第126話 砂漠に咲き誇る“萌花蘭々(コスモス)”

“来たぞ、リュウヤ!”


 バハムートの叫びと、リュウヤとエリシュナがほぼ衝突したのは同時だった。

 リュウヤの“弥勒”という号を持つ水心子正秀作新々刀とエリシュナのパラソリアが衝突し、雷鳴の如くドウンと腹の底にまで響く重い音とともに、衝撃波が半径五キロの猛雨と砂嵐を掻き消した。


『ちい!』

「この……!」


 リュウヤとエリシュナは互いの衝撃波に何度も弾き飛ばされながらも、体勢を立て直し、その度に己の武器を振るって衝突した。

 一見、互角のようにも見えるが、わずかにリュウヤが押しているとバハムートは感じた。神域の強度を誇るオリハルコンと衝突しても、リュウヤの弥勒は刃こぼれすら起こしていない。

 リュウヤの剣速が若干勝り、エリシュナが受けに回って威力を削がれているからだろうと思えた。現に、エリシュナからいつもの冷笑を浮かべているが、表情は貼りつけたように強張り、目が笑っていない。


 ――何とか、いけそうだ。


 エリシュナが振るったパラソリアをかわして距離をとり、リュウヤは弥勒の柄に力を籠め直すと、八双に構えて、エリシュナを睨み据えながら息をついた。

 やはりエリシュナは強い。一撃一撃は重く、まともに食らえば、人間の身体などひとたまりもないだろう。

 しかしとリュウヤは思う。

“弥勒”は、リュウヤの技を存分に伝えてくれている。握りしめる柄巻の吸い付くような感触が、リュウヤの身体と刀をひとつに繋げているように思えた。


 ――やはり、リュウヤはすごいな。


 これまでに何度も抱いた感想を、バハムートことクリューネは、感服してリュウヤを見つめていた。

 神竜でさえも苦杯を嘗めさせられた魔族の女王に、真っ向から勝負して押している。あの刀を手にしてから、さらに剣気の冴えを増しているように思えた。


“……勝てるぞ”


 バハムートでさえも自身の戦いを忘れてしまい、リュウヤの剣にすっかり魅入ってしまっていた。

 しかし、戦いの行方を見守っていたのはバハムートだけではなかった。

 再びリュウヤとエリシュナが衝突し、リュウヤの脇構えから薙ぎ払うように振るった剣が、エリシュナを圧して退かせた時、地上から巨大な火柱が間に割って入り、両者を分断させた。

 助かったとエリシュナは一瞬、安堵と感謝に表情を弛めたが、すぐに冷笑を浮かべてフフンと口の端を歪めてみせた。


『もう少しだったのに、残念でしたあ』


 リュウヤとエリシュナが分かれた瞬間を狙い、後に続くようにして紅い閃光がリュウヤとバハムートに襲いかかってきた。


“くそっ!ぼんやりしすぎた!”


 バハムートはようやくここが戦場であることを思い出し、自分を罵りながら閃光をかわすバハムートの眼下に、魔空艦の甲板で双子の姉妹――リリベルとララベル――が手を揃え、空に掲げているのがバハムートの目に飛び込んできた。その手はバハムートに向けられ、再び火球が手のうちに生じたと思った刹那、巨大な火柱となってバハムートに猛進していった。


猛火烈掌テヘペロ、というやつか!”


 バハムートは身体を捻って猛火烈掌テヘペロをかわして、エリシュナに迫ろうとしたが、魔空艦からの援護射撃に攻撃を阻まれてしまった。


“魔族の虫けらどもが邪魔をするな!”


 バハムートは身を翻し、魔空艦に向かおうとしたが、その刹那、背後に迫る灼熱の熱波を感知し、振り向く間もなくその身を避けた。間一髪の差で桃色の閃光がバハムートの身をかすめ、ちりちりと皮膚や鱗を焼いた。


 ――お次は萌花蘭々コスモスか。


 桃色の閃光は空の彼方へと消えていったが、あれをまともに受けていたらと、バハムートは戦慄してエネルギー波を見送っていた。


『戦いの最中、敵に背中向けちゃあダメよお』


 おどけた口調でバハムートを見下ろしていたエリシュナだったが、不意に身を反転させパラソリアを擦り上げた。そこには、弥勒を振り下ろしてきたリュウヤの姿がある。

 キィンと高い音を立てて、リュウヤの刃が跳ね上がった。しかし、腰は据わり、体勢が崩れたというまでには至らない。リュウヤは既に、次の攻撃を試みようとしていた。


『背後からとは、意外と卑怯ね』

「敵に背中を向けるなと言ったのは、テメエだろ!」

『そういえば、そうだった!』


 エリシュナは喚くと、パラソリアを振りかざしてリュウヤに迫り、再び激戦が始まった。リュウヤとエリシュナが対峙し、自然、バハムートと魔空艦がそれぞれ牽制し、注意を引きつけて応戦する格好となっていた。

