第184話 きっと、わかってくれるから

 魔空艦“レオナルド”の爆発は、近くにいた魔装兵ゴーレムを載せた魔空艇カイトを巻き込んで、暗闇の空に煌々とした爆華を咲かせた。


「“レオナルド”が墜ちたのか!?」


 ジル・カーランドは魔装兵ゴーレムのコックピットモニターに映った爆光を目にした後、レーダーで“レオナルド”であることを知ると、驚きのあまり言葉を失った。

 魔王ゼノキアと思われるエネルギー反応が忽然と消えたと思いきや、新たな高エネルギー反応が同じ地点から生じて、空に向かって屹立きつりつした光の柱に描かれる魔法陣。

 続いて、突如爆発を起こしたムルドゥバ軍旗艦“レオナルド”。

 しかも撃墜されたものではなく、周囲の戦闘状況から爆発は内部から発生したもので、事故か裏切りだとか不測の事態が起きたとしか思えなかった。


「何が起きてやがるんだ……」


 呻くジルのヘッドフォンに、シシバルの怒声が響いた。


“ぼさっとするな。奴が来るぞ!”


 我に返ったジルがレーダーから顔をあげると、正面のコックピットモニターには、ベヒーモスととも魔人化したアズライルが迫るのが映っていた。砂塵を巻き上げながら、アズライルが真正面から疾駆してくる。

 その姿は圧巻で、突進する勢いに加え、“ハエタタキ”と呼ぶ魔装兵ゴーレムの腕をまともに受ければ、こちらの魔装兵ゴーレムの装甲など無事では済まない。


「ちいっ!」


 ジルはペダルを力一杯踏みしめながら、操縦レバーを引いた。魔装兵ゴーレムの肩に乗るシシバルが、薙刀で凌いでくれたおかげで直撃は免れたものの、タイミングが一瞬遅れたせいで、アズライルのハエタタキがジルの魔装兵ゴーレムの左腕を砕いていた。


『ジル、後退しろ!』


 シシバルはヘッドセットのマイクに叫ぶと、“魔手ブリューナク”で連射式ボウガンを形成すると、肩についている手すりに掴まりながら、片手で矢を地面に向けて連射した。魔力を帯びた鉄の矢は硬い岩場を粉砕し、濃い煙を噴き上がらせる。煙はアズライルの視界を塞ぎ、ジル達の姿を見失った。


『小癪な真似を!』


 アズライルは構わず手綱を打ち、ベヒーモスを走らせた。間合いはわかっている。もう一息詰めれば、姿は確認できなくても振れば当たる距離だと思った。当て勘には自信がある。

 構わず砂ぼこりを巨体で粉砕しながら突進し、アズライルがハエタタキを構えた刹那、ぬっと巨大な黒い影がアズライルを覆った。


『なに……!』


 煙を割って、シシバルを乗せた魔装兵ゴーレムが、猛スピードで突進してきた。そのまま逃げて距離を取ると思っていたから、アズライルは完全に虚を突かれる格好となった。この場合、シシバルとジルの連携が見事だったと言う方が妥当かもしれない。

 既に“魔手ブリューナク”は長剣を形成している。

 シシバルはすれ違い様、アズライルの胸元目掛けて振るったが、アズライルは寸前で身をよじってかわした。それでも剣先には手応えがあり、シシバルが振り返るとアズライルは左肩から血を流しているのが見えた。

 流れる血をそのままにして、アズライルが馬首を返したが、魔人化した漆黒の表情は苦痛に歪んでいる。その動作は、シシバルの目にはひどく鈍く映った。


『ジル、戻せ!』


 シシバルはヘッドセットのマイクに叫んだ。声に反応して機体を転身させた時には、既にシシバルは長弓につくりかえて矢を引き絞り、アズライルの心臓に狙いを定めていた。

 有望とされながら目立った成績もなく、魔王軍の頃は常に名手の陰にかくれて、器用貧乏と揶揄されていたシシバルだが、どれも武芸は一流で、もちろん弓矢の腕前も一流である。

 今、目に映るアズライルの胸も、シシバルには大きすぎるほどの的だった。


『さらばだ』


 とシシバルが口の中で呟き、矢を放とうとした時、どこからか女の声が響いた。


 ――兄さん、シシバル、上!


『リリシア!?』


 声に釣られ空を見上げると、上空から巨大な灼熱の光球がシシバルたちを照らした。


『ジル、とにかくかわせ!』

“わあってるよ!”


