曲が無いロックバンド

鳩尾

曲が無いロックバンド

The Lame Data. ザ・レーム・データそれは、日本のインディー・ミクスチャー・オルタナティブ・ロックバンドである。彼等の代表曲は…ない。

彼等の素性は一切謎に包まれていて、TVやラジオメディアへの出演は皆無だった。 YouTubeチャンネルすら、無い。

そんな彼等の人気はカルト的で、今や、日本のインディーズバンド界のカリスマだ。

大学三年生のコーキは、そんな、ザ・レーム・データの、熱狂的なファンの一人だ。

ちょーかっけぇぇ。が、コーキのファーストインプレッションだった。


それは丁度一年前、2020年のバレンタインデーにまで遡る。

コーキはいつも通り、死ぬほど楽で、死ぬ程退屈な講義を受けていた。どうにもこうにも、教授が諦めているのだ。魂の無い授業に魂のない生徒。

単位にこそなりはしないが、英文学科の奴等が少人数で集まって開く、映画や小説の考察の会に無理を言って入れて貰う方が、よっぽど楽しくて、よっぽど有意義な時間だとコーキはよく語ったものだ。

まっちゃん達と見つけちゃった楽単のアルゴリズム。あとはこれにそって、卒業するだけ。それで本当に大人になれんのかな?社会人になれる気がしないんだよな。魂のない大学生だよ。ただ、大金払って、社会人になるまでを四年間延長しただけ。誰かが、「自分を見つけるかけがえのない時間になる。」とか言ってたけど…それって、自分を見つけてるんじゃなくて、諦めをつけてるだけなんじゃない?

コーキはそんな風に考えて、手持ち無沙汰のiPhoneで、ロックとアンロック、ツイッターとインスタグラムの流し見、起動中のアプリのチェックとシャットダウンを、輪廻の様に繰り返していた。

そしてコーキは出会った。そのバンドのアー写が、オススメに現れた。一目で虜になった。一目で、馬鹿げたニヒリズムやアルゴリズム、残り60分に差し掛かった輪廻の輪が、ブチ壊された。

サングラスをかけた四人の男が、カックカクのアメリカのセダンと写る白黒写真。

一人はその古いアメ車のトランクに立ち、ファストフード店のMサイズのカップから伸びるストローを咥え、まるでスターの様に、フレームの外にいる誰かに向かって、手をかざしていた。

一人は、車のルーフをテーブルに見立てたかったらしい。左ハンの運転席側から顔を覗かせ、ホークとナイフを両手に持ってしまえば、車は右に向いているので、それはもう、『最後の晩餐』になってしまう。

グランジ・スタイルとでもいうべきか。髪が長い、この男がヴォーカルだろう。彼は凝った事を何もしない。ジュース飲みとホーク男の中間、つまりは写真の真ん中に立ち、車の右後ろのドアにもたれかかりながら、誇らしげに腕を組んで笑っていた。

そのヴォーカルの横で。右前のタイヤに両つま先をひっかけ、背伸びをする男が最後の一人。つまり彼は、こちらに背を向けていた。親指を立て、示す背中に彼等の正体はあった。

The Lame Data... ちょーかっけぇぇ。

コーキは直ぐに彼等のアカウントをタップし、プロフィールに飛んだ。アーカイブには、2つの写真が…一つは先程確認したアーティスト写真。もう一つは、どうやらファーストシングルのアート・ワーク、いわゆる、ジャケ写の様だ。

“Free Wifi for Y’all” それが彼等のファーストシングルだった。

それは、四人がアー写に使われていたアメ車を、とことん破壊している写真だ。先程のジュース飲み以外が、金属バットやバールを両手で打ちつけ、笑いあっていた。ジュース飲みはというと、発煙筒を両手に持ち、膝をついて、『ザ・ロック』をしている。

ちょーパンクじゃん‼︎

コーキはその悪ふざけに、メッセージ性を見出した。手汗が止まらなかった。興奮した。

と、いうのも、この当時の日本では、とある機運が高まりをみせていた。

データ通信解放戦線とでも名付けるべきだろうか…

東京オリンピックを目前にし、フリーWiFiを政府が率先して街中に張り巡らせていくべきだという声が、巷に溢れたのだ。

「あんなね、蕎麦屋や定食屋にある、直訳した様な英語メニューなんか、何の役にも立たないんですよ。はっきり言ってね、WiFiを導入してしまえば、解決する。」そんな極論を言う、情報番組のコメンテーターも少なくなかった。

