第100話 勇士諸君に告げる

『まだ……まだだ!』


 どこにそれだけの力が残っていたのか、血だらけのネプラスは折れた剣を構えると、獣のように吠えてリュウヤに突進してきた。

 猛然と迫ってきたその速さも、踏み込んで上段から斬り放ってきた剣にも充分な勢いがある。リュウヤがまともに受ければ両腕がへし折られかねない圧力を感じていた。

 咄嗟にかわしたネプラスの剣は空を斬り、焦げた硬い大地を叩いて、自身の力の衝撃で、ネプラスの手から剣が離れたが、それでもネプラスはしつこく食い下がってくる。

 よろめくようにリュウヤの肩にしがみついてくると、血だらけのネプラスの顔に勝ち誇ったような満面の笑みが浮かんだ。万力のような力がリュウヤを圧してくる。ギリリと体中から骨がきしむ音がした。正面からの力勝負ではまるで歯が立たないと、リュウヤは瞬時に覚った。


『ようやく貴様を掴んだぞ……。こうなればこっちのものだ……!』


 しかし、次の瞬間、ネプラスは目を疑った。

 リュウヤが繰り出した強烈な足払いでネプラスの足元が崩れると、リュウヤはふっと腰を沈めた。

 その一連の動きで、ネプラスにはリュウヤが忽然と姿を消したように思えた。


 ――消えた?


 気がつくとネプラスの巨体はふわりと宙に浮いていた。

 視界には綿のように白い雲が漂(ただよ)う蒼(あお)い空がどこまでも広がっていた。


 ――何故、俺は空を飛んでいる?


 考える間もなかつた。

 次の瞬間、ネプラスの背中から重い衝撃が身体を貫き、ネプラスの呼吸が急に詰まって意識が一瞬とんだ。


『ぐはあ!』


 ネプラスも投げ技を知らないわけではない。

 しかし、ネプラスがこれまで体験したものと異なり、力というものを全く感じることなかったために、自分に何が起きているのかわからなかった。

 そのため、背負い投げでリュウヤに地面に叩きつけられると、受身もろくに取れずにネプラスは背中を強打していた。重い体重がそのままダメージとなってネプラス自身に跳ね返り、視界が暗くなったあと、ネプラスの視界がぐにゃりと歪んだ。意識がもうろうとし、立ち上がろうにも膝に力が入らない。リュウヤに投げ飛ばされた際、背中だけでなく後頭部も打ちつけて瞬く間に意識が混濁(こんだく)してしまっていた。


『……』


 ネプラスの目には、ぼんやりと剣を振りかざして踏み込んでくるリュウヤの姿が映り、それを口を開けたまま呆然と眺めているだけだった。


『この下郎が!』


 リュウヤが剣を振り下ろす寸前、後方の上空から絶叫に似た怒声が響き、高熱のエネルギー波が迫るのを感じてリュウヤが飛び退くと、灼熱の業火が焦土と化した大地をさらに焦がし、燃え盛る炎からリディアがグリフォンとともに向かってくるのが見えた。


『お父様に手を出すな!』


 リディアは一合二合とリュウヤに撃ち込み、さらに後退させるとガルセラを返して、ぼろ雑巾のような姿となったネプラスの下に翔(かけ)ていった。


『お父様、しっかりしてください!』

『……リディアか。美しくなったな』


 ネプラスはふらふらと陽炎かげろうのように立ち上がったが、娘の姿を認めるとまた力を失い、膝から前のめりに倒れていった。


『……なあ、お前。リディアにも、そろそろ嫁ぎ先を考えてやらんとなあ』


 混濁した意識の中でリディアが死んだ妻と重なり、いつしか妻と会話しているような気持ちになっていた。『しっかりして下さい』と、ネプラスの身体を抱きすくめるリディアの悲痛な声に、叱られた時のいつもの癖で、『すまんなあ、すまんなあ』とうわ言のように呟き始めた。

 

