第四章 レジスタンス

第39話 魔装兵(ゴーレム)を奪取せよ

 漆黒の闇の中に、突如火花が散った。

 ためらうようにパチリパチリと光り、消える度にカチャカチャと金属が擦れ合う音がする。闇の中で、影がかすかにうごめく。

 よく目を凝らせば、複数の人影が闇の中で息を潜めて活動していることがわかるはずだった。


「……まだかの」


 いらついたように黒いローブ姿の女が、フードの下から言った。女だとわかるのは透き通るような高い声だったからだ。

 もう一人は男で、金属音はこの男から聞こえてくる。男がまだだよ、とため息をつきながら言った。若い声だった。 


「そんな早く鍵が開くかよ。これでも、気づかれないように神経使ってんだぜ?」

「私がバハムートになれば、そんな扉なぞ簡単に壊せるし、中のものだって簡単に奪取できるだろうにの」

「クリューネちゃん、それ冗談で言っているんだろうね?」

「……まあ、ユニークな冗談じゃな」


 男は呆れて、またため息をついた。地下鉄が走る地中深い場所で巨大な竜に変身したら、仲間は全員、瓦礫の下になってしまう。


「たくっ、俺が何でこんなお守りを。解錠には自信あるつうから、バハムートなんてのより、そっちの技術をを頼りにしてたのに」

「いつも開けてたのと、錠の種類がちがっとったからの。まあ、仕方なかろうて。そんな日もある」


 クリューネ・バルハムントには盗賊として働いていた過去がある。解錠くらい朝飯前だと役目を買って出たのだが、結局は開けられず、他の仲間に錠を切らせることとなったのだった。

 男はチッと舌打ちする。


「どうせ組むなら、リュウヤが良かったよ。リュウヤも一人だと何か抜けているとこあるけど」


 男がため息ついて、言葉を切った。次にさびしそうな笑い声が漏れた。


「今はリリシアがサポートしてるから、俺もあいつらの間にに入る隙が無いしなあ」

「なんじゃ、お主、妹がリュウヤに獲られてくやしくないのか?」

「まあ、アイツならいいかな、と正直思ってるよ」


 男がしんみりと、真剣味のある口調で答えたので、クリューネは不意に軽い目眩を感じたのを何とか堪えた。

 そんなクリューネに気がつかず、クリューネちゃんもなあ、と男が闇の中で首を振りながら呟くように言った。


「クリューネちゃんは今回みたいにポカ多いしな。パートナーになれそうな相手、少ないだろうな」


 男の比較する発言にクリューネはムッとしたが、怒りの感情を抑えて言葉を返した。

 

「なんじゃ、リュウヤを随分買っておるんだな。まさか、お主もリュウヤに気があるわけではあるまいな。え?」

「……クリューネちゃん。普段役に立たないのに、そういうつまらない軽口ばかり言ってると、皆に嫌われるよ。レジスタンスって、穏やかな人ばかりじゃないからな」


 何、と色をなして、クリューネはフードを脱いで声をあらげた。金色の豊かな髪が暗闇の中でほのかに映える。


「ジル・カーランド。貴様、レジスタンスのリーダーだからと言って良いことと悪いことが……」

「ねえ、おしゃべりはいいから、早くしてくれない?」


 別の方向から押し殺した声が飛ぶ。クリューネ他にレジスタンスの仲間が闇の中で五名待機している。苛立った空気が闇の奥から伝わってきた。 気まずい雰囲気の中でジルと呼ばれた男は作業を進め、十数分後に漸く錠が解けた。

 クリューネがいいぞ、と闇の奥に声を掛けると、闇が盛り上がり、全身黒ずくめの人間が扉に寄り添う姿勢となる。


「せえの……!」


 掛け声とともに、クリューネたちは渾身の力を込めた。扉が重い音を立てて横に開いていく。扉が開ききると、格納庫内にレジスタンスの面々がなだれ込む。設置された非常灯の灯りが、クリューネたちの足下から照らして、ディーゼル式の貨物列車が無蓋の貨車五台連ねて姿を浮かびあがらせる。

 その貨物列車の奥に人型の影が映った。


「……あれが魔力がなくても人が操れるつう、“魔装兵ゴーレム”か」


 誰かの呟く声がした。

 倉庫内には、五体もの人型のシルエットが浮かび、隙間なく並べられている。

 しかし、人としてはあまりに巨大で、銀色の光沢を放つ鋼の装甲に覆われていた。人の頭部にあたる部分は、ぽっかりと穴が空いたようにくぼんでいて、操縦捍や座席のようなものが下からでも確認できる。全体的にずんぐりとした体型と、うずくまるように佇む姿は、人というよりゴリラに似ていた。


「勿体ないな。こんなものを埃に被せておくとはの」

「……噂によると、開発者は人間らしい」


 ほう、と目を丸くしてジルの横顔を見つめていると、ジルは頷いて言葉を続けた。

 被っていたフードを脱いでいる。額がやけに広い男だった。


「人間の造った兵器などで不浄である、頼るなど恥である。自ら戦わず卑怯であると魔族側から声が強かったらしい。あくまでも剣と魔法だとさ。魔族は自分たちの力に自信持ちすぎなんだよ。たしかに魔装兵(ゴーレム)より厄介な魔物や幹部クラスの連中もたくさんいるけど、数なら魔装兵以下の連中のが多いのに」