「しかしね、現に、フリーWiFiを使ったネット犯罪は、巷に溢れていますよ?ほら、映画にもなっている通りね。」

「だから、それを制御するのが政府の仕事だって言ってるんでしょう?」

「そんな資金、どこにあるんです?」

「散々無駄遣いをしておいて、何を今更、金の話しなんてしてるんです。」

そんなコメンテーターの言い合いを見たのをコーキは覚えていた。

…そうか!だからレーム・データ!役立たずのデータ通信なんだ!俺達を速度制限から解放してくれるんだ!外国人をフリーWiFiで迎え入れるんだ!この日本を、WiFiだらけにしてくれるんだ!


結局、なんも変わんなかったな。散々騒いどいて。何年もあっただろ。結局何が変わったんだよ。俺も、東京も。

コーキはスーツ姿で、電車に揺られていた。インターンの帰り道だ。大学三年のこの時期からインターンに参加しているというのは、周りの友人に比べれば、早い行動だった。何にとは言えないが、コーキは、何かに諦めを付けたつもりだった。

だがしかし、全くもって、しっくりこない。

やっぱり社会が、しっくり来ない。

今日、帰って何しよう。まっちゃんまだ大学いっかな?—あ、今日、バレンタインだ。きっと彼女だな。


ん?あの人…マジィィ‼︎

その男は千川で降りた。

何で千川?池袋じゃないの?

コーキは後を追う。


「あの!すみません!」

「ん?」

「レーム・データの人ですよね?一番、ヴォーカルっぽい…」

「ははっ、そうかな?—まぁ、そうだよ。俺、メンバー。」メンバー(↑)ではない。メンバー(↓)なのだ。

「うーわー!ファンです!握手して下さい!」

「あー、ありがとう。」そう言って、ヴォーカル疑惑は手を差し出す。「よろしく。」

「うはぁ‼︎ありがとうございます!」コーキはヴォーカル疑惑の右手を、両手で強く握り締めると、手汗が溢れる予感がして、直ぐにその両手を引っ込める。

「お名前、なんていうんですか?」

「多田。君は?」

「コーキです!」

「あー、そう。君さ、仕事終わり?」

「はい!僕はインターンなんで…早くあがれるんです。」毎度の事ながら、こういった無駄な詳細を披露してしまう自分自身に、コーキは心底呆れる。

「あー、そう。ねぇ、そこのファミレス、行く?コーヒー奢るよ。ちょっと、暇なんだ。」

「マジっすか⁉︎ぜひ!」まじかよ最高!今日死ぬのか、俺?


かっけーコートだなぁ。チンピラみたいな柄シャツも、様になってる。本当にかっけぇ。

「君、タバコは?」そう言って、多田は傍らに丸めたコートの内ポケットから、手巻きタバコのシャグと、フィルターを取り出す。

「いいえ。お気になさらず、吸っちゃって下さい。—ん?何ですか、それ?」歯医者さんが口に詰める棉だ。その赤いパックは?—チェ・ゲバラだ!—やっぱりこの人、革命の人だ!

「これ、巻きタバコ。このチェのパックに入ってるのが、ハッパ。」

多田は慣れた手つきで、タバコを巻き始める。実に怪しい。これ、合法なの?というツッコミをコーキは必死に呑み込む。

多田は仕上げに舌を出し、タバコ紙のノリ面を、ハーモニカの様に舌に擦り付けた。ただのアブラトリ紙、カブト虫の土、歯医者さんの棉のように見えたブツが、あっと言う間に一本のタバコになってしまった。

