02 最悪な状況なんですが

 秋月がこの世界が大人気ネット小説のアニミズムの中だと自覚して、荒い息を整え終えた時、メイドは横でずっと心配そうにこちらを見ていた。

 跪いた片膝を上げて立ち上がり、階段の方へと視線を戻した。

 そこには金髪の少女が少し困惑の表情でこちらを見下ろしていた。


 アシュリー・ラングフォード。

 アニミズムでは主人公である勇者たちと敵対するライバル的存在である。邪神騒動によってラングフォード家が危機に陥り、その為か勇者たちや仮面の男を異常に恨んでいた。見た目は気の強そうな金髪美少女として一部には人気はあったのだが、性格があまり残虐で一般受けはしていなかった。秋月も正直見た目は好みだったので主人公の勇者たちと和解して欲しかったのだが、一切そういう素振りを見せず、最後は兄であるエドワードに見捨てられる。死ぬ直前「にい、さま」と兄を想いながら死んでいく様は流石に読者の同情を誘った。


 秋月の視線に気づいたアシュリーは口を固く結ぶように閉じて、秋月を睨んでから二階の廊下へと去っていく。

 アシュリーの隣に居た青年は既に姿を無くしていた。

 しかし、嫌われたものだなと秋月は思う。

 秋月は自身の小さくなった両手を眺めながら、自分があのアーロンに成り変わったのだと実感する。


 アーロン・ラングフォード。

 邪神騒動のキッカケを作ったアニミズム随一の小物。主人公の勇者たちの最初の敵にして呆気ない最後を迎える雑魚。

 アーロンは典型的な血統主義でありながら、パッとしない実力である。妹のアシュリーにすら負ける実力で何故あそこまで威張れているのか不思議でならないと言われていた。平民はもちろん使用人も見下しており、アーロンの評判はラングフォード家の中で圧倒的に悪かった。


 アーロンの失敗は婚約者であるレイラを受け入れなかった事だと言われている。もし受け入れていれば幸せな人生を送れただろうにと誰もが思う。

 アーロンの婚約者であるレイラ・神無月はよくある東の国の出身。設定的は日本を元にしているのだろう。レイラは名家の娘だとされているが実際は東の国の皇族の娘である。だが、レイラはそれを明かすことが出来なかった。その理由として、レイラの左目が邪悪な獣ような赤い目をしており、左顔が黒く爛れている所為だ。何故、そうなっているかはレイラが邪神に呪われている為である。設定的には邪神の生まれ変わりとなっている。そもそもこのアニミズムでは六神教が宗教として普及している。邪神は六神教から追い出された一神であり、六神教において追い出された神を信仰することは許されないものだった。

 だからこそ、レイラの扱いはラングフォード家に来てからずっと酷かった。アシュリーは特にレイラを虐めていたらしく、この辺りも人気があまり無い一因だと言われている。


 アーロンもレイラを嫌っており、自身の婚約者に相応しくないと思っているが、尊敬する父親の意向に逆らえず婚約を結ぶ。

 その後、レイラは甲斐甲斐しくアーロンや家族に尽くすが扱いは変わらず酷いまま。その所為で邪神化に拍車をかける。


 そして、そんな時、最悪な男が現れる。レイラを邪神に仕立て上げた帝国の魔道士。

 帝国の魔道士はアーロンを唆し、協力してレイラを邪神化させようとする。

 それを阻止しようとするのが主人公である異世界から召喚された勇者たちと仮面の男だ。仮面の男と勇者たちはアーロンを拘束し、黒幕を吐かせようと拷問しようとしたが、それをレイラは庇いアーロンを守ろうとする。しかし、アーロンは拒絶し、レイラを嘲笑した。レイラは心を保てなくなり邪神化する。

 アーロンは邪神化したレイラに呆気なく殺された。


 秋月は冷や汗を掻く。

 先程の青年のあの強烈に冷たい瞳を思い出し、漸く納得いった。目を合わせただけで鳥肌が立ったのも理解した。

 あの男こそ全ての元凶。

 アーロン、アシュリーの兄であり、アニミズムの黒幕。

 レイラの邪神化を目論み帝国の魔道士と共にアーロンを仕向けた張本人、エドワード・ラングフォードであるからだ。


 すべてを思い出したからこそ、自分の状況が最悪であると気づいた秋月だった。

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