第6話 ラムネ、弟、夏
心に効く薬を飲んでいるのです。あまり多く飲んではいけないと言われまして、一日一錠を水で流し込む日々を過ごしております。
この薬をくれたのは弟で、彼は薬剤師をしております。薬剤師がくれる薬なのだから、効果を疑うまでもないのです。
この薬を飲むたびに思い出します。
小学生の、夏の日を。
弟と分けたのです。プラスチック容器に入った、この薬を。
その時は無邪気に噛み砕いておりました。甘い甘いブドウ糖の味が広がりまして、それは美味しかったものです。
ええ、気づいておりますとも。この薬が偽薬であることに。いえ、偽薬ですらないことに。
それでも私は飲み続けるのです。ごくり。
本当に危なくなったら、その時は、本当のお薬に頼りましょう。頼れるだけの判断力がまだあったら。
涙がね、こぼれるのです。
この薬を飲み込むと。
幼かった頃の私が、脳裏で笑って駆けてゆくのです。夏の日の、陽炎に向かって。
その記憶が。弟と笑い合った、その記憶が。私と生をつなぐ鎖なのです。
生きなければ、ならないなあ。
震える呼吸で、そう思います。
私が生きる根拠など、その程度なのです。
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