第二十六話 代官職購入

 天文十六年(1547年)うるう7月


 キングゴショラの襲来などもあったが、脚気かっけの治療に良いことが知れ渡り蕎麦屋と鰻屋はさらにもうけを上げていた。

 「薬局 牧庵マキュアン」も脚気の診断方法や治療法を牧庵まきあん叔父に伝授したため五苓散ごれいさんの利益にプラスして、脚気患者の診断でさらにウハウハとなった。

 「吉田の神酒」も「もみじ饅頭まんじゅう」も順調にゼニを稼いでいる。

(別に敵は本能寺にはいない)


 ついに俺は貯め込んだ銭を使って土地を買うことにした。

 買ったのは洛北らくほく大原おおはらの北にある「小出石村こでいしむら」の代官職の権利とその南にある「古知谷こちだに」という土地である。

 小出石村は90石に満たない高野川沿いの山村で、古知谷はほとんど人家がないような場所である。


 なんでそんな場所をと思われるだろうが、実はその場所にこそ意味があるのだ。

 そこから北に行けば近江おうみの国に入り、葛川谷かつらがわだにを通ってさらに北へ行くと「朽木谷くつきだに」に達する。

 そう朽木だ。

 史実で足利義輝がこの先逃亡するになる場所である。


 小出石村と古知谷には、この時代重要な街道であった「若狭街道わかさかいどう」が通っている。

 若狭街道はサバ街道とも呼ばれ、京と若狭を結び、洛中へ海産物などを運ぶ重要な道であった。

 俺はこの先、義藤さまが朽木に逃れることになったことを想定して、この街道を抑えるためにココを拠点にしようと考えたわけである。


 そこはとりあえず山だらけなので耕地面積は少ないし開墾かいこんも大変だ。

 だが、ぶっちゃけると、山があれば冬はメープルシロップの採取、春は天ぷらタネの山菜が取れ、販売ルートがすでにある俺には現金収入に困らないのだ。

 やせている山間部の土地でも蕎麦が作れればまったく問題なかったりする。

 俺には米を売って儲ける必要がないのだ。


 山間部でなくても、たとえば騒乱で農民が離散りさんしてしまった土地などもあったりする。

 実は京のとかにも畑などが結構あったりするのだが、いざ敵が来てしまったらどうにもならない。

 安定的な地盤の確保という意味もあり、京の北の山奥の土地などを買ったというわけである。

 事前に義父の細川晴広にも話をして、代官職や土地の購入の許可は貰っている。

 まあ俺の銭だし、義父は俺のやることが良く分かっていないようではあるが、基本的にやさしいから自由にさせてくれる。


 というわけで小さいとはいえ土地を買ったので人手を集めたい。

 角倉吉田家には経営の厳しい商家の、清原家には貧乏公家の、吉田家には近隣領主の農家の三男坊などを紹介して貰うのだ。

 この時代、家を継げない者の未来は厳しい。

 他家の養子になるか仏門に入るか丁稚奉公でっちぼうこうに出るか、あるいは盗賊・山賊である。

 すでに声がけをしてもらっているが結構反応は良い感じだ。


 ただ正直代官に専念できる余裕がないので、買った代官の権利を誰かにゆだねたいとも考えている。

 俺としては俺の家臣になってくれる人を代官にしたいのだ。

 そして俺が誰を家臣にしたいかといえば、やはりのちの細川三家老の一人『米田こめだ源三郎げんざぶろう求政もとまさ』その人である。

 漢方薬の生薬しょうやくの納品のため、薬局に顔を出した米田求政殿にダメもとでお願いをしてみよう。


 米田殿は大和の越智おち氏の一族であり、米田の本家は薬の三光丸さんこうがんなどを作っている。

 嫡男ではないようなので家は継げないと思われる。

 一応幕府に出仕しゅっしはしているのだが、奉公衆などの家格かかくではない。

 幕府に医薬の知識で仕える身である。

 その立場は御末衆おすえしゅう、いってみれば下級武士であった。

 わかりやすくいえば足軽程度である。

 淡路細川家の正式な被官ひかんで領主(代官)に任命するということであれば話を聞いてくれると思うのだが……


 ◆


「私を代官にですと?」驚く米田殿。


「あ、はい。小出石村こでいしむらという所の代官の権利を購入しまして」


「与一郎殿がですか?」驚いているが間違いなく俺の金である。


「あ、はい。それとその村の南の土地も購入しました」


「土地も?」まさに谷だけどな。


「あ、はい。古知谷こちだにというところです。そこには郎党ろうとうをやとって砦でも構えようかと思っています」山城みたいなもので若狭街道をおさえるためのものだ。


「郎党に砦ですと?」


「あ、はい。まずは50人くらい集めようかと思っています。徐々にですが郎党は増やすつもりです」


「まず50人ですと?」少なかったかな?


