カエルと住む
蒼知
第1話 カエルと住む
朝6時になれば、灯りが点く。起きて下を覗いて灯りがついていたら、なんだか残念な心持ちがする。私の一日の最も最高な時間は、7時から8時までの皆がまだ起き揃わない時間だからだ。だから、それよりも遅くなると気が滅入る。しかし、このところ、そのことも気にならない程に、私の生活は狂ってしまった。
定期的にこうなのだ。こうなったらまた、はたりと気が変わるのを待つ他ない。周りがどう思ってようが、仕方がない。こういうもんだから、どうもしようがないんだから。そして案外、まわりはそこまで自分に興味がないってことも理解してきた。だからこうやって、だらしがない生活を思い切ってやっていられる。ただ、どうにかならないものだろうか。こんなことが、ここから何十年続いては、やっていられない。こんな自分が、常々情けない。私には達成すべき目的があり、それには他人より数十倍も努力というものをしないといけない。それなのに、こうもいちいち足止めしていて、どうするつもりなのか。こんな姿を見て、親類はなにを想うのか。独り故郷を離れ、一生懸命勉学に励む私を期待する彼らは、なんと言うのか。それを思うと、ひどくこの世から消え去りたい気がするのである。
夜9時になれば、灯りは消える。これはまた私を不安にさせる。もうこの時間からは、なにをやっても大成しないからだ。もっとも、大成ってのは、一日程度じゃ成せるもんじゃないが、その日一日をこっから別のものにするのには、もう遅い時間だということだ。こうやって、私は一日に2度、がっかりさせられる。勝手にがっかりしているのだ。中の住人が知ったことでは無い。毎日楽しそうに、ガラスを登っては落っこちている。ぼとん。今日も昼の間、何度も落ちた。
私が元気な間は、朝に出て、夜に帰っての繰り返しだから、昼間の電気がついてる間になにをしてるかなんか知らない。とにかくこいつらは、私が帰ってくるとひょこひょこ出てきて、餌のコオロギをねだる。またそれが可愛いらしい。目玉がひょっこり出ている。口が大きくて、いつも笑ってるのか、不機嫌なのか分からない顔をしている。私について、餌以上のことは求めてこない。猫のようにあざとい声で呼んだりしないし、すり寄っても来ない。だからいい。
年を越してから、ここまで、忙しかった。海外に行って、そのあと来客があった。年を越す前も癒されなかった。実家にいても落ち着かず、居場所がないからと勝手に戻った。今思えば、まったくもったいない年末を過ごした。でも、だって、猫がいたのだから、仕方ない。あいつが帰れと言った。というわけで、私は疲れ切ってしまった。自分に対する嫌悪感は神様がくれた休暇命令だ。このことに気が付くのに実に10年程費やした。死にたいと思ったら、おやすみなさいの合図。お陰で、何度も本当に死のうとしてしまった。今でもたまに騙されそうになって、はっとする。
休暇命令が出た時は、とにかく思うが儘、楽なようにするのがいい。冬なら、炬燵で寝るのがいい。夏は外に出て田んぼを眺めたり、山に登るのがいい。よく、映画を見る。ノートパソコンの小さなスクリーンで、これは、と思った作品を見る。いくつか見るとその中に、人生とは、何か、分からしめてくれるものがある。直列回路の私の脳みそは、それで活性化する。そして皿洗いを始める。次に洗濯機を回す。部屋をピカピカにする。明日から、頑張るぞ。そう思ってとにかく何だか、自分が素敵な人間になった気がして、次の日から奮闘するようになる。
洗濯物が家の中でじめじめしているのは、なんだか気分が悪いから、コインランドリーで200円だして乾燥させてきた。なんたって今日は雨だから。それが一番気持ちいい。気持ちがいいっていうのは、いいことだ。200円で気持ちがいい日々を買ったんだ。なんと安い。蛙がガサガサ言っている。なんだか、楽しそうだ。ぼとん。何度目だろう。なにを目的に登ろうとしているんだろう。また、落ちた。痛いのだろうか。でもきっと、楽しいに違いない。
ケージの中には、2匹いる。大きいのが、メスで。小さいのが、オス。それぞれ、名前も付けて、こっちが一方的に呼んでいる。灯りがついているのが、嬉しいんだろう。昼間はいつも天井に登ろうとする。壁伝いかポトスの葉に登っては、天井に片手をついて、もう一方で手招きをする。あと一歩でぼとん。と落ちる。目的はなんなのか、成功したことはあるだろうか。小さいのがよくやっている。大きいのは、基本的に昼は眠いんだそうだ。小さいのは、懸命に登ろうとしては、腕で自分のでっぷりとした体を支えられずに、何度もぼとんと落ちては、しばらく止んで、また性懲りもなく繰り返す。それが馬鹿らしいが、なぜか愛おしい。
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