第17話 所詮は独り

『これで三度目、犯人も捕まらない。あなたたちは何をしているのですか?』


 雪のように白い肌を持つ銀髪で長身の男は、望遠鏡を覗き込みながら、後方でひざまずいている男に言った。室内は暗く、事件を報告に来た男は汗をしたたり落としている。うだるような熱気を含んだ夏はとっくに過ぎ去ったというのに、緊張もあって拭っても拭っても、珠のような汗を止められないでいた。

 対して長身の男は涼しげな表情で薄ら笑いを浮かべている。


『申し訳ありませんリルジエナ様。しかし、襲撃現場付近では物音ひとつ聞いた者もいないとのこと。いずれも一撃で兵士たちは絶命しております。兵も怯え士気も低下。相手の人数も……』

『相手は一人ですよ』


 長身の男、リルジエナと呼ばれた男がきっぱりとした口調で遮った。


『私も死体を検分しましたが、皆同じ太刀筋です。あれだけの美しい一太刀で放てる者などそうそういません』

『一人で二十数名を?まさか』

『あなたは自分たちで相手できないと直感したからこそ、私のところに来たのでしょう?』

『はっ……!』

『私は外に出るのが、あまり好きではないのですがねえ。“隠れていよリルジエナ、太陽のまぶしさも月の輝きも、そなたの溢れる美しさの光にかすんでしまうするであろう”』


 リルジエナは身をくねらせながら、舞台役者のように大袈裟に仕草で嘆く真似をした。

 報告にきた男は、自作らしいリルジエナの詩をさほど上手いとも思わなかったが、ただ恐縮して頭を垂れていた。

 余計な一言は、死に繋がるからだ。


『それで、魔王様に報告は?』

『いえ、まだ何も。まずはリルジエナ長官への報告をと思いまして……』


 そうでしょうねと、リルジエナは男の返答が気に入って目を細めた。魔王や中央政府の高官に少しでも取り入ろうと、組織というものを理解せず順序を無視する者が多い。


『組織とは連携、チームワークです。どんな些細な情報でも共有し、対処できるようにしなければなりません。それができるあなたは、どこでも重宝されますよ』


 リルジエナは男の傍に寄ると男の肩を優しく叩くと、すぐに魔王様への報告は不要だと言いだしたので、男はさっき何かに聞き間違えたのかと訝しげにリルジエナを見た。


『しかし、今後の対策を考えますと増援も必要ではないかと』

『魔王様は、このような美しくない知らせなど聞きたくもないはず。またこの程度の被害で増援など呼んでは、このリルジエナが笑われます』


 男は内心、呆れていた。

 組織とはあくまでリルジエナにとっての組織であり、報告も序列もリルジエナのためのもの。結局は魔王のいる中央部にまで知られたくないという、どう言い繕ったところでリルジエナの保身に過ぎない。


『それに、ここで増援など呼べば、町の商人たちや有力者たちに軽くみられてしまいます。加えて、レジスタンスだとか面白くない噂も聞きます。久しぶりに私の力を町の人間に見せつけ、反抗の芽を潰しておきしませんと』


  ※  ※  ※


 時刻は正午を過ぎていた。

 土間の隅でイビキをかいて眠るリュウヤを、クリューネはお預けをくらった犬みたいなイビキだと思いながら、口をわずかに開いて眠るリュウヤの寝顔を眺めていた。


 ――ここまでやるとはな。


 昨晩も二番街区で人間狩りに来た部隊が何者かによって襲撃を受けて全滅し、今朝になって死体が付近の住民に発見され、大騒ぎになっていると明け方、仲間の少年が興奮気味に伝えてきた。しかし、痛快と思っている少年らも、襲撃者の正体までは知らないでいた。たとえリュウヤの仕業とは言っても、だれも信じないだろうとクリューネは思う。

 少年と入れ替わるようにしてリュウヤが戻ってくる。クリューネの質問も無視して無言のまま、いつもの場所で泥のなかへ沈むように眠りについた。

 この半月の間、三度の襲撃を行っているが、どれも同じパターンだった。

 リュウヤが起こした襲撃事件はメキアの町を揺るがす騒ぎとなっている。魔王軍を狙った襲撃であることと、その手際の良さから、レジスタンスの仕業ではないかともっぱらの噂となっている。

 と言っても、その噂はレジスタンスに共感するものではなく、戦いに巻き込まれることを怖れて、町ではむしろ迷惑といった空気が濃い。

 伝えてきた少年たちのような反応は、どちらかといえば少数派と言えた。

 

