第6話 村の掟
竜也は部屋に戻ると、ベッドの上に倒れ込むようにして横になった。月が綺麗な晩で、窓に射し込む月明かりが床とベッドに窓枠の影を落としている。
扉の向こうから男たちの笑い声が聞こえてくる。その声は酒宴で集まった村人によるもので、一階の受付広間が食堂を兼ねていて、そこに村人が集まって騒いでいる。
心なしか、先程まで自分がいた時よりも賑やかになった気がした。
竜也がそう感じるのも、竜也の身体の中に残る酔いが、孤独感を一層強くさせたからだった。
竜也が倒したグリズリーの話は、すぐに村中に知れ渡りこととなり、急遽開かれた酒宴に、村長を始めとして村の顔役や父と親しい友人たちが招かれた。もちろん、グリズリーを倒した竜也も主賓として席に呼ばれたのだが、その席は決して愉快なものではなかった。
彼らの目に、余所者(よそもの)に対しての疑惑と警戒の色があるのを竜也は見逃さなかった。陽気に接してくれたのはセリナの父ぐらいのもので、他はどこかよそよそしい。
――セリナには離れたくないとは言ったけど……。
向こうはそうでもないみたいだな、と自嘲気味に竜也は笑った。村の仲間であるセリナを助けてくれたから、客としてその礼はするものの、仲間として迎える気はないらしい。
魔法の心得や腕に覚えのある者はミルト村にも何人かいるが、一撃で猛獣を倒せる者などミルト村どころかミルト地方全体でもそうそういるものではない。そのこともあって、竜也を胡散臭く見つめる者も出席者のなかに三人は確実にいた。
そんな竜也を見かねたのか、盛り上げようとセリナから旅の話を振られたのだが、これが散々の結果となった。
ヴァルタスから託された豊富な知識のおかげで、どんな返答もできたしまるで見てきたかのように話せたが、自分で体験していないために、教科書でも読んでいるようで内容に実感がない。
また、若さによる未熟さや、もともと話が上手いわけでもないために、まるで盛り上がらなかったのだ。
俺は何でこんなつまらない話をしているのだろうかと、竜也自身が内心、首を傾げるほどで、そんな気分が周囲の人間にも伝わるのだろう。
それにほとんどの人間が知らないといっても、伝説の大鯨や海を潜る蜘蛛の生態の話を、つらつらとしたところで興味がわくわけもなく、何となく白けた雰囲気になっているのも竜也には辛かった。
席を中座したのも、自分の失態と村人たちの閉鎖性にやりきれなくなったというのが理由の一つにある。
「……軽率だったかな」
竜也は自分の右手を見つめながらつぶやいた。村人に面白味のない話を披露したことではなく、力試しにとやってみたことが、今さらになって後悔へと変わっていた。
――そろそろ発つか。
魔王何とかには恨みなど無いが、食料になることを恐れてこの世界で暮らしたくもないし腹も立つ。それにヴァルタスが護るはずだった、クリューネとかいう姫の行方もちょっぴり気になる。
美人のようだが、どんな娘かは実際に会ってみないとわからない。
向こうも追われる身だし、竜ではなく人の姿をしているのがベースなだけに、色々と複雑事情を抱えている女の子のようだ。
割れ鍋に
「それにしても利いたな……」
呻きながら竜也は大きくため息をついた。
中座したもうひとつの理由は、生まれた初めて口にした酒にある。
セリナの父から出された村の特産品というぶどう酒は強烈で、数杯飲んだだけで酔いがまわってしまっていた。酔いは思考を大胆にさせるが、ぐるぐると空転するだけで、明確な答えがひとつも出てこない。
明日からのことは明日にしようと、眠りの準備のために体勢を仰向けに変えた時だった。
コンコンと控えめに戸を叩く音がし、「起きてますか?」とセリナの声がした。
起きてるよと竜也が答えると、セリナがそっと扉を開けて部屋に入ってきた。
「ふらふらでしたけど、大丈夫ですか?」
「うん、ちょっとは落ち着いたよ」
「そうですか」