「あ、はい。あとこれは内緒なのですが、山から蕎麦屋の食材やもみじ饅頭の材料が取れますので、そこからの現金収入が見込めます。山間部ですが結構儲かると思います」


「儲かるのですか?」


 うーん、あまり米田殿には信用されていないのだろうか?


「あ、はい。結構儲かりますよ。土地を開墾で広げるまでは代官や郎党には銭で扶持ふちを払うつもりですし」


「銭で扶持ですと?」開墾できるまで収入なしとか無理だしね。だが反応が悪いな……


「あ、はい。それと支度金も出しましょうかね。当座の生活費と、狩もしますので郎党には弓や槍なども支給しましょう。そうですね代官には馬も買い与えましょう」


 よし、ここは太っ腹なところを見せてやろう、俺も欲しいし馬も買うぞ。


「支度金に槍や弓とそれにですと?」


「あ、はい。郎党達もいずれは足軽に取り立てようかと思っていますので。あとは家を建てる必要もありますね。住む家がなければ困りますもんね」


 最初は小物こもの中間ちゅうげんの身分だけど、腕の立つものは足軽に取り立てるぞ。


「家も建て、いずれは足軽に取り立てるですと?」


 家が足りなければ建ててあげないとね。まあ長屋ながやみたいなものだが。


「あ、はい。砦の構築のほかに屋敷を建てることも考えています。それまでは簡易な家になりますが」


 ええい、持ってけ泥棒! 米田殿には屋敷も建てちゃおう。


「砦に屋敷までですと?」


「あ、はい――」とこんな感じで小一時間、米田殿に説明をしていたのだが、突然土下座をされた。


「よ、与一郎様! 何卒、何卒、この源三郎げんざぶろうを配下の末席まっせきにお加え頂けますようしてお願い申し上げるでござります!」


「あ、はい」

 