多田はそれに火を着けて、それはそれはウマそうに吸う。

「ごめんね。みっともない所見せて。でもこれ、安いんだ。ほら、高いだろ?タバコ。」

「あー、はい。いえいえ、全然みっともなくなんて… やっぱ、憧れとか、あるんですか?ゲバラの生き方に?」

「は?」

「え?」コーキは、シャグ、チェ・ゲバラのパックにもう一度目を向ける。「それ。」

「あぁ…いや、別にっ」多田は歯を軽く見せて、鼻で笑った。

「てか、何した人、チェって?」

「まじっすか⁉︎革命戦士っすよ?それこそ、レーム・データの皆さんみたいな!」

「へー。でも、俺らはそんなんじゃないよ。ただの、おふざけだし。」

「は?」

「え?」タバコを口に運ぼうとしていた多田が、目を見開き、口をアホみたいに開く。

タバコの煙が、真上に上がっていき、消えていく。

「ま、いいや!他に訊きたい事あるんです。何で、曲、発表しないんですか?ジャケ写はあんなにあんのに。どこ探しても、曲、アップしてないですよね?」

「俺さ、一人で音楽やってんだ。DTMってやつ。わかる?—だから、自分がやりたい曲は、そっちで発表してる。もちろんそれだけじゃ食えないから、バイトしてるよ。」

「え?じゃあバンドは?」

「俺ね、バンド組みたかったんだ。だけどね、誰かとやると、どうにもこうにも、イライラしちゃうの。自分がやりたい事が出来ないし、上手く伝えられないんだよね。それで、何で分かってくれねーんだよ!って、ブチギレちゃうの。」

「だから写真だけ?」

「そーゆーこと!友達とね、好きなバンドとか映画の真似しながら…インスタに上げて楽しんでんの。もし、バンド組んでたらこんな感じかなーって。楽しいもんだよ。」

そこまで言って、多田はようやくタバコに口をつける。火種が、真っ赤に燃える。

「じゃあ、データ通信解放戦線は?」

「なんだい、それ?」

「結局、WiFi増えなかったじゃないですか、東京に!」

「あー。オリンピック?別に俺、そんな東京行かないしな。埼玉人だし。WiFiないの?そっちの方は?」

「まじっすか?下北とか、その辺、行かないんですか?」

「うーん。行かないね。知り合いがライブやる時は行くけど。」

「じゃあ、あの、ファーストシングルは?Free Wifi for Y’all は?」

「あー、ははっ、あれね。」多田がタバコを押し付けながら笑う。鼻と口から漏れる最後の煙は、笑う度にその排気量を増やす。

「Free wife for y’all だったか、milfだったか忘れたけどね、そんな様なポルノを皆んなといる時に観たのよ。めっちゃエロくてさぁ。そんで、それをもじって、WiFiにしたってわけ。特に意味なんてないよ。」

「じゃあ、バンドの名前は?」

「あー。あれね、Tシャツのプリント、ミスっちゃって。もーそれでいっちゃおーぜ!って。」

「そんなデタラメな!」

「そーだよ。俺達、デタラメだよ。もともと、The Data Lame だし。デタラメって読むの。データ・レームで。」

「そんなん!」

コーキはテーブルに両手を突いて立ち上がる。灰皿の上で微かに生きていた火種が、完全に消えた。

「…すみません。でも、そんなの…意味、あるんですか?何のためにそんな事やってるんですか?」

「意味?—楽しいから。それじゃダメ?」


「じゃあ、諦めてるんですか?」

「は?」

「諦めてるんですか?売れる訳ないって。メジャーなんて無理だって。革命なんて起こせる訳ないって。」

「うーん。そりゃ、メジャーから声なんてかかって来ないし、そもそもバンドとしては、曲だって発表してないけどさ…」


「でもさ、諦めてはないね… 信じてるんだよ。自分がカッコイイと思う物を。面白いって思う物を。そーじゃないと…飽きちゃうだろ、人生。ただ働いてるだけじゃ。きっと、皆んなそーだぜ。君も、そーだろ?そんな…劇的な事なんてね、そうそうないよ。」

コーキは何も応えられない。

多田は真っ直ぐにコーキを見詰める。彼は凝った事は何も言わない。誇らしげに腕を組んで、口を開く。

「飽きたらダメだよ、人生。」


コーキは、やはり死んだ。火種は、確かに消えた。今こそ、灰から蘇る時だ。

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曲が無いロックバンド 鳩尾 @mizoochi

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