「う、うん……」


 リュウヤが小さくうなって目を覚ました。

 寝ぼけ眼で半身を起こすと、傍で見守っていたクリューネに「来たか?」といきなり言った。仲間の少年らのことだろうとクリューネは察した。


「ああ、来よったぞ。町は大騒ぎだと嬉々として報告にきよった」

「いや、そっちじゃなくてさ」

「何のことじゃ?」


 不審な顔をするクリューネにリュウヤは「何でもない」と答えると、枕代わりにしついたリュックからパンと水と取り出して、もさぼるように喉の奥へと流し込んだ。


「いつまで続ける気だ?このまま、リルジエナが黙っているわけもないと思うが」

「もうすぐ終わらすよ」

「どういうことだ?」

「人間に良いようにやられて、ここの親分さんが指をくわえて見ているわけがないからな」


 食事とも呼べない食事を済ますと、リュウヤは息をついて再び横になった。


「それにしても、お主も回りくどいことするの。塔に乗り込んで、いきなりリルジエナと対峙する方法もあったろうに」

「そりゃ、お前だってスリやかっぱらいをするのに、自分の力を使わないだろ」


 使うわけなかろうと、クリューネは思わず笑った。


「第一、私が全力だしたら、この町が吹き飛ぶ。加減するのはけっこう大変なんだぞ」

「それと一緒さ。何があるかわからん塔に乗り込んでいくんだ。全力でやらないわけにいかないし、やったら被害は塔だけじゃ済まない。それに……」

「それに?」

「弱い奴を苛めていい気になっている奴らに、恥をかかせてやりたいて気持ちもある。もうすぐここの親分さんが威張りながら出てくる。そいつに人の前で恥をかかせてやるんだ」

「……」

「がっかりしたか?」

「趣味が悪いの、お主」

「余計なお世話だ」


 リュウヤが口を尖らしてそっぽむくと、その仕草がやけに子どもぽくて、クリューネはつい噴き出してしまった。

 その時だった。慌ただしい足音が小屋に近づき、少年らが青い顔をして飛び込んできた。


「た、大変だよ、姫!アニキ!」

「なんじゃな、さっき来た時は嬉々としとったくせに。くるくると表情変えて忙しいの」

「冗談言っている場合じゃねえよ!今夜、リルジエナの奴が直々に陣頭指揮を執って、ここのスラム街の狩りを始めるんだってよ!」

「……ついに来たな」


 リュウヤは立ち上がると木の棒を持って表に出、ウンと背伸びをして体操をし始めた。「水面ノ灯リ」と、自分で語っていた奇妙な剣の型を行うつもりなのだろう。そんなリュウヤが悠長な様子に映ったらしく、少年のひとりが苛立った様子でつめよってきた。


「どうすんだよ。相手はここの部隊かき集めて襲撃してくるつもりなんだぜ。そんなにゆっくり構えていていいのかよ」

「お前らは逃げればいい。お前らの情報網は、そのためにあるんだからな。俺にはやることがある。一汗流したら、また休ませてもらうぜ」


 少年はリュウヤの広い背中を睨むようにじっと眺めていたが、呆れたのか仲間を促して小屋から去っていった。


「お前は逃げる準備しなくていいのか?」


 クリューネは肩をすくめて、首を振った。不意に落とした声には突き放したような冷たさが混じっていた。


「前も言ったじゃろ?“何かあったら身一つ、30秒フラットで逃げる”と。心配せずとも良い」


 お前が勝手に始めたこと。

 協力も同情もしないが、見届けてやる。

 ニコリともせず、頑なに無表情を保とうとしているクリューネの態度からは、そんな意思がうかがえた。


 ――やはり無理だったか。


 自分の活動に感化されて、もしかしたら等とという淡い期待感があったが、所詮は独りよがりといった類でしかなく、考えが甘すぎたとリュウヤは内心、肩を落とした。

 クリューネは魔王軍の目を逃れ、スラムの片隅に潜む人生で充分らしい。


 ――好きにするさ。


 俺は俺でいく。

 それでも、空っ風が身体の中を吹き抜けていくような寂寥感や孤独感がリュウヤの胸を満たした。

 苦い気持ちを噛みしめながら、蹲踞(そんきょ)の姿勢をとり、リュウヤは静かに「水面ノ灯リ」の型を始めた。

 いつもは気にならない棒の重さが、何故かいつもより重く感じた。

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