「誠に有りがたき幸せぇ!」


 いや、だから最初から俺は配下になってくれと頼んでいたのだが。

 全然色よい返事をくれないから断られるかと思って焦って心配してしまったではないか……


 というわけで米田源三郎が正式に俺の配下になった。

 身分は義父とも相談したのだが、淡路細川家に馬廻うままわりとして新規召し抱えめしかかえのうえ、家禄かろくを与え俺の傅役もりやくとなったのである。

 ついでにといっては失礼だが、中村新助も中間から取り立てられ足軽となり正式に俺の家臣になった。

 ついに俺の戦闘力が「3」になったのである。


 ◆


 叡山えいざん政所まんどころにも幕府の政所にもコネと賄賂そでのしたで話を通して、代官職と土地の権利をしっかり固めた。

 馬も米田殿と一緒に下京しもぎょう五条ごじょう室町むろまちはずれの馬市うまいちに買いに行った。

 この時代の馬は「一種のステータスだ! 希少価値きしょうかちだ!」

 高級外車みたいなものでクソ高いのである。

 米田殿には騎馬の武者になれたことに感激して、涙を流さんばかりに感謝された。だが馬市の帰りで、米田殿と呼ぶことを怒られた。


「与一郎様、それがしのことは源三郎げんざぶろう求政もとまさと呼び捨てになさるように」


「あ、はい」カッポカッポ馬で帰りながら怒られる。


「あ、はいではありませぬ! それでは威厳いげんというものがありませぬぞ!」


「わ、わかった。源三郎これからよろしく頼むぞ」


「かしこまりましてござります」


 うーん、完全に傅役もりやくになりきって教育係のお兄さんになってしまったぞ。

 まあ米田求政こめだもとまさは俺より8歳上だから今22歳くらいか、こんな関係で良いのかもしれない。

 能力は間違いなくある男だし頼りにしていこう。

 さて、あとは郎党を新規に雇って、行動あるのみだ。


 淡路あわじ細川家の名で郎党の新規かかえの募集を出し、各種から身元のはっきりした人を推薦してもらった。

 50人の予定だったのだが、思ったよりも募集に人が集まり、絞って60人を召し抱えた。

 農民希望者には土地を与え、武士を希望する者や腕の立つものはいずれ足軽になってもらおう。

 最初は開発を手伝ってもらいながらぜに扶持ふちを与える。

 いずれは完全に兵農分離を目指していきたい。


 60人の新規召し抱えの郎党に衣服や装備をあたえて急造の部隊をつくる。

 銭ならあるからな、新領しんりょう入りで村人に馬鹿にされないようにするためにも、郎党の忠誠心を得るためにもなるべく良いものを買った。

 とりあえず部隊の指揮は米田殿と中村新助にお任せである。

 戦闘力が「63」に上がった。

 20倍にパワーアップしたのだが強くなった気がしないのは何故なぜだ? ……げせぬ。


 京の大原口おおはらぐちから若狭街道を通って、田中一乗寺いちじょうじ高野たかのを通り八瀬やせへと向かう。

 道中では田中の渡辺出雲守いずものかみ殿の屋敷、高野の佐竹蓮養坊れんようぼう殿の城に立ち寄り出迎えてもらう。

 一種のであるのだが、水や食料を提供して貰いつつ、郎党に俺の影響力を見せ付けるのである。

 国人領主に頭を下げさせ、俺のことを何も知らない淡路細川家の金持ちのボンボンという感じで見ていた郎党達の態度が変わった。


 佐竹蓮養坊殿は事前に依頼済みであったが、叡山の梶井門跡かじいもんぜき政所まんどころまで案内をしてもらう。

 俺が買ったのは叡山の荘園しょうえんの代官の職なのである。

 荘園領主しょうえんりょうしゅである叡山には気を使う必要がある。

 幕府奉行人奉書ぶぎょうにんほうしょも出ている正式な代官であるので問題はないのだが、気を使って損なことはない。


 ちなみに現在の梶井門跡は応胤法親王おういんほうしんのう伏見宮ふしみのみや貞敦親王さだあつしんのうの王子であり、天台座主てんだいざすでもあるので名目上めいもくじょうの比叡山延暦寺えんりゃくじのトップである。

 こちらには清原家から手を廻しており、宮家と本人に付け届けと「吉田の神酒」はすでに送ってある。

 応胤法親王というは抑えているが、下が騒ぐと面倒なので坊官ぼうかんにも挨拶には行く。

 行くのは俺ではなく、佐竹蓮養坊殿と家臣の米田求政である。


 佐竹蓮養坊殿の城を出発して八瀬へと向かう。

 八瀬には三淵晴員みつぶちはるかずの姉であり大御所に女房にょうぼう(乳母)として仕えた佐子局さこのつぼね、今は落飾らくしょくして清光院せいこういんと名乗る伯母おばが居る。

 伯母の所へも挨拶をして行く。

 まあ普段から大御所に呼ばれて慈照寺にも顔を良く出す伯母なので実は何度も会っている。

 今日は軽い挨拶程度だ。


 八瀬を抜ければ大原である。

 八瀬や大原はいざと言う時の退路になるので、地形を頭に叩き込んでおく。

 またその際にあわわない様に村の庄屋しょうやのところにも求政や中村新助に顔を出させて、土産物を渡しながら通過する。

 日頃の付き合いも大事なのである。

 洛北らくほく大原盆地ぼんちの奥にある大原(梶井門跡)の政所に立ち寄り、手土産を持たせて佐竹蓮養坊殿と家臣の米田求政を送り出す。


 大原政所への挨拶を済ませ、佐竹殿に礼を言って別れる。

 そして向かうこの先が古知谷こちだにである。

 高野川たかのがわ沿いの谷間であり人家はほぼない。

 ここは開墾して農民希望の者に土地を与え、いざという時のために砦を作る予定である。

 (参考までに現代での古知谷 阿弥陀寺という所に砦を構える予定)


 そして、山城の国と近江の国の境である小出石村こでいしむらに到着する。 新領主である俺に最初は警戒していた村人だったが、持ってこられるだけ持ってきた「吉田の神酒」と「もみじ饅頭」の力を使って、