「クリューネ!リリシア!」


 ネプラスにもはや戦意はない。

 ネプラスの状態を見てリュウヤはそう判断すると、駆けてくるクリューネとリリシアに向かって怒鳴った。


 ――行くぞ。


 リュウヤはクリューネたちに目配せすると、二人は頷いてリュウヤと合流し魔空艦の方向へと駆け出していった。

 もう、ネプラスに戦う力は残っていない。ネプラスを欠けば、リディアはそれほどの脅威とは思えない。しかし、とクリューネが隣に並んで言った。


「あのリディアとかいう奴、しつこそうだぞ」

「あんな状態の父親を放って、戦えるタイプじゃないだろう。今はそれでいい」


 リリシアが振り返ると、リディアはネプラスを抱えたまま回復魔法を掛けながら、必死に何か叫んでいる。リュウヤたちに鋭い視線を向けて指差すところから、『追え!』と指示しているのかも知れない。

 だが、兵士たちはネプラスが倒されたことと、リュウヤの力を目の当たりにして、怖れおののき、反対に迫るリュウヤたちから逃げ惑うばかりとなった。踏みとどまり斬りかかる勇気ある者も中にはいたが、一刀でリュウヤに斬られ、或いはリリシアの拳やクリューネの魔法で倒れていった。


「それにしても、あれだけの攻撃を受けてよく平気だの」

鎧衣プロメティアと魔法のローブのおかけだ。ダメージを吸収してくれて助かった」


 ローブと鎧衣プロメティアが二重のバリアとなってくれたおかげで、闘撃ウラウ・ソラスを真正面から受けても致命傷とならずに戦える力が残っていたが、生身の状態ならとても助からなかったかもしれないとリュウヤは思う。


「まあ、実際は全くの平気てわけじゃない。ところどころ痛いし、左手の中指と人差し指が折れてる。それにさっき使った技の反動で、アバラを痛めた。ヒビが入ったらしい。足をやられなくて助かったが、何度も使える技じゃないな」


 え、とクリューネとリリシアが同時に驚愕した声をあげた。リュウヤの表情をよく見ると、玉のような汗が大量に流れ、奥歯を噛み締めるようにして、胸を抑えている。胸を抑えいるその左手の指の何本かも奇妙な方向に曲がっていた。


「何で早く言わないんですか!」

「バカヤロ。あそこを見ろ。魔空艦が浮上してんだぞ」


 建ち並ぶ建物倉庫の向こう側に、魔空艦の姿も大きく映り始めていた。既に魔空艦三隻は稼働し、一隻目が艦底に魔法陣を浮かべて空に浮上し始めている。


「バカヤロはリュウヤ様です」


 リリシアが珍しく声を荒げると、迫る兵士たちに向けていきなり大炎弾ファルバスを打った。クリューネも雷嵐ザンライドを放ち、猛烈な爆音のあとに濃い茶色い土煙が周囲に立ち込めた。再び兵士たちから絶叫が響き混乱したのを幸いに、リリシアはリュウヤを強引に半壊した格納庫の陰まで引っ張り込んだ。


「おい、いきなりなんだってんだよ」

「いいから、じっとしていて下さい!」


 鋭い声でリリシアがリュウヤのアバラ付近に触れると、鈍い痛みにリュウヤの息が詰まった。


「ほら、やっぱり痛いのに我慢なんかして……。リディアに反撃しないから変と思ったけど……」


 リリシアは半ば呆れたため息を漏らしながら、リュウヤの身体に回復魔法を掛け始めた。回復系は特に集中が必要なため、走りながらの魔法は難しい。

 リリシアの手のひらから温かい光が広がり、リュウヤの身体を癒していく。


「ありがたいけどリリシア、時間が無えんだぞ」

「これはかけっこの競争ではありません。魔空艦にたどり着くだけが目的ではないでしょう。まだ、戦いは終わってないんですよ。それに、この煙が晴れたら敵の攻勢が始まります。そうなる前にある程度は、手当てしとかないと」

「……」

「そうじゃ、こんな時こそ“油断するな、万全で、急がばまわれ”とやかましいのが、いつものリュウヤだろが」

「……俺はそんなにやかましいか?」


 クリューネはリュウヤの問いを無視して、“竜眼”を使って、魔空艦を見上げながら言葉を続けた。


「一番目のあの船には乗っ取らんようだ。船の装備もやたら物々しいし、窓から見える顔はやけに厳つい奴らばかりだ。おそらく護衛艦じゃな」


 どの船も通常の艦より半分程度の大きさだが、一隻目は魔法弾による速射砲が至るところに設置してある。そして物見台から二名の兵士が周囲を窺いながら、合図灯をチカチカ光らせて、地上に合図を送っているのがクリューネの“竜眼”に映っている。


