何者でもいいじゃないか!

都村シノ

不運な再会

夏休み。ああなんと素晴らしい響きなのだろう。

 こんなクソ暑い時期に朝から晩まで働く社畜どもを尻目に、俺たち学生は涼しい家でのんびりと過ごす。これを天国だと言わずに何というのか。

夏休みの前半はほとんど無駄にしてしまったから後二週間、めちゃくちゃ楽しんでやるぜ!


「おお、勇者様の召喚に成功しましたぞ」


そうだなー、まずは友達と海に行きたい。あわよくば逆ナンされたい。


「魔王が支配するこの世界から再び救い出してくれるわ」


 俺からナンパしろって? え、そんな度胸あるわけないじゃん。てゆうかナンパに成功しても後々何の得もないじゃん。ハイリスクなんていらないんだよ。逆ナンだから意味があるんだよ。


「あ、あの、聞こえていたら返事をしてほしいのじゃが」

「そうですよ勇者様! 召喚の儀式にどれだけ時間を費やしたと思ってるんですか!」

「そうだぞ! もうかれこれ三時間はしているんです!」

「いい加減なにか言ったらどうですか!」


「うるせぇぇぇぇええええええええ! いま俺は、夏休みの予定を考えてるんだよ! それを横からピーピーギャーギャーうるせえ! 『勇者様かっこいい!』とか『勇者様が魔王を倒してくれたら私、あなたと結婚する!』とかは俺もうれしいからもっと言ってください」

「いや、そもそもそんなこと言ってないんですけど」

 俺のイライラを謎の魔法使いらしき人達にぶつけた後、横を見ると、そいつらは顔が引きつらせていた。なぜだ? 俺は思ったことをそのまま言葉にして言っただけなのに。ドン引きするようなことは言ってないんですけど。

 周りをよく見ると見覚えのある場所だった。床にはばらまかれた様々な魔法書。何も映らない真っ黒な、不気味な鏡。そして、見覚えのあるこの頭。

 あーなるほどね。

 状況は大体把握した。

 つまり、俺はまたこの世界に召喚されたということだな。

「おートグルじゃん。久しぶり。ちょっと老けた?」

「ハハハ。年寄りにその言葉は禁句ですぞ。久しぶりと言ってもあの日からもう八年たちますぞ、ユウタ殿。相変わらず変わっていませんなあ」

「え! もう八年もたってるのか! 初めにトグルを見たときは誰だか分らなかったけど、その頭を見てピンときたよ。いやー、この世界と俺のいる世界はどんなけ時差があるんだよ」

「え、えっと、トグル様? このダメそうな勇者とは知り合いなんですか? しかもこの男、大魔導士であるトグル様の頭を見て思い出したって言いましたよね! 確かにこの頭はツルツルしていて愛らしいのですが、とても失礼ですよ! この男を一度、昇天させてもいいですか!」

 なんなんだこいつ。召喚された選ばれし勇者に向かってその態度とは。全く失礼な奴だな。

てか、お前もトグルの頭をツルツルとか言ってんじゃん。俺はツルツルなんてそこまでひどいことは言ってない。

後ろ振り向いてみ? 大魔導士様が今にでも泣きそうな顔をしているぞ。


「こらこら待ちなさい。そんなことしていいわけがないでしょ。全く、この子は短気なんだから。」

 魔法の詠唱を唱え始めた少女を止めるべく、後ろに控えていたお姉さんが少女の口を抑えた。

 蜜柑色の長い髪に光が当たると、その髪は金色に輝き、まるで天使のように瞳に映る。

それでいて、あのわんぱく少女に優しい対応。顔を一度も歪めることなく、むしろ穏やかな笑顔で口元をやさしく抑えている。俺がお姉さんの立場だったら、げんこつ三発は固くないだろう。

あ、でもその胸元が大きく開いた服だけは着替えたほうがいいですよ。あなたの天使のイメージ少しだけ崩れそうです。それと、ほかの男がその豊かな胸を見たら、大変なことになりそうですから。まあ、俺は紳士だから大丈夫なんですけど。

「勇者様。そ、その、私の胸ばかり見ないでほしいのですが……。」

「大丈夫だ。何一つ見てない。」

「そ、そうですか。そんなことより、あなたを召喚した訳をですね、痛っ! ちょっとマリス! お願いだから手を噛まないで! そして今すぐに詠唱を唱えるのをやめて! 今は勇者様と大切なお話をしているんです! お願い! 一生のお願いだから!」

「まったく、ニーナは心配性よ! でもさすがのあたしでも、この男を昇天まではしないよ。ただ、新しい魔法の実験台に……」

「わ、分かった! 分かったから、いくらでもこの勇者を実験台にしてもいいから! お願いだから外でやってきてー!」

 おい、今こいつ実験台って言ったぞ。俺モルモットにされんの?

 そして今の状況。なんなの。

 この狭い部屋で、魔法の詠唱を唱える少女。

その少女に泣かされているお姉さん。

そして、自分の頭をいじられて気を失ってるじいさん。


 俺はこのカオスな状態についていけなくなりボーっとしていると、マリスの途切れ途切れの、絶対に成功しなさそうな詠唱がもう終わるのか、俺の天使だったはずのニーナがやけくそになってこう言ってきた。


「ああもう! 勇者ミナセユウタ様! あなたにこの世界をもう一度救ってほしいのです!」


 こんな最悪の状況の中、ニーナは泣きながら俺に頼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る