 前領主(代官)のことなど誰も覚えていないだろう。

 ちょろいものである。


 連れてきた郎党60人は一旦既存の村民の家に分宿して貰う。

 俺と米田求政と中村新助は庄屋の家に泊まる。

 明日には吉田神社のコネで声をかけまくった大量の宮大工集団が来る手筈てはずになっているので、屋敷と郎党のための長屋なども建てていく。

 もちろん郎党たちにも手伝わせる。

 さくっと建ててしまいましょう。


 屋敷は少し日数が掛かるが長屋はさくっと建てた。

 どこかの猿の墨俣すのまた一夜城ではないが、同じ構造で同じ材料なのであらかじめ木材を加工してから運んでいる。

 簡単に建てられる室町版プレハブ小屋みたいなモノである。

 郎党60人の次なる仕事は砦作りのため古知谷こちだにの山の道の切り開きである。


 郎党には完成後のボーナスを約束し、道の切り開きを行う。

 木を伐採ばっさいし階段を造っていく。

 まだ石段は厳しいので木材と丸太での階段で我慢する。

 慣れない作業に悲鳴をあげる郎党もいるがコレは訓練の一環でもあるのだ。

 

 この中に工兵の素質があるものが居たら階級を上げて小物頭、中間頭に取り立てましょう。


 俺が作りたい部隊の一つに土木建築などの技術に特化した工兵部隊があるのだ。

 京の鋳物師いものしに依頼して作った斧に鋸、(シャベル)も大量に運び込んでいる。

 究極的にはできる強兵集団が欲しいものである。

 山間部ののどかな景色に、郎党を指揮する米田求政の声が響き渡っている。


「このクズどもが! 何をちんたらやっておるか! お主らは最低のウジ虫である! イナゴか! バッタか! コメツキ虫である! いいか、それがしの快楽はお主らクズ共の苦しむ顔を見ることであるぞ! いつまでもそれがしを楽しませていないで、もう少し気合というものを見せるがよいぞ!」


 へ、へい……郎党が弱々しげな返事を返す。

 

 なんであるか、その気の抜けた返事は! 返事は先ほど与一郎様が教えたであろうが!」


 求政が手近にいた郎党の(仮名)のケツを蹴り上げ、スコップを振り上げ威嚇いかくする。


! ! !」×60人


 郎党どもに多少気合が入ったようである、だが求政は許さない。


「そのジジイの『』のようなへっぴり腰はなんであるか! もっと気合をいれんかぁ! この場で『』をぐらいの気合を入れてみろお!」


 しかし郎党の(仮名)が大きな腹を出して倒れこむ。

 俺はやさしく微笑んでその高木(仮名)に声をかけるのだ。


「またお主か。お主の根性はそんなものか。さっさと吉田村の実家に帰るが良かろう。帰ってお主のお気に入りの白拍子しらびょうし遊女ゆうじょ)の松浦綾まつうらあや(仮名です)の春画しゅんがでも見ながら「」でもしているが良い。もっとも、お主のような腰抜けがお気に入りの松浦綾(だから仮名です)などという白拍子は、どうしようもない淫乱いんらん女であろうがのう。良かろう。その白拍子をわしが買って側室そくしつにでもしてくれよう。お主はそれを指をくわえてただ見ているが良い。腰抜けのお主にはさぞやお似合いであろう」


「こ、このクソ野郎ぉ!」高木(仮名)がその巨体で俺に襲いかかってくる。

 だが、俺は史実で牛をぶっ飛ばした怪力の男「細川藤孝」である。

 その恵まれた体のポテンシャルを生かして高木(仮名)を軽々と持ち抱えをかましてやるのである。

 俺の怪力に恐れをなした郎党どもに恐怖が走り、気合を入れ直して全速力で木をなぎ倒していく。


 俺にブタ肉バスターをかまされた高木(仮名)は長身の(仮名)という郎党に助けられ作業に戻っていく。

 なかなか面倒見のいい男だ。

 あの碇矢いかりや(仮名です)という男は小物頭こものがしらに取り立て、求政の手伝いをさせることにした。

 高木(仮名)は吉田村の庄屋の三男坊で、吉田兼右叔父に頼むから鍛え直してくれと言われて連れてきた、わけ有りである。


 そして米田求政に鍛えられ、砦予定地やそこまでの道を切り開いた郎党達はいっぱしの工兵へと変貌へんぼうを遂げていたのである。

 特に碇矢いかりや加藤かとう中本なかもと志村しむら、ついでに高木たかぎ(8時ごろに全員集合しそうですが全員です)の五人組は中々良い働きをするようになった。

 この五人組ドリフは米田求政の供回ともまわりに任命したのである。


 われらが工兵の次なる仕事は古知谷こちだにの開墾と若狭わかさ街道の難所である途中越とちゅうごえ(峠)の整備である。

 まだまだやることは多いが、求政に指示を出したところで俺は一度吉田神社に戻るのであった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る