第40話 リュウヤ・ラングの新パートナー
「魔王軍に勘づかれたのか?」
「いや、魔王軍の追手なら既に警報が鳴らされているし、巨大蜘蛛は使ってない。おそらく外から紛れ込んだ奴だ」
「これだから、悠長にできんと……!」
クリューネはサイドミラーを見ながら、速度を最大限に上げた。ガタガタと不吉に車体が揺れる。クリューネはハンドルを握る手に力を込めた。
「
「落ちないようにがんじからめに縛っちまってるから無理だ!それに戦闘できるまでのエネルギーは入ってないんだ!」
「そんなの、単なるガラクタと変わらんじゃろうが!」
クリューネが怒鳴りながら、カーブに合わせてハンドルをまわす。
「トンネル抜けるまであと何分じゃ!」
ジルが懐中時計を取り出して怒鳴った。
「まだ三十分以上はかかる!」
「ジル!運転替われ!」
直進となったところで、クリューネがまた叫んでジルを呼んで交替させると、クリューネはローブを脱ぎ捨てて貨車に向かった。
「どこへ……、何するつもりだ!」
「私が魔法で迎撃する。手投げ弾も数に限りあるし、奴の習性はわかっとる。眩しい光に弱いから何とかなろう!」
「わかった、頼む!」
決断は早い。ジルは即答した。
ジルは何だかんだと文句は言っても、クリューネをアテにしている。魔法力が魔族に劣る人間たちとって、クリューネの魔法はレジスタンス内でも強力な部類に入っていた。
クリューネは貫通扉を開けて、ハードル走のように貨車を一気に駆け抜けた。追い風を利用し跳んで、あっという間に最後尾まで到達した。
着地すると同時に、クリューネは印を結んで雷鞭(ザンボルガ)を放っていた。
「キィイイイアアアア!!」
雷の鞭が蜘蛛を襲い、ガラスを釘で擦ったような咆哮をあげて、一旦は退く。しかし、すぐに猛り狂って追い掛けてくるのが見えた。まだ間があるのを見越して、クリューネは仲間が潜む貨車にしゃがみこんだ。
「怪我人はおらんか!」
「ひとりが最初の襲撃で腕を……」
見ると左腕から血を流し、呻いている女がいる。肉の深い場所まで斬られたらしく、額に脂汗を浮かべて苦悶の表情でいる。
「時間を稼ぐから、早く列車内まで運んで治療しろ」
仲間の男ひとりがクリューネの援護で残り、他は怪我した女を列車に運んでいった。
「……来るぞ!」
男にボウガンを構えさせ、クリューネは魔法を放つタイミングを図っている。巨大蜘蛛は警戒しながらも、信じられないような速度で距離を詰めてくる。
男がボウガンを放った。連射式の無数の矢が蜘蛛に直進する。その矢を蜘蛛は軽々と跳んでかわした。その着地と同時に、クリューネから発した雷の鞭が襲い掛かる。
巨大蜘蛛はまた金切り声をあげて闇に沈む。しかし、再び勢いを戻して追いかけてくる。
クリューネは舌打ちした。
「キリがないの。光に弱いといっても効いている感じがせん」
「おそらく、雷系に抵抗力が高いやつなんだろうな」
「……まあ、逃げていくだけマシか」
習得中の魔法は幾つかあるものの、まだ戦闘で使えるものか実戦で試していないために自信がない。だが、このままではラチがあかないのもまた事実だった。
――カタをつけるには……。
やってみるしかないな。
クリューネは鋭く息を吐き、パンと両手を合わせた。
宮廷時代、魔法などメンドーテキトーと逃げていたクリューネだったが、ムルドゥバでの“デッドマン”の教訓からこの半年間、魔法の習得に励んでいる。
といっても、幾多もあるはずの魔法で覚えているのは一つか二つ。
それを何とか思い出し、復活させたのが竜言語魔法“
“母なる地よ、紅の竜を風に乗せ、空にその威を示せ……!”
