第25イヴェ 〈お☆し〉に願いを
アニソン・イヴェンターの兄弟が、〈惑星集合〉や夏の大三角について、会話を交わしてから数日後の五日の日曜日の事である。
昼食を摂った後に、兄の秋人が、おもむろに、アーティスト名が入った白いライヴシャツに着替えたのである。
「シューニー、突然、ライヴTに着替えたけれど、一体どったの?」
「この後、フェスの配信を観ながらの、〈七夕〉記念のオンライン・ヲタク飲み会があるんだ。
その際に、それぞれの〈おし〉のアーティスト・シャツを着ようって話になったんだよ。
実は、知り合いの知り合いもいるし、全員が必ずしも顔馴染みって分けじゃないので、自己紹介がてらの〈おし〉のシャツ着用って分け。
で、お前も参加する?
参加するなら、ホストの〈グっさん〉に訊いてみるけれど」
「いや、さすがに、僕は遠慮しておくよ」
兄・秋人を除いて、オンライン飲み会に参加するイヴェンターの誰とも面識がある分けではなかったので、その会合に参加する事に冬人は躊躇いを覚えたのであった。
それよりなにより、冬人は、アニソンは好きでも、特定の〈おし〉がいる分けではないし、そもそもアーティスト・シャツを一枚も持っていないのだ。
だが、兄の仲間に挨拶だけはしておく事にした。
そして、フェスの開始前に、冬人は、秋人から弟として紹介された。
モニターを見てみると、オレンジ色、水色、黄色、青、赤、緑、茶色、黒、紺色、白、多色など、様々な色彩のアーティストTシャツを身に纏ったイヴェンター達が並んでいて、まさに、各界隈の〈イヴェンター集合〉だよな、と思った直後、冬人は直観した。
そっか……。
惑星は、夏の宇宙空間にではなく、モニター内のヴァーチャル空間にあったんだ、と冬人は、そんな発想を抱いてしまったのであった。
隣の兄の部屋から漏れ聞こえてくる笑い声は終始楽しそうで、フェスの配信が終了した後も、色彩豊かなイヴェンター達のオンライン飲み会は夜中まで続いていた。
そしてその日の深夜に、SNSのTLに、その〈七夕飲み会〉に参加した、兄・秋人を含むアニソン・イヴェンター達の、オンライン短冊の写真が流れてきたのである。
この状況下、実際に願いを込めた短冊を笹にかけるのではなく、〈オンライン短冊〉なるものさえ出現していたのだ。
冬人は、その一つ一つを読んでみる事にした。
「ポニテのおしろんの浴衣姿がみたい」
あっ、この趣味、絶対にシューニーだ。
さらに、クリックして次の画像を見てみた。
「ツアー全通」
「全大陸制覇。次は、アフリカ大陸、おしるさんに何処までも付いてゆきます」
「早く海外のイヴェントに行けますように」
「世界がアジアになりますように」
かなり衝撃的な文言が次々と目に飛び込んできたので、冬人は兄の部屋を訪れ、短冊の書き手がどんな人物なのかを秋人に訊ねてみる事にした。
「みんな、レジェンドなイヴェンターだよ。ツアーの全通は普通。海外イヴェにも、入国禁止の国以外には、軽率にいっちゃうんだよ」
「『世界がアジア』ってどういうこと?」
「中南米だろうと、欧州だろうと、〈おし〉に会えれば、ヲタクにとってはアジアと同じって意味かな? 今度お会いした時に訊いておくよ」
「すごいね」
さらに、冬人はクリックした。
「おしちゃん、連絡待ってるよ」
「おしのライヴが開催されますように」
「おしのライヴが早く開催されて、こっちを見てくれますように」
「おしとの道がどこまでも続きますように」
これらの短冊においては、それぞれのイヴェンターは、自分が〈おし〉ている演者の名前を書き入れ、一日も早く以前のように、〈現場〉に通って〈おし事〉ができることを望んでいた。
さらにクリックすると、肉眼で視認できたのは次の二つの短冊だった。
「おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい。おしに会いたい」
と、短冊いっぱいに、〈おし〉の名前が書き込まれていた。
さらに、それとは真逆な、こんな短冊もあった。
「おしA、おしB、おしC、おしD、おしE、おしF、おしG、おしH、おしI、おしJ、おしK、おしL、おしM、おしN、おしO、おしP、おしQ、おしR、おしS、おしT、おしU、おしV、おしW、おしX、おしY、おしZ」
短冊一杯に、異なる演者の名前が列挙してあったのだ。
「フユ、これは、杉山さんの短冊だよ。SGDDはブレがないだろ?」
でも結局、みんなが思うのは、〈おし〉のことばかりで、願うのはイヴェント、ライヴでの〈おし〉との再会なのだ。
これらの願いが〈お☆し〉に届くといいな。
でも、逢えるのが彦星や織姫のように一年に一度じゃ、少な過ぎて病みそうだ。
さらに、願いを叶えてくれる、〈ヲタ星〉たる彦星までが十六光年、〈おし姫〉の織姫までが二十五光年じゃ、光速でも、願いが星に届くまで、それだけの年数がかかってしまう。
一年に一回しか逢えないとか、願いが叶うのが十六年後、二十五年後ってのは勘弁してほしいな、と思う冬人であった。
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