれないな。

 文字通り裸の王様には……。


「いや、ちょっと待ってろ」

「へ?」

 今の俺は、格好云々ならその子オークにすら負けている。

「最初の命令だ。お前も、身だしなみくらいは整えておけ」


 文字通りのフ〇チン大王じゃあな。


 そうして俺が着替えに行ったのは、まあ、言うまでもないだろう。



<現在の勢力状況>

部下:???

従者:???

同盟:???

従属:???

備考:城は人間の目を欺くために高級マンションのような外観だが、内部は空間が魔法で拡張されていて非常に広い。大勢の吸血鬼が生活できる空間と豪奢な内装、そして人間との全面戦争を想定した充実した設備が揃っている。





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