第41話 エリンギアへ

 海岸線に沿って町を四つほど抜け、とある港町の駅に近づいたことを示す木製の標識と、見張り役として土工に扮した仲間の姿が見えてくると、レジスタンスの一同から安堵の息が洩れた。

 ジル以下、レジスタンスのメンバーは、検問を避けるために列車作業員の服装に着替え、偽造のカードや命令書までも用意していた。

 微にいり細を穿って組まれたルート計画のおかげで検問にもかからなかったが、エリンギアに入るまでは緊張の連続だったといっていい。

 貨物列車は港町の荷の積み降ろし場で停車した。陽は既に高く、海面の波がきらきらと輝きを放ちながら動いている。その波を割って、二隻の小型貨物船が近づいてきた。 

 それは列車や魔装兵のように魔法石を原動力とした貨物船で、少し異なる点があるとしたら、魔法石はエンジンの発火装置に過ぎないことだ。主な燃料は水と塩、海藻や火山岩などを利用して可動できるようレジスタンスの技術者によって改良されていた。


 ――随分とエコだな。


 リュウヤは思う。

 自然や精霊から力を得る魔法を根源としているだけに、文明の発展の仕方がリュウヤのいた世界と随分、異なっている。

 地中を掘れば石油だって出てくるのだろうが、塩水や火山の石程度で船を動かせるこの世界では、さほどこだわるものでないように思えた。

 リュウヤは船を眺めながらそんなことを考えていると、船の甲板に現れた一人の男が「自由」と告げ、「解放」とジルが返した。すると、船の中から十数名ほどの人の影が現れて、港にあがってくる。

 いずれも船員風の格好をしていた。「自由」と言った男がジルに近づき、がっしりと握手を交わした。


「隊長自ら大変だったな、ジル」

「皆がよくやってくれたおかげで、上手くいったよ」


 お疲れと男は肩を叩いてジルを励ます。


「あとはこっちでやる。早く船に乗りな」

「ああ、頼む」


 男はジルたちを船に向かわせると、後ろの仲間たちにおい、と声を掛け、入れ替わるよう列車と魔装兵(ゴーレム)へと向かった。 後の機体の搬送や列車の始末は、他の仲間たちが行うこととなっている。


「リュウヤ様、こちらに」


 リリシアが船に導くため、おもむろにリュウヤの手をとろうとしたが、それに気がつくと、リュウヤは手を振りほどいて慌てた様子で言った。


「自分で行けるからいいよ。それにジルの前だぞ」

「しかし……」

「じゃ、先に行ってるからな」

「あ……」


 リュウヤはさっさと船に乗り込んでいってしまい、何かを言い掛けるリリシアの手が宙にさ迷っていた。


「ふっふっふ、笑えるのうリリシア」

「……何か用?」

「私はリュウヤとの長い付き合いだから、あやつのことはよくわかっておるがの。やはり半年程度では機微などわからんだろうの」


 クリューネは自信ありげに含み笑いしながら語るが、亡き妻セリナとの幸せに満ちた生活が、その半年間で築き上げた生活を奪われたこと、今のリュウヤの源になっていることを、リリシアはおろか、クリューネでさえもいまだに知らないでいる。

 まあ、なんだなとクリューネは得々と語り続ける。


「例えばだ。神竜を祀るシデンという村には、こんな謡がある」


 どこか名も無き小さな村の民謡でも覚えたらしいが、咳払いしたあとでクリューネは節をつけて謡い始めた。


“竜首狙って触れるは逆麟

 竜の首でもとるならば

 尻尾を狙わな損するばかり

 神竜様は特別じゃ

 他の竜ならどんとこい

 ハア、チョイナ、チョイナ”


「……」

「相手の弱点を狙えばそこを守ろうと必死になって動くもの。そこに隙が生まれる。神竜は別にしてな。まあ、この場合、リュウヤはだな……て、おいコラ、待てコラ。どこへいく、リリシア」


 クリューネは、話を無視して船に向かうリリシアの背中に怒鳴りつけた。リリシアは冷たい目で後ろを振り向く。


「戯れ言などに興味ない」

「貴様、先輩に向かってなんじゃそれは!私のがイッコ上じゃろが」

「……なら、老害の妄言と言い直す」


 言い捨ててリリシアが船に乗り込むと、クリューネはムキイイと猿のような鳴き声を発し、頭から沸騰した時の湯気を立てながらリリシアを追いかけていった。


「仲が良いなあ、あいつら」


 船が動きだし、乗組員が機体にシーツを被せるなど慌ただしく作業する中、クリューネとリリシアは甲板上でも何か言い争っている。

 それを見て、艦橋の手すりにもたれてぼんやりと眺めるリュウヤに、隣に座っていたジルが「えっ」と思わず声を漏らした。驚愕するジルに、リュウヤが怪訝そうな顔をする。


「何?なんか変なこと言った?」

「いや、なんでもない」


 ジルも人の恋路を語れるほど自信はないが、リリシアとクリューネが、何が原因で言い争っているくらいはわかっている。

 二人のやりとりを見て、ジルはクリューネに打ち明けてしまったのを少し後悔して苦い表情を浮かべたくらいだったが、リュウヤは気がつかず訝しげな顔をしているだけだった。


「……リュウヤ。バルハムントに行くの、明後日だったよな?」

「だったよなて、ジルが決めたんだろ、それ」


 リュウヤとクリューネの二人は明後日、クリューネの祖国である竜の国の都バルハムントへ発つ。

 失われた竜言語魔法を復活させるため、竜の宮廷に残されているはずの魔導書を探しに行くためだった。

 竜言語魔法を得ればレジスタンスの戦力も増すと、魔装兵奪取作戦前にクリューネが提案していたものだが、魔王軍によって既に廃墟となっていることや、その間の戦力が削がれることを懸念して、ジルは今日まで返事を保留していた。

