託されたナイフ

 二人と別れた帰り道、翔流は一人、考え事をしていた。


(世界破壊、か)


 魔王の野望は世界を破壊すること。正確に言えば、地球を汚す愚かしさの極みである人類を絶滅させること。

 その為の、結界。


 あの結界は人間の魂を吸収し、貯蓄する。そしてそこに一定量の魂が貯まった時、大魔法が発動する。溜め込んだ魔力を須く消費し、拡散することでこの世界を魔力で埋め尽くす。


 異次元には魔族と人族という二つの種族があり、魔族が世界を支配していたらしい。

 魔族と人族の最大の違いは、魔族は魔力を吸収し続けなければ生きていけない、という所だ。そんな致命的なデメリットを持っていては人類の絶滅など、ただの夢でしかない。


 そこで開発されたのがあの結界だ。

 あの結界は魔力を常に放出している。その為、魔族は結界の外にいる限りその魔力を吸収し続けることで消滅する事はない。そして大魔法が発動した暁には、魔族は半永久的にこちらの世界に留まることができる。


 しかし強大な魔力を持つ魔族の中の魔族、魔王といえども魔力を放出し続けるような大盤振る舞いは一日に一回、せいぜいこの街を覆い隠す程度の結界を一時間ほど保つのがやっとということらしい。


 だが、この結界の中にいる人間は魂を抜かれるという行為に耐えることが出来ず、昏倒してしまう。この結界の中で動くことが許されているのは一定上の魔力を持っている者だけなのだ。


 更にこの結界は認識を阻害する効果も有しており、外から見ても何の変哲もない光景にしか見えないらしい。

 魔力を持つ者が殆ど居なくなったこの世界では、魔王の人類滅亡を阻止できるものなど皆無に近いだろう。


というのが、亡き祖父が残した遺言状に書いてあったことだ。


(俺達に人類の未来が懸かってる、とか言われてもな……)


 正直な所、実感など毛程も無かった。突然世界が、何て言われても海外にすら出たこともない一高校生に過ぎない自分に一体何が出来ると言うのか。

 この胸にあるのはただ、どうしようもないほど個人的なものだけだ。


翔流は胸の辺りに手を当て、感触を確かめるようにそれに触れる。

それは、祖父が残し、亡き父が死ぬ間際に自分へと託された一本の、黒いナイフだった。

 相手の魔力を喰らい、その分だけ威力を増す。

 まさに魔王と戦う為に作られたような武器であった。


 その感触を確かめながら、その身にかかる重圧を言葉と共に吐き出すように呟いた。


 「まあ、なるようにしかならないよな」


 その言葉は投げやりのようであり、しかし翔流の本心でもあった。自分に出来ることなどこの手の届くことだけ。

 そんな適当な言葉を最後に閉じぬ思考を虚空へ投げ捨て、普段通りの気軽さでこの場を去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒刀煌めく夜 蕾々虎々 @lyanancy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