とセリナが言うと、話はそれだけではなかったらしく、竜也のベッドに腰掛けてきた。月夜に照らされたセリナの横顔は神秘的で、真っ白に輝いてみえた。綺麗だなと見とれていたが、セリナに対しての名残惜しさが、竜也に出立の話を切り出させた。
「世話になったけど、そろそろ、この村を発とうと思うんだ」
「まだ、この村に来て一週間も経ってないですよ?お身体の方は……」
「昼間に“おそらく強い”を見せてやったばかりだろ。問題無いって」
「そうですね。リュウヤさんなら、どこへでも……」
そこまで言うと、セリナは思い詰めたようにうなだれ、やはり行ってしまうのですねと声を震わせた。
「良いとこだけど、所詮、俺は余所者だしね。長居は出来ないよ」
「リュウヤさんにも、別れたお仲間の方もいますもんね」
仲間などいないが、嘘だとも言えず、竜也は無言のままだった。だが、これから独りかと思えば、セリナとの別れがつらく、寂しげに呟くセリナが愛しく思え、心の底に溜め込んでいた気持ちが、一気に言葉となって表れた。
「なあ、俺と一緒に旅に行かないか」
「え?」
「セリナがいてくれたら、寂しくないし、どんな苦労があっても大丈夫な気がする。だからさ、どうだろ?」
「嬉しいです。ホントに……」
一瞬だけ顔をあげて、竜也に向けたセリナの笑顔には涙が浮かんでいた。
「でも、村があるし、両親もいます。それに大事な役目が……」
「役目?」
不審に思い、竜也が聞き返すと、セリナは身を乗り出して竜也の眼前に迫ってきた。緊張した面持ちのセリナの頬はうっすらと赤みが差し、息が激しく乱れている。
「な、なに?セリナ」
「……この村にはある掟があるんです」
「掟?」
「はい。『旅する強者に命を救われた乙女は、その者に身体を捧げ、村で子を育てよ』と」
「えと、あの、それって……」
はいと振り絞るような声でセリナが言った。
「……リュウヤさんの子種を、私にいただけませんか?私の役目はリュウヤさんの赤ちゃんを育てることなんです」
ハンマーで頭を殴られたような衝撃が竜也に襲った。このようなイベントはエロゲーやちょいエロな漫画等にしかないと思っていたのだが、まさか自分が体験するとは思ってもみなかった。
竜也の頭の中では、AVを参考にした一連の流れが浮かんでいるが、現実の竜也は痴呆のようにセリナの顔を見返すしかできない。
「でも、君の親父さんは……」
「お父さんだけでなく、下のみんなも知ってます」
「……」
「お父さんからも言われました。『可愛がってもらえ』と。それが村の掟ですから」
「……」
「それとも、村の女なんて嫌ですか?」
いや、と竜也は頭を振った。通っていた高校でも、ここまで健気で優しくて可愛らしい女の子はいなかった。
竜也が無意識に手を差しのべると、セリナはその手をとって自分の頬にあてた。滑らかな肌の感触がその手に伝わってくる。それだけで衣服の下には魅惑に満ちた肢体が隠されていることを確信できた。
――もっと触れたい。
「あの……リュウヤさん」
堪えかねたように呼んだセリナの声は、泣くようにか細く、小さく震えていた。
「どうした?」
「こういうこと、初めてで怖いんです。……優しくしてくださいね」
胸のうちに生じた激しい欲情は心の平衡を失わせ、もうひとつの手がセリナの衣服のボタンを外していた。 全てのボタンを外し終わり、ゆっくりと衣服を剥ぐとセリナの白い胸が月の光に照らされた。
頬から伝った竜也の指がセリナの胸に触れるとぴくりと震え、白い胸が小さく揺れた。
「セリナ……」
竜也の手が滑ってセリナの身体を抱き寄せると、白い首筋を吸った。セリナの肢体が弾くように反り細い手足を竜也に絡ませてくる。セリナの深い吐息が竜也の耳を強く刺激した。
なんて華奢な身体だろうと、竜也は驚きと愛しさを感じながらセリナを抱く腕に力を込めた。
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