 しかし、列車でクリューネが使用した魔法の威力と今回の作戦の成功で、今後を考えてとクリューネの提案を帰りの車中で承諾したのだった。


「……ついでに、リリシアも連れていってくれないか?」

「俺としたら助かるけど、リリシアまで連れていったら、ジルたちが困らない?」


 リリシアはクリューネと変わらぬ小柄でありながら、高い身体能力と攻撃魔法を活かした体術で、十代半ばの若さながらもレジスタンスの屈強な男たちはおろか、魔物や魔族の兵士とも戦える力を持っていた。

 そんなリリシアまで欠けるのは、次の作戦に支障をきたすのではないだろうか。


「小娘一人欠けて困るほど、ウチはヤワな組織じゃない」


 ジルは苦笑いする。その直後、不意に肩を組んできた。


「……お前はリリシアをどう思ってんの。妹に“リュウヤ様”なんて呼ばせてるけど」


 何をいきなりと思ったが、ジルは真剣な目つきでいる。日頃の関係が面白くないのだとリュウヤは察し、反論のつもりで言うのだが、うろたえてしまい口調が言い訳がましくなる。


「いや、俺はやめろと言ってんのよ。恥ずかしいし。リリシアが勝手に呼んでるだけだろ。俺に言われても、正直困るんだよ」


 噴き出した冷たい汗を拭いながら、必死に言い訳するリュウヤに、ジルは腕を外して、ふうんと宙を睨んでいた。


「あいつが小さい頃、危機から救ってくれる騎士の物語が大好きでさ。あの主人公も“様”とか呼ばれてた気がする。何度もリュウヤに助けられているから、お前を物語の騎士に重ねちまったのかな」

「……」

「で、さっきの話。どうなん?リュウヤから見てあいつは」

「そりゃ、いい子だよ。強くて頼りになるし、細かいとこまで気が利くから助かってる」


 そうかとジルは感心したように頷く。


「アイツは兄貴の俺でもよくわからないところがある。いつも無表情で、感情の起伏が乏しい。でも、お前といる間は違うんだな」


 リュウヤはこれまで、リリシアと何度かメンバーの中で一緒に活動しているのだが、それは常に最前線で戦うことでもある。

 そのために強大な敵と戦ったり、罠にはまって命の危険にさらされたことは一度や二度ではなく、その度にリュウヤはリリシアの危険に駆けつけ、幾度となく命を救ってきた。

 そんなリリシアはリュウヤを慕うまでに時間は掛からず、いつしか「リュウヤ様」などと呼んで組むようになっていた。


「戦力になるからレジスタンスに入れているけど、兄としては普通に、女の子として暮らしてほしいんだよな」

「こんな世界で“普通に”なんて無理だろ」

「だからだよ」


 ジルがリュウヤの肩を激しく叩いた。


「俺にとっちゃ、この世で大切な妹なんだ。兄としては、正直なとこ、危険な作戦に投入させるよか、別行動させてお前と組ませてた方が安心できるんだよ」

「……」

「これから、あいつを守ってくれるか」


 ジルは鋭い目を向けてくる。船の汽笛と波を切る音が耳に流れ込んでくる。船の進路が変わったのか、午後の明るい光がジルとリュウヤを照らした。

 強張ったジルをやわらかく受け止めるように、リュウヤが静かに言った。


「わかったよ。任せろ」

「よかった。助かる」

 

 ジルの急に明るくなった笑顔を見て、リュウヤはやっぱり兄として妹が可愛いのだな、という段階で思考は止まっていた。しかし、ジルとしてはリリシアをリュウヤの傍にいさせることで、関係性をより深くさせてやりたいと思っている。


 ――クリューネちゃんには悪いけど。


 ジルたちは、時代と世界に逆らって生きている。

 クリューネとの関係は気がかりだが、ジルとしてはリリシアに、せめて想い人の傍にいさせてやりたいという気持ちがあった。

 ジルはリュウヤを見ると、リュウヤは視線をクリューネたちがいるはずの甲板に目を向けている。

 見ると、先ほどまで騒いでいたはずの二人は急に静かになり、手すりから海をのぞきこんでいる。


「……?」


 喧嘩をやめて、並んで魚でも見ているのかと思ったがそうではなく、船酔いした二人が青い顔をしながら盛大に吐いていたのだった。


「……しょうがねえな」


 リュウヤとジルは苦笑いして艦橋から降りていった。

 甲板に降りると、吹きっさらしの強い風が通りすぎ、磯の臭いが鼻腔を刺激した。リュウヤが船首に振り返ると、青い空と海に挟まれ線でも引いたようにエリンギアの町がある陸地が見えてきた。

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