第79話 要塞へ向かって

「シグルーン、エッセンラント連合軍は北へ交代し、ダルトン要塞へ籠城する構えを見せています」


 ライルの報告を受け、ロイは「そうか」と相づちを打った。


 遠征軍の主だった将、重鎮が集う軍議が行われている。


「オタリア王国に動きは?」


「ありません。未だ中立であるようです。しかし彼の国が態度を決めるまで待つというわけにはいきません」


「無論だ。次は攻城戦だな」


「はい、陛下。全軍で城塞を包囲します。陛下の第一軍団の正面に布陣するのはランルザック将軍かルカ将軍の軍団が適していると思われますが、いかがしますか?」


 最近、ライルは時折こういった選択肢をロイに見せることがある。


 ライルの軍略ではそのどちらでも良い。しかし戦に疎いロイにあえて選択させることで軍事に関する知見を徐々に持たせようとしているのだろうとロイは感じていた。


 同時に、ライルの児戯とも言えるような感情にも気づいている。だからロイはこう言ってやることにした。


「私の正面に軍団は不要。私の第一軍団だけで充分だ。その方が包囲はより効果的。そうだろう?」


 するとライルは悪びれるでもなく「はい、そのとおりです陛下」と言って、彼女特有の悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 はたから見ると彼女のこの態度は不敬、不遜ととられてもおかしくない。しかしこの場にいる者のほとんどがロイとライルの間でのみ許される気軽さ、関係だということを知っていたので不敬を口にする者は誰一人もいなかった。


「さて」


 ロイは改めて諸将を見回すと言った。


「ダルトン要塞はエッセンラント公国の最重要拠点だ。彼らはここにシグルーンの兵と共にほぼ全軍が籠城している。要塞は断崖絶壁に沿って半円の形に建築され、崖のある背後から強襲することは不可能だ。しかしこれは敵にとって背後に逃げ場がないことも意味する。つまり我らはこの城塞を包囲するのに通常の半分戦力で足るということだ。したがって第一から第四の各軍団は半円状に布陣し、城塞を攻囲する。ランドルフの騎兵軍は本陣後方に待機し、城門または城壁の破壊後に要塞内への突入を担ってもらう」


 各将がそれに頷く。


 本来こういった軍議での役目はライルが担うのが常であった。しかしロイは自ら希望し、可能な限り軍事についても己が取り仕切ることを試みはじめた。


 不得手である軍事についても理解を深めライルのような専門家には及ばずともこなせるようになる必要があると理解したためだ。


 特に戦場において、皇帝の存在というのは特別である。


 歴史上の皇帝は戦場においても総指揮官を務め、その戦術用兵手腕においても全軍に随一の巧者であることが多かった。


 これには二つの理由がある。


 一つは皇帝自身がその勢力の創立者であり、戦巧者であるがゆえに皇帝にまで上り詰めたという理由。


 二つ目は戦に疎い皇帝はそもそも戦場には姿を現さないという当たり前の理由である。


 ロイの場合は戦下手でありながら、しかし宮殿にこもったままではいられない事情があった。ゆえに無理矢理にでも戦場に立たねばならない。


 そして戦場に立ったからには皇帝が戦に無能であることは許されないのである。


 だからこれはロイなりの努力であり、ある意味では誠意でもあった。ライルはそれを理解しているゆえ、戦術についての知識を与えつつ判断を委ね、ロイに選択をさせることで彼を育てようとしている。


 もっともそんなことをしていられるのは敵が弱小であるがゆえであり、それも今後は難しくなるであろうことは二人も理解している。


 ロイは諸将の反応を確かめてから言葉を続ける。


「しかしこのダルトン要塞は強力な防御能力を有している。一つは城壁の各所に配置された固定砲台だ。旧式の青銅砲だが口径が大きく、こちらの攻城塔にとって驚異となりうる」


「大砲があるんならのろまな攻城塔なんか良い的だな」


 グレボルトがそうぼやく。


「城壁は高く、攻城塔なしで兵に梯子で登らせるのは危険が大きい。だからこの固定砲台を速やかに破壊し、攻城塔の前進を可能にする必要がある」


「そのためにはこちらも砲を使う、ということですか」


 フィアットから参じているレツィア・デ・ルカ将軍が理解をしたようにそう言った。彼女はおよそ一万五千の兵団を率いてこの遠征に随行している。


「そのとおりだ。しかし砲兵団は私の第一軍団にしか配備されてない。したがって要塞を包囲した後、実際の攻城を行うのは私の軍団のみということになる。諸君は要塞を包囲しつつ弓矢で牽制し、敵をひきつけてほしい」