 バハムートとしてはホーリーブレスで攻撃したいところだったが、あの魔空艦には核兵器が詰まれているはず。不用意な攻撃は避けたく、反撃も消極的なものとなっていた。


 ――だが、長引けばこちらが不利だ。


 力と魔法ならエリシュナ。

 技ならリュウヤ。


 全体的な能力ならエリシュナが勝っているだろうが、リュウヤの剣技の絶妙さと鎧衣プロメティアの扱いは他の追随を許さないものがある。

 だからといって、エリシュナは容易に打ち崩せる相手ではない。戦いが長びけば元々の魔力が僅少なリュウヤは、不利となるだろう。


 ――魔空艦の注意を引き、隙あらばエリシュナを討つ。


 もどかしい思いがしたがこれしかないと、バハムートは嵐のような砲撃をかわしながら、意識だけはリュウヤたちから離さなかった。

 十数合目に、ようやくリュウヤとエリシュナは鍔迫り合いの形となり、互いの視線が正面からぶつかった。弥勒の刃がギリギリと鳴ったが、神の強度を持つオルハリコンの日傘にもよく耐えていた。


『やっと、お近づきになれたわね……。改めましてごきげんよう、“竜に喚ばれた男”。会いたかったわん』

「俺は会いたくなかったがな」

『妾はアイーシャちゃんも、連れてくるように言ったはずだけど、連れてきてないの?』

「残念だな。大事な娘を下品な女に会わせられるかよ」

『下品は言い過ぎでしょうよ』

「クソ女と言わなかっただけ、ありがたいと思え!」


 リュウヤは怒鳴るとともに、エリシュナの腹部を前蹴りで押し込んで一旦は離脱したのだが、既にエリシュナはリュウヤにパラソリアの尖端向けていた。桃色のエネルギーの塊が生じている。その強大な力に、リュウヤの全身に悪寒が奔った。


「まずいっ……」

『咲き誇りなさい、萌花蘭々コスモス!』


 カッと眩しい光がエリシュナの手元から瞬き、刃のように鋭利さを持つ、無数の花びらを模した奔流がリュウヤに向かって押し寄せる。


「くそっ、頼むぞ鎧衣プロメティア!」


 鈍い光沢を放つ十数枚ほどのミスリル製のプレートが輝きを増し、そして背中に広げられた青白い光を放つ蝶の羽根が、リュウヤの身体を猛烈な速度で推進させた。

 リュウヤは萌花蘭々コスモスをかわして攻撃に転じようとしたが、既にエリシュナのパラソリアには、次の魔力が溜まっている。


『それっ、それっ、それっ!』


 エリシュナは次々と萌花蘭々コスモスを打ち放ち、リュウヤは空を踊るようにかわし続けていた。おそらく魔力を抑えているから、連続での魔法攻撃が可能なのだろうが、それでもひとつひとつに油断のならない力を感じる。


“リュウヤ!何を遊んでいるか!”


 隙を窺っていたバハムートがエリシュナへと一気に迫り、洞窟のように赤い巨大な口を開いた。喉の奥に白い光の塊が膨張していく。

 それを見たリュウヤが慌てて退避する。


「この距離でホーリーブレスかよ……!」


 だが、さすがにこの距離ならとリュウヤは思った。


“この超至近距離、避けられんぞ!”

『……避ける必要ないでしょ』


 バハムートのホーリーブレスが放たれる直前、エリシュナは悠然とした手つきで傘を開き、傘をホーリーブレスのエネルギー波に向けた。


『学習能力無いわねえ』


 エリシュナがせせら笑うと、パラソリアは七色の虹光を発し、光がホーリーブレスを歪めさせパラソリアに到達する直前で拡散していく。


“なに……!”

『この超至近距離なら間に合わないと踏んだんだろうけど、妾の速さを舐めちゃ困るわよん』


 パラソリアに吸収されたホーリーブレスに、リュウヤとバハムートは急いで左右に分かれて距離をとった。


『さてと、これは何に使わせてもらおうかしらね』


 ふふんとほくそ笑みながら、エリシュナが警戒するリュウヤとバハムートを見渡していると、エリシュナたちの耳に、刺してくるような不快な轟音が複数重なって聞こえてきた。

 ヒュヒュンと風を斬る音がリュウヤたちの間を駆け抜け、視線を向けると、空の彼方から十数機ばかりの戦闘機が編隊を組んで魔空艦へと攻撃を仕掛けている光景が映った。

 地上からは、物々しい装甲車両の一群が、嵐のような砲火を魔空艦に浴びせている。流れた弾が


「バカが、のこのこ来やがって……」


 流れ弾を避けながらリュウヤは歯ぎしりをしたが、最早どうにもならない。

 魔空艦の砲台から射出される無数の紅い閃光が空を駆け抜け、戦闘機や装甲車両を薙ぎ払っていく。大量の砂を空に巻き上げ、幾多の砂の柱を屹立させていた。

 戦闘機から射たれるミサイルや装甲車両の砲撃も、度々魔空艦を揺るがせるが、魔空艦の推進エネルギーが一種のバリアの役割を果たして、船体を傷つけるまでにはいかないでいる。

 しかし、内部には衝撃が伝わっているはずで、このまま放っておけば、魔空艦の機器に被害が生じるだろうとエリシュナは感じていた。


鬱陶うっとうしいわね。あいつらにアレを使うか』


 エリシュナは独り言のように呟くと、自分の案がよほど気に入ったらしく、キャハハハとけたたましい声をあげて魔空艦へと飛んでいった。


「エリシュナを追うぞ。来いバハムート!」

“ま、待て、リュウヤ!”