「“テキエイ、ミエズ。ヒトジチノセヨ”か。シシバルが魔王軍の敵にまわったというのに、合図の変更をしとらんのか」


 クリューネが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「とにかく、セリナとアイーシャはまだ下におる。焦って突撃せんで良かったぞ」

「……そうか」

「リュウヤ様、傷の手当ては終わりました。急いだから、完治じゃないかもですけど」


 リリシアがリュウヤから離れると、リュウヤは試しに身体を動かし指を何度も握ってみる。疲労感は相変わらず残っているが、焼けるような鈍い痛みは消えて、呼吸もかなり楽になっている。


「……どうですか?」

「すまんリリシア。随分違う。これなら存分に戦えそうだ」


 いえ、と微笑むリリシアとリュウヤは、戦場の刻を忘れて見つめあっていた。

 かつて自分が愛し自分を愛してくれた女が、あの時と変わらぬ微笑みを向け、俺のために行動をともにし、時には叱ってくれる。

 ここまでの一年余り、気が張り詰めて気がつかなかったが、わずかに緩んだリュウヤの心に、リリシアからの愛情が流れこんでくるような感覚があった。それは、一度愛を誓ったあの時と全く変わっていないものだと思った。

 リュウヤのなかに当時が思い出されてきて、結局、何も応えてやれなかったことが胸を苦しめたが、それはただの感傷に過ぎない。過去は過去であり、今は生死を争う戦場にいる。


「そろそろ、煙が晴れてしまうぞ」


 外を警戒しているクリューネの言葉を聞くと、リリシアの表情は一変していた。クリューネの隣の柱の陰にうずくまり、闘志のみなぎった鋭い目つきで外を注視している。ほんの少し前まで、もうもうと砂塵の塊が漂うばかりだったが、今は剣や槍を兵士たちが慌ただしく行き交う影が映るまでに煙が散り始めている。

 リュウヤ様、とリリシアは声を弾ませて言った。


「リュウヤ様、セリナさんとアイーシャにもうすぐ会えますよ」

「そうだな」


 リリシアと同じように、リュウヤの気持ちも既に切り替わっていた。クリューネの傍でしゃがみこみ、鯉口こいくちを弛めている。視線の先に二隻目の魔空艦の影が上半分だけ見えた。


「後方を頼むぞ」


 リュウヤは二人を見ずに言ったが、了解したのは空気でわかる。大きく深呼吸すると、弾丸が撃たれるように猛然と飛び出していった。目の前にうろついていた兵士三人を鮮やかに斬って捨てると、彼らの息を確かめもせずにそのまま疾駆した。

 ネプラスとの闘いで受けた傷はほとんどなくなり、身体の動きも随分と軽くなっている。そのことを改めて実感したリュウヤは、リリシアの判断に感謝せずにはいられなかった。


『そこにいたぞ!』

『敵は魔空艦に向かっている。近づかせるな!』


 誰かが叫び、男たちの怒号がリュウヤを包んでくる。剣を振りかざした無数の男たちがリュウヤに迫ってくる。


大炎弾ファルバス!”

雷嵐ザンライド!”