 皇帝のみでか。諸将がそう言うかのように顔を見合わせた。

 ロイはそれに構わず続ける。沈黙は賛同とみなしたからだ。


「作戦はこうだ。まずは味方の砲兵団が敵の固定砲台を狙える位置にまで前進する必要がある。しかしそのためには城壁の敵弓兵と固定砲台の目を引きつけ時間を稼がなければならない。その囮の役目は城門に向かって前進する破城槌とその護衛部隊がが担う。グレボルトと血鳥団、全員にカイトシールドを与えるからその役目は君たちに任せる」


「嘘だろ!?」


 グレボルトが予想外の命令に目を見開いて叫び声を上げた。


 ロイはその反応を楽しむような素振りを見せつつ、話を続ける。


「なに、投石機カタパルトもこれを支援する。まああれは当たらんのが難点だが。さて、砲兵団が砲撃開始位置に到達したならば固定砲台を沈黙させる。その後ただちに攻城塔部隊は前進。指揮はジュリアン・ダルシアクに一任する」


「は、はい! 承知しました!」


 ジュリアンは二十三歳となり、以前よりも少しであるが精悍な顔つきになりつつある。父親によく似ている。


「ニコラ、君も同行し戦を学んでほしい」


ニコラとはニコラ・ド・カルティエのことである。対セラステレナ戦で活躍し戦死したフランク・ド・カルティエ将軍の遺児であり十八歳の少年である。


「承知しました。良く見て学びます」


 ニコラは緊張したジュリアンとは対象的に落ち着いた様子でそう答えた。


「攻城塔部隊が城壁にたどり着き壁上の占領に成功したならば攻囲中の全歩兵に城壁を登らせる。そして城門を開放したならばランドルフの騎兵軍を城内に突入させ決着をつける。なにか質問は?」


 ロイが諸将を見回す。皆机に広げられた城塞の地図を凝視しながら沈黙している。


 やがて第二軍団長キュフリー・ド・ランルザック将軍が静かに発言をした。


「……この計画に対しライル殿は如何?」


 この発言の真意は、”ちゃんとライルが確認した策なのでしょうな?”である。それほどにロイは実績がなく、戦に関する信頼のなさを未だ払拭できていない。


 しかしあえてそれを言葉にするのは冷静で気難しいランルザックならではといえる。


 ライルがすかさず言葉を挟む。


「もちろん。


 とあくまでロイ主体の策であることを暗に強調しつつ、策の信頼性の担保を示した。


 ランルザックは一応の納得を示したようで、「なるほど、かしこまりました」と言って黙った。


「他に質問は?」


「はい!」


 ロイの問いかけに勢いよく答えた者が一人。


「……なんだ、アビー」


 アビゲイルは黒く美しい髪をなびかせながら、己の存在がこの場において異彩を放っていることになんら気にする素振りも見せずにこう言った。


「そのお城にはおいしい食べ物がありますか?」


 その質問の意味することろを理解しているのはこの場において二名。ロイとライルのみであり、他の者たちは唖然とした様子でこの主君の愛娘を見つめた。


 はっきりいってアビゲイルに対する臣下たちからの評判は芳しくない。いや、行動や言動の全てがおよそ常人には理解し難く、主君の娘であるがゆえに機嫌を損ねさせるようなことも避けたく、つまり腫れ物のような扱いをされるに至っているというのが実情である。


 ロイは臣下たちのそういった感情を当然読み取っていたが、ことアビゲイルに関することについては極めて淡白に処理していた。父として異常なほどに。


「アビー、どうだろう。、必ずご馳走するよ」


「ほんとう?」


 アビゲイルはぱぁっと笑顔になって、その場でくるりと回転して見せた。


「……さて、作戦に異論はないようだな。出発は明朝。全員、準備を怠るな」


 戦においていつも一歩引いていたこの男が、いつの間にか皆を統率しつつある。


 ロイに従って長い者の中には、彼の姿を見てこう思う者も出始めた。


 なればこそ、皇帝ロイの初陣とも言えるこの戦いに敗北は許されなかった。

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