「うるせえ!」


 しかし、バハムートとリュウヤがエリシュナの間合いに迫った時には、既にエリシュナは魔空艦の真上の位置に佇立していて、パラソリアの先を天に掲げていた。かつて、バハムートに大ダメージを負わせた超エネルギーがパラソウルによって、急激に増幅していく。


“とんでもない魔力だ。あんなの喰らったらひとたまりも……”


 バハムートは以前、エリシュナにやられた記憶がまだ身体に残っている。本能が身体をひるませて動きを止めたが、その横をリュウヤが刀を下段に構えたまま突き進んでいった。


“待て、リュウヤ!これ以上の接近は不用意だぞ!”

「このまま、黙って見ておくつもりかよ!」


 バハムートの制止も無視してリュウヤは突進していった。鬼のような形相のリュウヤを視界に捉え、いい表情だと口の端を歪めてみせた。


「やめろ!エリシュナアアアァァァァ!!」

『……リュウヤ・ラング。ムキになって可愛らしいわね。食べちゃいたいくらい』


 エリシュナは頭上にくるりと小さく円を描いた。


『行っくわよおおお!天蓋式萌花蘭々コスモス・グランドカバー―――!!!!』


 パラソリアに描かれた光の輪が凄まじい勢いで膨張し、解き放たれた無数の閃光が四方八方に拡散していった。

天蓋式グランドカバー”という言葉通り、閃光の多くは眼下の魔空艦を覆うように延びていく。灼熱の光軸は空の戦闘機を呑み込み、地上の装甲車両を焼き払い無数の火球へと変えていった。

 

「エリシュナ……!」


 天蓋式萌花蘭々コスモス・グランドカバーの一本が、リュウヤに向かってばく進し、リュウヤは寸手のところでかわしたが、巨大な光軸の衝撃波に弾き飛ばされ、リュウヤの身体は木の葉のように宙を舞った。


「うああああっっ!」


 鎧衣プロメティアの結界が衝撃を幾分か吸収しているものの、凄まじい轟音と圧力がリュウヤを襲い、身体中の骨を砕かんばかりにきしませた。

 苦悶に歪み絶叫するリュウヤの視界に、無数に生じる火球が映ったがどうすることもできず、悔しさと身体にかかる圧力の前に思わずぎゅっと目を閉じた。

 吹き飛ばされたリュウヤの背中に何かが当たり、それはリュウヤの身体を大きく包み込んできた。

 力強く温かな感触。どこか花のように甘い香りのような……。


“大丈夫か、リュウヤ!”


 頭上から響く声がリュウヤの意識を現実に引き戻した。うっすらと目を開けると、そこには獣のように唸り地上を睨みつけるバハムートの姿があった。


「……クリューネ」

“どうした。どこか怪我でもしたのか”

「いや、大丈夫。どこも怪我はないよ」


 竜と化した厳ついバハムートから香る女の匂いに誘われて、つい甘えたい気持ちがクリューネと呼んでしまった自分が恥ずかしく、慌てて首を振った。まだ戦闘の最中である。弛んだ気持ちを引き締め直すために、リュウヤは頬をパンと張った。

 節々に痛みを感じるが、動きに支障を感じない。

 リュウヤは急いで立ち上がると、強風にあおられ、ものの焼け焦げるような臭いがリュウヤの鼻腔を刺激した。地上は黒々とした煙に覆われていたが、やがて雨と風に煙は払われ、眼下に広がる光景を目の当たりにして愕然とした。

 ちくしょうと呻く声がリュウヤの口から洩れた。そんなリュウヤを嘲笑うように、エリシュナの声が朗々と暗い空に響いた。


『これで“死の谷”が文字通りの死の谷になったわねん』


 萌花蘭々コスモスの光が塵となって消え、砂漠に現れたのは焼け焦げて破壊された車両や戦闘機の残骸と、そして肉塊と化した人の身体だった。

 黒こげとなった人の手足が砂地のあちこちから不自然な形で延びている。頭がないものや、引きちぎれた人の身体が転がっている。

 まともな状態の死体などひとつも見つけ出せなかった。

 雨が死体を濡らし、急激に熱が冷やされたために、死体から水蒸気が立ち上っている。

 リュウヤの目には、それが死者の魂がぬけでているように思えた。

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