100分の1の確率で死ぬ女騎士

富士之縁

「くっ、殺せ……!」

人物、組織、世界観などの紹介的な側面が強めの10話

第1話 オークの罠と女騎士

「くっ、殺せ!」


 洞窟の中で声が響く。声の響き方からして、それほど広くはなさそうだ。

 気が付いたら私はこの洞窟にいて、周りをオークたちに囲まれていたのである。

 狭い空間にひしめき合うオークたち。野原にいても薄っすらと分かる獣臭が濃縮され、霞のようなものまで見えていた。

 どいつもこいつも私に下卑た視線と笑いを送ってくる。

 だが、どうしてこんな状況になっている? 思い出せ……。「殺せ」と言っておいて何だが、それを思い出せるまでは死ねない。いや、そもそも咄嗟に口をついて出てくる言葉が何故ソレなのか。

 私の悩みに気付くわけもなく、群れの先頭に立っていたオークが勝ち誇った顔を見せた。集団の中でも一際大きい体格と牙。コイツがこの群れの棟梁とみて間違いなさそうだ。


「殺せだァ? 同胞を何体も殺したお前をそう簡単に殺すわけがないだろうが! 甘ったれるんじゃねぇ!」


 飛んできた唾と不可解な発言で、無意識に眉根が寄る。


「……何体も? 殺した? 私が、か?」


 部屋を渦巻いていた笑い声が突如として消え去った。

 オークの棟梁が背後の仲間に顔を向け、


「おい、罠担当! コイツじゃないのか、あの金髪女悪魔は! 間違っていたら、アレを始末し損ねたことになるぞ! アレを野放しにしていたら、ワシらは終わりじゃ……。この責任、どう取ってくれるんだ? あぁ?」


 いきなり説教タイムが始まった。今までとは別種のビリビリとした空気が張り詰める。

 群れていたオークたちが「罠担当オレじゃねーし」といった風に一歩下がると、少しひ弱そうなオークが一体取り残された。ずっと下を向いて体を震わせている。

 数秒経って、か細い声がした。


「き、金髪ですし……ほら、騎士団の鎧も着ていたから、本物ではないでしょうか」


 鎧? しかし今の私は、腕と足を椅子に縛られている点を除けばとても身軽だ。

 不審に思うほどの身軽さだったので慌てて確認してみれば、鎧を着ていないどころか、服もところどころ破れていて、下着同然の恰好だった。急いで股を閉じる。


「なっ、か弱い乙女を悪魔呼ばわりしたと思えばこの狼藉……! それより、騎士団の鎧とやらはどこだ? 金髪の人間なんていくらでもいるぞ」

「そうだ。女を捕まえたという報告は聞いたが、ワシも鎧は確認しとらん。こいつがオークを易々と千切っては投げ千切っては投げる怪力女とは別人なら、要らぬ労力を割かされたことになるぞ。おい、報告担当。お前、鎧は?」

「そういえば鎧は見てないっすね」

「それみたことか! 私はその……モンスターに恐れられるような人間ではない。というか、そんな人間存在するのか?」

「この女の反応はとぼけているようには見えん。この落とし前、どう付けるつもりじゃ」


 他のオークたちからも罵声を浴びせられ、よわそうなオークが露骨に言葉を詰まらせた。


「うっ、それが……この女は落とし穴で捕まえた時から鎧を着ておらず……」


 一層の圧が掛かると、悲鳴を上げるように言葉を続けた。


「し、しかし、穴の周りには同胞が数名倒れておりまして、凶器は不明ですが全員即死。こんな芸当が出来るのはあの女を置いて他にありません!」


 再びオークたちの視線がこちらに集まる。このままでは何が起こったのかもよく分からないまま、変な野蛮人と間違えられて殺されてしまう。殺されることはともかく、野蛮人と間違えられたままというのは面目が立たない──誰に?

