第30イヴェ 十八が使えない場合の格安移動法

 〈十八〉切符での移動のスケジュール調整の為に自室に戻った冬人が、その数時間後には、再び秋人の部屋にやって来た。


「やばいよ、やばいよ。シューニー」

「一体どうした? フユ」

「シューニーから教えてもらって、乗換案内サイトの『青春18きっぷ』っていうページを使って、遠征の旅程を組んでいたんだけれど……。

 で、途中で気が付いたんだ。

 〈十八〉って、九月の十日までじゃん。前半は問題ないんだけれど、CIちゃんのツアーの後半って、九月の中盤以降なんだ。

 僕、どうしたらいいんだろう……」

「フユ、一回、〈もちつけ〉って。

 ところで、九月後半のライヴの開催場所って何処だ?」

「岡山と仙台」

「おっ、どっちも行ったことあるわ」


 秋人は、記憶を呼び起こすかのように、しばし、顎に手を当てて考えていた。

「そうだな……。いいか、岡山まで、まともに新幹線を使ったら、自由席に乗っても、往復三万円オーバーだ。

 三万あれば、それだけで三回は遠征できる。新幹線はコスパが悪すぎる。

 夜バスを使ったらどうだ?」

「調べたら、運休か、すでに一杯だった。岡山の日、ちょうど三連休なんだよ」


「オッケー、ちょっと待ってろ」

 秋人は、パソコンで何かを調べ始めた。

「はい、ビンゴ。フユ、飛行機を使え」

「シューニー、岡山までの飛行機の料金は新幹線と変わりないよ。それは既に調べたよ」

「ノン、ノン。岡山空港ではなく、高松空港を使うんだよ。高松までなら、LCCが飛んでっから」

「『LCC』って何?」

「格安飛行機のことさ。残席数によって価格変動があるんだけど、高くても、片道一万円しないし、圧倒的に新幹線よりもコスパがよい。

 まあ、高松空港から岡山まで、直行バスが出ていたら、さらに良かったんだけど、無いものは仕方ないので、高松駅まで出る必要があるんだけどさ。高松駅から岡山駅まで、だいたい一時間だし、料金も、高松空港から岡山駅まで、たしか、計二千五百円くらい。これを込みで考えても、新幹線よりも圧倒的に安い。

 ちなみに、俺も、以前に岡山に行った時には、香川経由で行ったんだよ。

 その時には時間があったんで、屋島に行ったり、うどんを食べたり、観光もしたんだけどさ」

「なるほど」

「とまれかくまれ、LCCもまた、遠征ヲタクの〈友〉だよ。

 とにかく安い。

 たしかに、空港まで遠かったり、安い便は、朝早かったり、夜遅かったり、チェックインの時刻が早かったり、持ち込み荷物の制限があったりするんだけどさ」


「何キロなの?」

「基本、七キロ。案外、何も持ち込めないんだよな。

 まあ、観光じゃないんだから、余計なお土産は買わない。ツアーならば、ライヴ・グッズは、飛行機に乗らない会場で買う。重量オーバーして、追加料金をくらったら、これも本末転倒だからな」

「LCCって、いろいろ厳しいね」

「だから、安いんだよ」


「ありがとう。

 仙台はどうしようかな? 思ったほど、バスの本数が無くて、あと、そんなに安くもなかったんだよね」

「確認。仙台は、土日開催?」

「そだよ」

「なら、〈週末パス〉だな」

「何それ?」

「関東、南東北のエリアで、土日の連続する二日間、鈍行列車が乗り降り自由って切符さ」

「〈十八〉みたいなもの?」

「そう。ただ、〈十八〉との違いは、特急料金を追加するだけで、新幹線に乗ることも可能なんだ。ちなみに、普通に新幹線で仙台を往復する場合、〈週末パス〉に特急料金を追加した方がちょっと安くなる」

「へえええ~~~」

「値段が、だいたい九千円だから、バスと比べてみて、安かったら、〈週末パス〉を使うのがよいよ。

 ワイは、〈十八〉期間外の土日の仙台は、〈週末パス〉を使うことが多いかな。

 もしもの時に、〈新幹線ワープ〉を使えるってのが、けっこう利便性高いんだよね」


「なるほど。ほんと、知らないことばっかだ。それにしても、シューニー、別に、テツヲタとかじゃなかったよね?」

「アハハ、それな。

 遠征をやっていると、交通手段には自然に詳しくなるのよ。

 新幹線や、お高い飛行機を使える財力が無いので、少しでも安く済ませて遠征したいんで、色々と考える分けさ。あと、どこの界隈にも、交通に強い、先達ヲタクがいて、俺も、その人たちから、遠征のイロハを教わってきたんだよ」

「その先達が、僕にとっては、シューニーってことなんだね」

「まあ、俺もまだまだなんだけど、なんかあったら、また相談にのるよ」

 秋人は、「まだまだ」と言う時、右手の人差し指を顔の前で細かく左右に振ってみせた。


 それにしてもだ。

 今までは、俺にひっついて、同じ〈現場〉に行ってきた、あの新米イヴェンターの冬人が、独りで遠征とは。

 ヲタクって、いきなり独り立ちして、勝手に好きな演者を見つけて、自力で行動してゆく〈イキモノ〉なんだよね。

 これから、フユとは、徐々に〈現場〉も被んなくなってくるかもな。


 後日、秋人は、冬人から、遠征初体験に関して、色々と語り聞かされた。

 今回のツアーでは、二列目を一度、そして、なんと最前列を二度引き当てたのだそうだ。


「シューニー、やっぱ、〈最前〉しか勝たんよ」

 どうやら、ツアー後半では、最前部にいた冬人に、かなりの頻度で演者から、目線が飛んできたらしい。

 これは、きっと、気のせいではない。

 秋人にも経験があることなのだが、演者は、未体験の場所では、いわゆる、〈おまいつ(おまえいつもいるな)の意味)〉の存在を確認して、安心するらしいのだ。

 さらに、最前ドセンの時、冬人は、予習の成果を存分に発揮し、声が出せない状況の中、精一杯のクラップで、演者を〈おし〉たらしいのだ。


「今日のクラップ、すっごく大きくて、きまってたね。たっのしぃぃぃ~~~」って言ってくれたんだよ。冬人は、そう嬉しそうに語っていた。

 あらら、フユ、ますます、CIちゃんにハマっちゃったみたいだな。


 ツアー千秋楽となる東京公演の際に、秋に発売されるアルバムをひっさげた冬の全国ツアーの発表もあったらしく、冬人は、今度こそ、ツアーを〈全通〉するんだ、と意気込んでいたのであった。


〈参考資料〉

〈WEB〉

 「青春18きっぷ」;「週末パス」、「おトクなきっぷ」、『JR東日本』,二〇二〇年十月三十日閲覧。

 「青春18きっぷ」、『ジョルダン 乗換案内・路線情報・時刻表・運行情報サービス』、二〇二〇年十月三十日閲覧。

 「出発地:東京(成田);到着地:高松」、「フライト」,『JETSTAR』,二〇二〇年十月三十日閲覧。

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