 透き通る涼やかな声が重なり、リュウヤの後方から激しい雷と巨大な炎の塊が放たれ、向かってくる兵士たちを薙ぎ払っていく。

 俺の後ろにはクリューネとリリシアがいる。

 これまで苦難を分かち合い、生死をともにした頼れる仲間がいる。

 ぜったいにお前らを助け出してみせる。


「待ってろ。セリナ、アイーシャ!」


 リュウヤたちは魔空艦が係留されている広場に近づくと、向かうべき魔空艦の姿がはっきり目で確認できるようになっていた。


  ※  ※  ※


『まだ、マルキネスとネプラス将軍の居場所はわからんのか』


 タギル宰相は、王都ゼノキアの南西側にある城門から、王宮方向を睨みながら傍らの伝令に言った。タギルが見据える先には、黒い煙が支配する半壊した王宮の姿がある。

 黒煙があがっているのは王宮だけでなく、町の方々から上がっている。混乱に乗じて略奪が始まっているのかもしれないと思った。


『タギル宰相!タギル宰相』


 城門の下から大声がし、見張り台から身を乗り出すと、押し寄せる人の波に紛れて伝令がタギルを見上げている。


『よし、あがってこい』


 伝令を見張り台に上げさせると、伝令はくたびれた様子でがくりとひざまずいた。タギルは傍の水の入った壺を差し出すと、伝令は何も言わず、貪(もさぼ)るように水を飲んだ。礼に欠いているが、今は気にしている場合ではない。


『それで、間違いないか』

『はい、あの顔はマルキネス様に間違いありません。喉をひと突きなんて……』

『そうか……』


 言い終わってからむせび泣き始める伝令に、下で少し休めと言い渡し、タギルは見張り台から町を眺めた。

 今の伝令は、マルキネスの部下だった。緊急事態でタギルの伝令役になってもらったのだ。


『やつらめ……。好き勝手にやりおって』


 タギルは苦々しく顔をしかめて町を眺めた。

 夜が明けてもゼノキアの町は不気味な黒煙によって覆われ、さらに二度の巨大な爆発が起きたことで町は騒然としている。今も城門から人間や魔族の一般市民が我先にと逃げ出していく。

 その門の外では五千の軍勢が並んで待機し、少し離れた位置から避難民を見送っている。

 彼らは本来、城外を警備する部隊で、タギルからの報せを受け城門まで駆けつけてきたのだった。タギルは近くの山へ避難誘導する一部の兵を除いては、命令があるまで一歩も動かぬよう厳命している。

 避難民には兵の家族や友人らも混ざっているはずで、兵士の中には心配そうに避難民を見送る兵もいた。

 一刻も早く城内に駆け込み、敵を討ちたいと思っている兵もいる。

 避難民の中に顔見知りを見つけたのか、動揺しざわめく声が兵の間から起きた。タギルはそのざわめきを耳にし、城外の兵たちに向かって見張り台から声を張って怒鳴った。


『いいか、改めて申し伝えておく。城内は混乱し、敵の数も正体も十分には把握していない。闇雲に飛び込めば同士討ちにもなりかねん。命令に反した者や、騒ぎ立てる者は死刑に処すぞ』


 王宮襲撃の報せを受けたタギルは、マルキネスとネプラスの動向、襲撃者の人数を問い、それが一切不明であることを聞くと、しばらく考えた後に家士と報せに来た兵を連れて、南西の城門に陣取っていた。

 そして城内の混乱した様子を確認すると、城内の警備部隊には期待できないと判断し、城外の警備部隊に伝令を向けて召集したのである。

 タギルは政経の才は群を抜いているが、剣と魔法は魔族にしては不得手で、闘いには向かない男だった。

 ネプラスやマルキネスのように、死地に飛び込んで闘う力も度胸もないことはタギルが一番良くわかっている。一緒に騒いだところで、かえって混乱させるだけだと。

 今、タギルが出来ることは状況を把握することと、混乱しているであろう命令系統を整えることだと判断し、最初に行ったことは報せに来た者と家士を伝令役にして、『タギル宰相は南西側の城門にいる』ことを城内の兵士たちに伝えることだった。

 この指示は一定の効果があり、城内の各隊長がタギルの下に集まって情報を共有することで、ある程度の状況を把握することができた。


『それにしてもマルキネスが討たれるとはな……』


 タギルが手を置く見張り台の欄干にぎゅっと力がこもった。瞬間移動の能力はタギルも知っている。魔王軍の中でも上位の腕前に加え、魔王ゼノキアですら瞬間移動に渋面じゅうめんをつくらされている場面があるというのに、どんな手を使って倒したのかタギルには想像もつかなかった。