 数名の人影が脳裏をチラついたが、詳しいところまでは思い出せなかった。もう少し手掛かりがあれば思い出せそうな気もするので、ここは時間稼ぎをさせてもらう。


「そ、そんな身体能力の人が落とし穴なんかに掛かるわけないだろう! きっと、穴に落ちてしまった私を心配して、周りにいたオークを倒してどこかに行ったのかと……」


 オークの棟梁が一度頷く。


「言われてみればその通りだ。大体、罠の作りが雑過ぎだと何度も言ったじゃろ。土の色が全然違うんじゃ。あんな見え見えの落とし穴に掛かる人間なんてどこにもおらん。戦闘経験があれば特に……」

「し、しかし、自然になるように細工すればするほど同胞がうっかり落ちる確率も上がるため致し方なく……」


 周りのオークが茶々を入れる。


「でもあのレベルの落とし穴に引っかかるこの女の間抜けぶりは傑作だぜ。あんなの、オレらでも引っかからねぇっての。こいつの知能がオーク以下なのか、視力がオーク以下なのか」


 盛大に馬鹿にされているが、時間稼ぎが出来ているので許してやろう。しかし一向に思い出せる気がしないので許せん。


「それに、誘き寄せるためのエサとして焼いた肉の塊を使うという発想も絶対におかしいって何度か言ったと思うんじゃが。人間って普通、地面に落ちている肉食わんじゃろ」

「つーか、あの肉ってヤバい毒が盛られてたんでしょ? あの肉はどこに行ったのさ。うちのバカ息子が拾って食べたら危ないからな」

「肉は……あっ、確かこの女が倒れていた場所の近くにそれっぽい骨が落ちていたような」


 またしても私の方に視線が集中した。だが、肉を食べたのが私ではないことは明白だろう。何故か全くお腹が減っていないのだが、それはそれ、これはこれだ。


「な、何だ? お前たちの話では、肉に強力な毒が盛られていたのだろう? ならば私がこうして喋っているのはおかしいのではないか?」

「ぐぬぬ……確かに、あの肉には集落がドラゴンに襲われた時のための秘蔵の毒が用いられていたはずだ。もし食べたとすれば、人間ごときが生きていられるわけがない」

「でも肉はどこにも……」


 議論が行き詰ったオークたちのイライラが募る。そして、その捌け口は当然……。


「難しい話は後じゃ、あと。まずはコイツを犯し尽くして殺してからにしようや」


 待ってましたと言わんばかりにオークたちが歓声を上げる。


「おか、お菓子……? そんな甘ったるそうなことを言わずに、男なら男らしく一息に殺せ!」

「フン、そうとう頭がおかしくなっているようだが、すぐに身体に教え込んでやるわい」


 オークたちが鼻息を荒げてから数秒、何かが崩れるような大きな音と、ギリギリかき消されなかった悲鳴、そして、この一連の音を生み出した空気の震えのようなものが耳に届いた。

 オークたちが一斉に私に背を向けて振り返ると、タイミングよく、この洞窟の部屋の扉が破られた。

 野太い声と、それに比べれば少し細いが芯の通った声が続く。


「邪魔するぜ」

「テトラさん、生きてますか? 確かこの辺で鎧に仕込まれていた救難要請用の魔法が起動されていたはずなのですが……」


 男の放つプレッシャーに圧されているのか、オークたちは警戒態勢のまま動かなかった。

 隙に乗じて、やってきた二人の男を確認する。


「よお、オークども。この辺でうちの下っ端を見なかったか? あいつだけ道に迷ったみたいでな、オーク狩りの依頼で現地集合だってのに、昼になっても、あいつもオークも姿を見せねぇ。こりゃ何だか様子が変だってわけでお邪魔させてもらったわけよ」


 顎髭を撫でながら、友達に接するような気安さでオークに質問を投げかけている。体格も声もデカい。大きな剣を担いではいるものの、鎧は着ていないため、騎士団ではないのだろう。

 視線を隣のヒョロい青年に移す。隣の筋肉ダルマとは対照的な体格で、性格も控えめそうだ。やはりというか何というか、こちらもオークの巣に来る人の服装ではない。スーツである。まだ隣のジャージの方が時節に合った服装だろう。

 スーツ男と視線が合う。

 男は視線を下に動かしたかと思うと、いきなり視線を横にずらして顔を赤くさせた。


「ちょっ、団長! テトラさんいましたよ。あの奥、椅子に縛られていて……」

「ワハハ、あいつに縛りプレイなんて無理だろう。アレを縛れるヒモが存在しないからな」


 団長と呼ばれた男は私のことを一顧だにしない。……が、どこかズレた二人のやり取りには何故か既視感があった。

 もしかしたら私はこの二人をどこかで見たことがあるのかもしれない。だが、どこだ? あの男は何の団長なんだ?

