第2話 傷心

 ルドルフのことはよく覚えていた。父に急進的な進言をするため屋敷に来ていたからだ。ルドルフは帝国開闢以来最高の貴公子軍人とよばれる美男子でマリーの初恋の相手だった。しかし恋など叶わないほど年上だったし身分も違っていた。ルドルフは零落しているとはいえ帝国建国からの門閥貴族だが、マリーの家はただの新参貴族だったから・・・


 そういうのも父ハインツは元々平民出身で、数多くの宇宙海賊討伐の実績により皇帝から伯爵位と帝国元帥と軍務尚書の地位を与えられた成り上がりものだからだ。皇帝とは宇宙軍幼年学校からの友人であることも貢献していた。


 そのため貴族の身分を得ても平民階級からは妬まれ、貴族階級からは疎んじられていた。失脚しないのは天才的軍事能力と皇帝との友情関係を保っていたからだ。


 そんなハインツがやろうとしていたのは一人娘マリーを出来るだけ地位の高い貴族に輿入れさせることだった。長い軍歴で婚期が遅れ、ようやく50代で授かった娘を溺愛していたためだった。そんな想いを痛いほど分かっていたマリーは父に従い婚約したのは15歳の春だったがしかし・・・


 「婚約を破棄するとはいったい!」


 マリーが自分の頭を殴る直前のことだ。宮内尚書の使者が直々にマリーと皇帝の甥との婚約破棄は通告された。


 「ここにあるようにです。フリードリッヒ殿下からの申し出ですから。一度は皇帝陛下の裁可を受けているのですから異例なんですが・・・ここだけの話、宰相殿下からの入れ知恵だと思います。貴殿もお立場がおありなんですから、事を荒立てるのはおやめください。マリー様には申し訳ないのですが、しかたありません。決まった事なんですから」


 それを控室でこっそり聞いていたマリーは使者が出て行ったタイミングで執務室に入り、書棚にあった「人類全史記」の一冊を引き抜いて自傷行為に及んだ。そのとき、思い出したのが前世の記憶だったわけだ。


 正気に戻ったマリーの胸には自分で凶器に使った分厚い書籍を抱いていた。その彼女を父は優しく介抱してくれた。不法行為を行う海賊に容赦なく対処し、規律を守らぬ軍人に厳罰を犯す彼の事を「鬼軍曹元帥」などと陰口をいわれているが、この時はやさしい男であった。十代の娘の父には思えないほど歳は離れていたが。


 「お前、怒りたい気持ちは分かるが、我慢したいからと言って自分に当たることはないだろ? とりあえず、あいつは諦める事だな。まあ、お前も気に入っていなかったから、こうなってよかったかもしれないな」


 ハインツがいうようにマリーはフリードリッヒを嫌っていた。肌が白く太っていて顔に吹き出物がいっぱいあって。現在の皇帝陛下には皇位継承権を持つ男児がおられないので、まだ決定されていないが数人いる甥のうち年長のフリードリッヒが次期皇太子に選出される可能性が高かったが、宮廷だけでなく国民の評判は最悪だった。


 「ごめんなさい、お父様。心配をおかけして。マリーはもう大丈夫です。これからは心置きなく頑張りますから、強い戦士になるように」


 マリーの言葉に父は少し困った顔をした。


 「戦士ねえ・・・お前には花嫁というか女性らしい事を学ばせるつもりだったんだが・・・お前の同僚のローザと一緒になんかしたくなかったんだが」


 ローザの名前を聞いて、彼女は前世に好きだった「ユニヴァースウォーリアーズ零」のヒロインだったのを思い出した。たしか自分ってヒロインに嫉妬して嫌がらせをするザコキャラの一人だったはずなのに、なんで同僚なんだろうか? そんな疑問が起きた。

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