『タギル宰相、ご報告いたします!』


 城門の下から絶叫するような声が響いた。

 何事かと思わず下を覗いて、タギルは目を疑った。王宮の西側へ向かわせていた伝令で、全身が血だらけで立っているのもやっとといった様子だった。

 タギルは自らと家士のひとりが階下に降り、伝令に手を貸したが、階段を昇ることすらできず、その場で崩れ落ちた。


『おい、しっかりしろ』

『……ネプラス様は、魔空艦近くの建屋で敵と交戦しました。しかし、敵の凄まじい剣技によって倒され、私も巻き添えにあって……』

『生死は?』

『わかりません。全身ボロボロで、立つのが精一杯というお姿でした。私は早くお伝えしなければ、と思い、その場を……。申し訳ありません』

『良い。それで敵は何人、どんなやつだ』

『確認できた敵は三名。小柄な女二人に髭のはえた男一人。水晶のような剣を手にしていました。女の一人は金髪……』


 水晶のような剣。

 小柄で金髪。

 思い当たる人物が浮かび、タギルの目が光った。


『よくやった、よくやった。お前が勲功第一だ。ゼノキア様に上奏する。褒美は何がいい』

『ありがたき幸せ。私は……』


 そこまで言って、伝令の喉から不気味な音が鳴った。ウッと呻いたかと思うと大量の血を口から流し、顔色はスッと潮がひいたように、魔族の髪よりも白くなっていった。褒美について考えていたのか、穏やかに笑っているようにも見えた。


『……』


 伝令の体温が床に奪われ冷たくなると、タギルは沈痛の面持ちで伝令の死に顔を眺めていたが、傍の家士に戦死者として丁重に扱うよう指示し、自らは階上に昇った時には決然とした表情に変わっていた。


『諸君!マルキネスは死にネプラスは倒れた!』


 タギルが地上に並ぶ兵に放った第一声がそれだった。兵は皆、言葉を失ってタギルを見上げている。


『無理もない。相手はリュウヤ・ラング、クリューネ・バルハムント、リリシア・カーランドだ。特にリュウヤについては竜の力を失っても、ベリアを倒した男。尋常ではない剣の名手。それ以前にも、ベルサムを初めタナトスやイズルード、多くの将が倒れ、ルシフィ様やアズライルを苦しめた。このまま五千の兵が向かっても、怖じ気づく者が軍の士気を乱さないとも限らない。そこで、死地に向かう勇士をこの中からつのう』

『……』

『命を賭して、リュウヤと刃を交える覚悟のある者はいるか。あれば列の左に出ろ』


 一瞬の間の後、オウッという声が響いて十名の兵が左に出た。


『見事だ。では、我の魔法は神竜バハムートの力を持つ、クリューネより勝ると自負する者はあるか』


 同様にオウッという声がし、更に十名の兵が左に出た。


『では、剣も魔法も敵わぬが、我に勇気がありと、気魂でリュウヤたちに劣らぬ者はいるか』


 タギルのその問いに応じる声がもっとも大きく、三十名の兵が列の左にでた。


『諸君!この五十名は魔王軍屈指の勇士である。騎馬隊は彼らに馬を与えよ。警備隊長は勇士を指揮し、魔空艦のある西北側の城門から突入。リュウヤ・ラングの目的は魔空艦で移送するラング親子にある。これの奪還を阻止せよ。警備隊長、了解か!』


 オウッと警備隊長は右手をあげた。その目は気迫に満ち、異様な興奮状態にあるのが窺えた。名乗りを勇士たちの表情もどれもたくましい面構えをし、一騎当千といった雰囲気を醸し出し頼もしくタギルの目からも誇りに思えた。

 自分では戦う力はない。

 それを知っているからタギルは沈黙した兵に失望などしなかった。むしろ当然だと思っている。しかし、この危急難敵を前に、我が身を捨てて死地に挑む勇士たちには喝采かっさいすべきだ。


『残る部隊は城内の鎮圧に向かう。混乱する兵をまとめ、怪我人は広場に集めろ。略奪者、みだりに騒ぎ立てる者は反逆者とみなし、人間のみならず魔族であろうと斬れ』


 タギルは深呼吸をし、最後に告げるべき言葉を発した。

 その言葉は天に響き、居並ぶ勇士たちの心を激しく揺り動かした。


『諸君らは、我が魔王軍の誇りである。魂である。以上!』

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