 私が必死に記憶を漁っている間に、オークが話を進める。


「下っ端とやらがどんな人間なのか分からなければ答えようがないな」

「おお、そうだな……」


 男が首を捻って視線を上に上げた瞬間、オークたちが一斉に飛び掛かった。間違いない、あの男はバカだ。モンスター相手に隙を見せすぎだろう。

 だが、男は「う〜ん」と唸りながら持っていた大剣を軽々と一薙ぎしてオークたちを吹き飛ばした。

 その光景を目の当たりにして、思考の袋小路にも一筋の光明が差す。

 彼らが何者なのか、私は誰なのか、何をしなければならないのか。

 手足に力を込め、金属製の手錠と足枷を椅子ごと引きちぎってオークの棟梁にに投げつける。


「なんだァ〜? ……あっ」


 ギロリと睨みながら振り返った棟梁が引きつった笑みを浮かべた。他のオークたちも続々と動きを止めた。

 こういう獣どもは何も考えずに叩き潰すのが一番なのだが、これまでのやり取りが変な空気を生み出していて非常にやりづらい。

 無言で佇んでいると、団長が口を開いた。


「テトラ、こんなところに居たのか! 無事そうで何よりだが……遅刻の罰だ。後始末して帰ってこい。今日は仕事終わり! アイヴィ、帰って飲もうや」

「ダイナ団長、それではテトラさんが可哀想ですよ。それに、剣も鎧も持ってなさそうですし……」

「あ? テメェまたやったのか? もう経費じゃ落ちねぇって何回も言ったよな? 後で金も用意しておけよ」


 二人の名前だけでなく、自分の懐事情も思い出したので敬礼しながら抗議する。


「オークの卑劣な罠に含まれていた毒の影響で記憶が一部飛んでいます! 初耳ですね! 次からは気をつけます! 今回はご勘弁を!」

「毒? 大丈夫なんですか、テトラさん?」


 オークたちが私の代わりに悲鳴のような声で答えてくれた。


「大丈夫なわけあるか! ドラゴンを殺すための毒だったんだぞ! アレで死なんとか、ワシらは終わりじゃ……」

「というか、あんな罠感丸出しの地面に置かれた肉を食べる時点でどこかがおかしいのでは……?」


 オークたちの話を聞いて二人が小さく首を横に振った。


「そのヤバい頭でも理解できるように、今回もキッチリ代金を払えよ。身に染みなきゃ分からねぇのかよ……」

「テトラさん。子どもじゃないんだから拾い食いは止めてくださいよ。……あっ、団長、僕は他のみんなに仕事が終わったことを伝えてきますので」

「おう、また街でな」

「あっ、ちょっ、団長? アイヴィ君? 手伝いとか……もうちょっと心配してくれてもいいんじゃないかな〜、とか……」


 私の言葉を聞かずに二人とも帰ってしまった。罠にかけられた屈辱も合わさってイライラが加速する。


「オークども……。ちょっと気晴らしに付き合ってくれるよなぁ?」

「ヒェッ! ギャーーーーッ!」


 狭い洞窟の中に悲鳴がこだまする。

 オーク相手に剣など要らない。片っ端から殴り倒しながら、換金してくれそうな部分をバキバキベリベリ採取していく。

 抱えられるだけの素材を持って家路を急ぎながら、自分の記憶、そして現実にため息をついた。

 私はテトラ。カルボニス王国が誇る王立騎士団に採用されてから約半年。大変不服ながら、「血塗れのテトラ」というあだ名を頂戴している。

 ……もっと優美なやつに変えて欲しい、切実に。

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