クリューネは詠唱する。 詠唱の間、紅に燃える魔法陣がクリューネを囲む。金色の髪が紅に変色し、紅蓮の光がクリューネの手の内から生まれていた。
おい、とクリューネは男に言った。
「……失敗したらフォロー頼むの」
獣のように歯を剥き出しにして唸るクリューネに、男が「わかった」とボウガンを構える。当たれば確実に仕留められるが、成功率が低いことくらい自分でもわかっている。
「いくぞ……、撃滅しろ。〝
手の内から生まれた紅蓮の炎が、クリューネの手から竜と化し、喰らい尽くすように咆哮して巨大蜘蛛に襲いかかる。雷鞭(ザンボルガ)よりも強大な魔力に、抵抗する隙も無いまま、巨大蜘蛛は炎の竜に飲み込まれていく。奇声は小さく溶けていくように消えていった。
「……すげえ」
事の次第は、ボウガンを構えた男の一言が全てを表している。燃え盛る炎に巨大蜘蛛は消失していった。
「どうじゃ、私もなかなかやるもんじゃろ」
惨めなほど疲弊し、喘ぎながら拳を握って男を見上げたクリューネだったが、再び殺到してきた殺気が身体を本能的に動かした。
「なに……!」
巨大な蜘蛛がそこにいた。
一匹ではなく、つがいなのか、もう一匹の巨大蜘蛛が潜んでいたのか。倒したはずの黒い巨大な蜘蛛が、再びクリューネたちに迫っていた。
クリューネは瞬時に
「な……」
男は糸を避けきれず、腕と足が魔装兵の機体に拘束されてしまっている。クリューネも素早く後方に飛び退いたおかげで直撃は免れたものの、左腕が糸に捕まっていた。
粘りよりも鎖ような硬さがその糸から感じられた。 もがく間に巨大蜘蛛は貨車に移り、クリューネたちに近づいてくる。
クリューネは残る手で雷鞭(ザンボルガ)を唱えるものの、魔装兵の陰に隠れてしまうだけで大した効果がない。
蜘蛛は鬱陶しいと言わんばかりに、放った糸でクリューネの右腕を捕まえる。
「クリューネちゃん!」
貫通扉から叫ぶ仲間の声が、騒音に紛れて聞こえた。
――バハムートになるしかない。
このルートは魔王軍の首都アルデバに繋がり、レジスタンスの活動として使う大事なルートのひとつ。バハムートになれば崩落間違いなく、レジスタンスにとっても痛手となる。しかし背に腹は変えられない。
巨大蜘蛛は間近に迫っていた。
クリューネが竜化へ気を高めようとした時だった。
その時だった。
クリューネの横を黒い影二つが駆け抜けた。
列車から漏れる光の残滓が何かを反射させた。きら、きらと閃光が蜘蛛の前で煌めくと、巨大蜘蛛の前足が弾けとぶ。蜘蛛は悲鳴をあげ、どす黒い血を吹き出しながら、貨車の縁まで素早く後退していった。
「……お主ら」
影のひとつは鮮やかに煌めく剣を下げ、蜘蛛と対峙している。そしてクリューネを護るように、小さな細身の少女が佇んでいた。
少女は長い髪を後ろで束ねたポニーテールをしており、リュウヤの服装に似た黒装束を身にまとっていた。
「リリシア、クリューネたちを頼むな」
「はい、リュウヤ様」
「“様”はやめろよ」
「はい、リュウヤ様」
「……」
少女の声に気を取り直すように小さく息を吐き、リュウヤ・ラングは蜘蛛に突進した。
疾風のような勢いで駆け、蜘蛛にが残されたもう一本の足で攻撃してくるのも構わず、下段から擦り上げるようにして剣を一閃する。その一撃で、蜘蛛の身体が突然硬直した。
やがて、蜘蛛の頭が裂けていき、猛風の圧力に押されて血を噴き出しながら地上へと落ちていった。線路に落ちると、あっという間にその死骸は闇の中へ埋もれていった。
「怪我はないか」
明るい声でリュウヤが近づいてくる。その途中でリリシアという少女に捕まっている男の面倒を指示をすると、リリシアは素直な声ではいとし、男の下へと向かう。
「リュウヤ、遅いぞ!何を道草食っとるか」
「こっちは徒歩なんだから、しょうがないだろ。表から全力疾走してきたんだから文句言うなよ、クリューネ」
「私なら、いざとなったら文字通り飛んでこれるのだぞ。それをお前は……」
「うっせえなあ、お前は。なら、このまましとくか?」
「あ、いや、ごめん、すまん。言い過ぎた。ほどいてくれ」
「……ほどいて“くれ”?」
「いや、あの……、ほどいてください。リュウヤさん。いや、リュウヤ様」
「……ほらよ」
わざとらしく大袈裟な口ぶりで謝ってみせるクリューネに、リュウヤは渋い表情をしたまま、クリューネの両腕を縛る蜘蛛の糸を剣で裂いた。
リュウヤとリリシアは本来、トンネルの見張り役だった。退路を塞がれないよう、魔王軍に襲来に備えていたのだが、特殊な能力を持つリリシアが危機を感知し、応援に向かっていた。
「リュウヤ様、お怪我はありませんか」
仲間の手当てが終わり、リュウヤの下へ戻ったリリシアが、リュウヤの手をつかんだ。
リュウヤは「大丈夫だよ」と苦笑いしながら答えたのだが、リリシアはその手を握ったままでいる。
寄り添うように委ねるように、リュウヤに身体を近づけている。
――こいつ。
クリューネはリリシアを睨み上げたが、リリシアはその視線を真っ向から受け、わずかに目を細めただけだった。明らかにクリューネに対抗心を持ち、挑発している。恋愛はともかく、挑みかかってくるならやってやるぞという意地がクリューネの心を支配している。
リュウヤは歓声を送る仲間に手を振り返した。
仲間たちが立つ奥の方から光が広がってくる。列車の速度も次第に緩み、耳障りな騒音も軽やかな車輪の音に変わって、トンネルに響かせながら進行していく。
夜空から輝く星々の明かりが広がり、列車はトンネルを抜けて、満天に星が広がる海岸線にでた。
解放感に浸り、任務の成功と危機を脱したよろこびを分かち合う仲間たち。リュウヤも清々しい表情で空を仰いでいる。そんな中でも、クリューネとリリシアは互いを暗い目で睨み合っているのだった。
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