 ジルは叫びながら、推進レバーとペダルを矢鱈めったら力一杯に動かした。本能が命じるまま、どう動かしたのかジル自身でもわからない操縦だったが、辛くもエネルギー弾をかわすことができた。

 それでも地を抉る爆発の衝撃と風圧は凄まじく、魔装兵ゴーレムから生じた神盾ガウォールで爆風に耐えていたが、やがて灼熱の嵐がおさまると、立ち込める煙の奥からカラスのように騒ぐ耳障りな声がした。


『アズにゃん大丈夫なの?まあまあ、なんて深い傷なの。血が出てるじゃないの。ああもうヤダ。見てたら気が遠くなっちゃいそう』

『アズにゃん言うな。それにこれしきの傷で騒ぐな、みっともない』


 立ち込める噴煙の奥から、戦場に似つかわしくない軽薄なやりとりが聞こえてきた。やがて風で煙が晴れると、シシバルはドレス姿の中年男が、アズライルに治癒魔法を掛けている光景が視界に飛び込んできた。


『ミスリードか。相変わらず、気色の悪い恰好してやがる』


 悪態をつきながらも厄介な奴が来たと、シシバルは舌打ちした。


「兄さん、シシバル。怪我はない?」


 空から声がすると、シシバルたちの前に、翼をはやした純白のドレスに身を包む銀髪の女がふわりと降りてきた。アズライルたちを睨み据えた後ろ姿に、ジルは自分の目を疑っていた。


「お前……リリシアか?」


 人間であるはずの妹が、どうみても魔族の姿をしている。特殊な魔法の作用とも考えられたが、それとも違うような気がした。

 驚愕して上ずったジルの声に、銀髪の女――リリシア――は、紅い瞳を向けてジルを一瞥すると、ごめんなさいと悲しそうな吐息を漏らした。


「詳しいことは後で話します。それより、リュウヤ様のところに」

『リュウヤがどうかしたのか』

「異常な力の乱れ。向こうで何か起きている」

“リュウヤがやられたのか?”

「……だけじゃなく、ゼノキアも」


 リリシアはアズライルたちの襲撃に備えるために、腰を落として身構えた。

 アズライルとミスリードも、いまにも向かわんとばかりに正対しつつ、小声でやりとりをかわしていた。


『ミスリードよ。助けてくれた礼は言うが、肝心の本陣の守りはどうするつもりだ』

『私の部下がきちんとやってくれてるから大丈夫。それよりも、こんなとこで油売ってる場合じゃないわよ』


 ミスリードの潜めた声には緊張の色があった。いつもとは違う様子の変化に、アズライルはよほどの異常事態が起きたのだと覚った。


『……ゼノキア様の魔力が消えた』

『なに?』


 驚きの声をあげそうになるのを必死で抑えながら、アズライルは言葉を続けた。


『あの蛇紋様の魔法陣はゼノキア様のものだろう。間違いじゃないのか』

『あれは別の誰か。わかんないけど、あそこで何かとんでもないことが起きてる』

『……』


 アズライルは小さく唸った。

 ミスリードは魔力をそれぞれ区別し、感じとることができる。それに、いい加減なことを言うために、持ち場を離れてわざわざここまでくるわけがなかった。

 アズライルはハエタタキを下ろすと、改めてシシバルに向き直った。


『……おい、シシバル。一時休戦だ』

『なに?』

『そこのリリシア・カーランドも感じているのだろう。あの魔法陣の下で何ごとか起きていると。我々はゼノキア様のため、貴様らはリュウヤのため。これ以上、ここで争っている場合ではなかろう』


 アズライルとミスリードの二人を、ゼノキアの下へ行かせるのは正直、危険だと思ったが、シシバルとしてもリュウヤがどうなったのか気がかりだった。

 逡巡するシシバルは、ふと視線を感じ、追うと横目でシシバルを注視するリリシアの視線とぶつかった。厳しい顔つきをしながら小さく頷くのが見えた。


『ジルはどう思う?』

「……」


 ジルは答えず、無言のまま、スクリーンに映るアズライルを睨み据えていた。

 アズライルは死んだ両親の仇。ようやくここまできて、後一歩のところまでだったのに逃したくはないというのが正直な気持ちだった。しかし、傲然と佇むアズライルたちの背後に写る魔法陣が、ジルの視界にちらついている。


“兄さん。お父さんたちもわかってくれる”


 外から聞こえるリリシアの声に、ジルは我に返った。スクリーンに映るリリシアは、悲しげに紅い瞳をジルに向けていた。


「……わかったよ」


 ジルは胸の内に残っている無念を押し殺すように、操作レバーをギュッと握りしめた。レジスタンスのリーダーだからではなく、ジル一個人としても、仲間の危機を放ってはおけない。

 ふっと短く息を吐くと、決然とした口調でジルが言った。


「いいぜ。一時休戦だ」

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