「……」

「まあ、そのおかげで弱い人間が魔族や魔物に対抗できる有り難い兵器が、こうやって手に入るわけだけどな」


 後半の言葉はジルの独り言のようだった。クリューネが返答する前に言ってから自分で納得するように頷くと、仲間たちに声を掛ける。


「よし、手はず通り、慎重に運べ」


 ジルの指示に、黒服の人間たちはそれぞれ魔装兵に乗り込むと、コックピットには既に鍵がささっていた。その鍵を回すと、キイインと耳鳴りにも似た駆動音がし、パネルが光を帯びる。事前にマニュアルに目を通しているので、操作には問題ない。


「よし、手前から移動して貨車に乗り込め」


 時間が無いぞと告げ、ジルとクリューネは貨物列車へ走った。五体の魔装兵が巨体を揺らして地響きを立てながら後に続き、それぞれ貨車に乗り込む。ここも手はず通りで、列車や貨車も内通者が用意してくれたものだ。


「クリューネちゃん。列車の運転、出来るよな?」

「それくらい出来る。失敬な」


 ジルが機体を固定するため貨車に上がりながら、運転室にいるクリューネに尋ねると、クリューネはジルを睨みつけて言った。

 しかしクリューネは運転席に座ると、たどたどしい手つきで鍵をまわし、運転台のボタンを幾つかいじり、エンジンが稼動してモニターが映し出される。そして、ゆっくりと車輪が動き始めると、「動いた動いた」と、クリューネは無邪気に拍手して喜ぶのであった。


「ちゃんと動いたな」


 後ろの貫通扉からジルが入ってくると、どんなもんだと言わんばかりにクリューネは胸を反らす。


「列車も魔法で自動化されて、どんな馬鹿にでも動かせるから楽だよな」


 ジルの言い方にクリューネは不服そうに横顔を睨んでいると、ジルは早く出せよと詰る。


 ――どうしてこうも、男というやつはデリカシーが無いのか。


 クリューネは憤懣やるかたない思いで、ハンドルを回しながらサイドのレバーで列車を加速させる。

 車体が自動化されているといっても、レールや車輪幅など線路の設計にはまだ問題点も多く、車輪を調整するために車のハンドル様のものが備えられていた。


 ――リュウヤもリュウヤだ。けっこう付き合い長いのに、私には目もくれん。


 とりとめのない怒りに任せた感情は関係のないことまで思い出させ、それがクリューネの感情の火に油を注ぐ。

 ムルドゥバを出てからエリンギアまでの間、リュウヤとは雪降りしきる山を越え、時には魔法のローブや、結界でも防ぎきれない寒さ凌ぐために体を寄せあって眠った仲なのに、何事にも発展せずレジスタンスに合流してしまっている。

 レジスタンスに合流してから半年、別々で行動することも多くなり、以前のように二人きりで過ごすという時間も少なくなっていた。

 そして最近ではジルの妹とリュウヤの仲が噂になっている。リュウヤ本人は気がついていないみたいだが、リリシアはおろか、兄の反応を見れば深い仲になるのは時間の問題だと思えた。


 ――私だって十七だぞ。


 色々と揺れたことはあるが、リュウヤに対する恋愛感情というものは正直言ってよくわからないところがある。ただ、けっこう長い付き合いで、自分にはそんなに魅力がないのかと思うと、クリューネは情けなく疑問を感じてしまうのだった。


「おい、クリューネちゃん。ここらはカーブが多いから、速度に気をつけろよ」「わかっとるわ」


 了解しつつも、ざわついているクリューネのハンドルさばきは、つい粗くなる。

 

「あぶねえな!メンバーはまだ貨車で待機してんだ。振り落とされちまうだろ」

「次の列車まで時間が無いのに悠長にやっとれるか。ぐじぐじ言っとると禿げるぞ」

「……まだ、禿げてねえよ」


 ジルは普段から気にしている広い額をさすりながら怒鳴る。

 また、車体が大きく揺れた。


「だから、急カーブに気をつけろって……」

「何もやっとらん。それにまだカーブでもないぞ」

「なに?」


 怪訝な顔をするジルとクリューネに、再び激震が襲う。後方から爆発音のような音も響いてきた。サイドミラーに炎の塊が映る。

 クリューネは耳を澄ます。

 弓を放つ音。怒号。爆発音。獣の殺気をはらんだ唸り声。


「ジル!」


 不穏な気配を察したクリューネが叫ぶと同時にジルも駆けて、二人は後方の貫通扉に向かった。扉を開くと、獣のけたたましい咆哮が車内を貫く。

 貨車では仲間たちがボウガンや手投げ弾で応戦する姿がそこにあった。

 手投げ弾の炎に照らされて、異形の姿が浮かびあがる。

 列車と同じくらいの巨大な黒い蜘蛛が、猛スピードで列車に迫ってくるのが見えた。

 青い顔をしたジルが振り返りながら叫んだ。


「クリューネ、魔物だ!速度を上げろ!」

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