ギャルゲオタお姉さんの理想の彼氏は俺らしい
藤井論理
第1話「見事に平均点」
俺は年上のお姉さんから熱い告白を受けていた。
「わたしの心が訴えてるの。君はまさに『理想の彼氏』だって……!」
そう言って彼女は俺の手を胸に抱くように握った。
柔らかくも、しっかりと手を押しかえす弾力。たとえるなら『崩れないババロア』。大きさも形もボウリングのボールみたいなのに、硬さとは無縁の丸みだった。
「だからお願い――」
彼女の真剣な目が俺をとらえた。
「わたしの『恋人』になって!」
俺は地下鉄に揺られながら、
告白されたのはトヨハシカメラのギャルゲー売り場。
恋愛ビギナーである俺のイメージだが、告白にふさわしいシチュエーションというのは、たとえば学校の校舎裏や夕日の射す土手、あるいは打ち上げ花火を見あげながらとか、そういうのではないだろうか。
少なくともポイントカード勧誘のアナウンスもかしましいギャルゲー売り場ではないはずだ。しかしいま思えば、俺たちの関係のはじまりとしてこれほどふさわしい場所はないと思える。
最初は断るつもりだった。
彼女を作って高校生活を謳歌したいなんて人並みの願望を持ってはいた。しかし、初対面の女性にいきなり告白されてふたつ返事でオーケーしたり、胸の柔らかさに劣情を駆られて勢いだけで付きあいはじめたりするほど貞操観念はゆるくないつもりだ。
ではなぜ『恋人』になったのか。
それは、羽菜さんは初対面ではあったが、完全に初対面とも言いきれない――むしろ恩人と言っても過言ではない人物だったからだ。
俺はお気に入りの曲をヘビーローテーションするみたいに、羽菜さんとの思い出をまた最初から思いかえした。
◇◇◇
ポコン、ポコンと音がする。
夕暮れのテニスコート。友人の
中間試験が終わり、久々の部活。俺はいつものとおりコート脇のベンチに座っている。
俺は帰宅部のくせに帰宅しない。
課題は放課後、図書室で終わらせる。飛鳥馬が部活の日は居残り練習に付きあう。部活がない日は彼と遊びに出かけたり、ひとりで繁華街をぶらぶらする。
進学を機に都会のこちらに引っ越してきて一人暮らしをはじめた。実家はド田舎。最寄りのコンビニは個人商店だし、店員も客も顔見知りで、買い物に行くと世間話に付きあわされるため軽く三十分は覚悟しなければならない。
そんな田舎特有の密な関係に慣れきっていたから、孤独への免疫力が低いのかもしれない。
練習に付きあうといってもなにかするわけじゃない。最初のころは話をしたりもしたが、毎日だと話題もなくなる。スマホでソフトテニスのルールを調べてみたり、飛鳥馬が怪我でもしたときのために応急処置やマッサージの勉強をしたりもした。
それもやりつくして、最近はもっぱらスマホゲームに興じている。
いまプレイしているのは『おね☆ちゅう』。世に言うギャルゲというやつだ。
子供のころからいろいろなジャンルをプレイしてきた。育成や重厚なストーリーを楽しむRPG、キャラクターを素早く操作して難関を突破するアクションゲーム、頭を使う落ち物パズルも。
でも結局ギャルゲに落ち着いた。キャラ同士の会話を読み、ときおり出てくる選択肢を選ぶだけで楽しい。俺は成長や達成感、知的興奮よりも、コミュニケーションそのものから快楽を得るタイプなのかもしれない。
中学のころよりもプレイする時間が多くなっているのは、やはり人恋しさなのだろうか。
画面には、頬を染めた二次元の女性が映っている。白いブラウスのよく似合う、おっとりとしたお姉さんキャラ。
画面下部には三つの選択肢が並んでいる。
・微笑む
・手を握る
・抱きしめる
「『微笑む』じゃない?」
「うおっ!?」
いつのまにかカゴのボールを打ち尽くした飛鳥馬が、俺のそばに来てスマホを覗きこんでいた。息があがっている。
「はあ、はあ……。スキンシップは、はあ、はあ……、まだ早い……はあ、はあ……!」
「はあはあしながらピュアなこと言うなよ」
さらさらの髪の毛、鼻筋の通った甘いマスク。いかにもテニスの似合う容姿だが、これで中学生のころは野球をやっていたというのだからわからないものだ。しかもいわゆるエースで、将来を嘱望されていたらしい。
入学したてのころ、飛鳥馬はその容姿と人当たりのよさですぐに人気者になった。しかし二年の先輩からしつこく野球部に勧誘され激高、胸ぐらをつかみ、あわや暴力沙汰。それ以降、彼の周囲からひとが減り、いまでは俺以外とつるむことはほとんどない。
野球をやめてしまった原因は誰も知らない。故障でもしたのだろうかと考えたが、引退するほどの怪我をしてソフトテニスを問題なくプレイできるものだろうか。スポーツには詳しくないのでよくわからない。
いずれにしろ、ソフトテニスに打ちこむ飛鳥馬はとても楽しそうで、だったらそれでいいかと思う。
「ここは『抱きしめる』だよ」
俺は一番下の選択肢をタップした。
おっとりお姉さんはちょっと驚いた顔をしたあと、
『ずっと不安だったの。わたしみたいなおばさん、君にふさわしくないんじゃないかって……。だから、すごく嬉しい……』
と言ってはにかんだ。画面右上の好感度メーターが急上昇する。
「な?」
俺がどや顔をすると飛鳥馬は鼻白んだ。
「フィクションの恋だと大胆だね」
「だろ?」
「褒めてはないよ?」
飛鳥馬はコートへ引きかえし、散らばったボールをカゴにもどしていく。俺もゲームを中断してボール拾いを手伝った。
「ところで
「六十八点」
「英語は?」
「六十三点」
「世界史は?」
「六十二点」
「見事に平均点」
二点くらいの誤差はあるものの、俺の点数はすべて線グラフの
テストだけじゃない。俺という人間はすべてにおいて平均点しかとれない。
飛鳥馬のように眉目秀麗でなければ、特別醜いわけでもない。運動も、たとえばマラソンの順位はいつも真ん中あたり。パリピではないし、かといって陰キャというわけでもない。
しいていうならギャルゲオタクかもしれないが、にわかもにわかだ。プレイしているのは暇つぶし目的。はまったと言えるほどのギャルゲは一本しかない。
リア充にもオタクにもなれない。特筆すべきものがない。何者にもなれないモブキャラ。それが俺、
だから俺は帰宅部を選んだ。俺みたいに半端なやつが入部したら迷惑をかけてしまう。
ボールを集め終わり、飛鳥馬は再びサーブ練習をはじめた。ポコンと打ったボールはコーンから約一メートルも離れた場所を飛んでいった。
サーブの練習ばかり、よくつづくものだと感心する。
コーンに当たったことはある。しかしそんなまぐれではなく、三回連続で当たらなければ意味がないそうだ。ちなみにいままでの最高連続記録は一回だ。
いよいよあたりは暗くなりはじめ、飛鳥馬の顔もよく見えなくなってきた。
「そろそろ帰るわ」
俺はベンチ脇に置いたカバンを持ちあげた。
「今日も付きあってくれてありがとうな」
飛鳥馬は手を止めて礼を言う。毎回、律儀に。そんなにありがたがることでもないと思うが。とくになにもしてないし。
「ん」
短く返事をして、テニスコートをあとにした。
もう少し暇つぶしをしたい。ひとがたくさんいてがやがやしているところがいい。
――トヨハシカメラにでも行くか。
俺は駅のほうへ足を向けた。
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