魔物飼士はつぶしがきかない

オリハ

プロローグ

 木製の椅子が軋む。古い物なのか、前後左右どこに体重をかけても座板は水平にならない。しっくりくる体勢が見つからず、どうにも収まりが悪い。


「すみません、リドさん。お待たせしてしまいまして」


 扉が開き、肥えた中年の男が入ってきた。柔和な印象を与える笑顔を浮かべている。


「あいにく、現場の者は出払っていましてね。代わりに対応させて頂く者です」


 男は名乗ったあと、向かいの椅子に腰掛けた。やはり古物らしく、木製の椅子は低い悲鳴を上げる。


「お時間頂き、ありがとうございます。よろしくお願いします」


 こちらが挨拶をすると、男は「よろしくお願いします」と軽く会釈で返し、手に持った一枚の紙に目をやった。面接前にこちらが記入した志望書だ。


「うちは魔物を狩って、その素材を加工して問屋に出す商売をしています。魔王が倒されて以来、魔物が人間に対して好戦的ではなくなったので、最近は狩ってる時間より探してる時間の方が多いみたいですけどね。リドさんは狩猟業を志望されている、ってことで良いですね?」

「はい」

「ええと、歳は二十歳。ウラシア大陸出身。経歴の方は……」


 男は志望書に目を走らせる。


「カルバさんのパーティに所属されていたんですか! カルバさんといえば、魔王を討伐した勇者じゃないですか!」

「はい、そうです」

「これはこれは、素晴らしい経歴をお持ちで。カルバさんのパーティと言えば、剣聖プロートや、大陸一の魔法使いのラルミネが所属していたところですね」

「ええ、彼らと共に三年ほど冒険し、魔王討伐にも同行していました」

「いやはや、リドさんのお名前も存じているべきだったんでしょうが、物知らずでお恥ずかしい」

「いえいえ」

「たしか一年ほど前、北の山の魔物に捕らわれていた少女を助け出したのもあなた方でしたな。うちの娘と同じような年頃だったもんで、印象に残ってますよ」

「はい。珍しい出来事だったので、よく覚えています」


 好印象な滑り出しだ。そう、いつだって最初は好印象なのだ。


「して、パーティ内ではなんの役職についてらしたんです?」

「はい、魔物飼士モンスターテイマーをしていました」

「ほう、もんすたーていまー」声のトーンが少し下がる。「私は内業の人間なもんでよく知らないのですが、それはどのようなことをする役職なのでしょうか?」

「魔物とは、魔力に脳を支配された生き物である、ということはご存知でしょうか?」

「ええ、知識としては」

「私は飼配テイムという特殊な魔法を使い、魔物の脳を支配している魔力に干渉することで、その魔物の思考を読み取ったり、操ることが可能です」

「ほぉ、魔物を」

「はい。魔物の強さや条件によって成功率は変わりますが」

「なるほど、そうなのですか」


 言葉の上では関心した様子を見せているが、声に熱がこもっていない。


「それで、その……魔物を操ることで、どういった成果が得られるのでしょうか?」

「魔物の拠点地やボスの元へ案内させ、ダンジョンを短期間で攻略することが出来ます。また、知性の高い魔物を飼配テイムできれば、ダンジョンの構造等をその場で知る事も可能です」


 説明が進むにつれて男の丸い顔から興味の色が引いていく。「そうですか……」と覇気の無い相槌が返ってくる。


「なんというか……ダンジョン攻略に特化したスキルですねぇ」

「はい」

「今はもう、未攻略のダンジョン自体、あまり無いのでねぇ。魔王がいなくなったので、新たなダンジョンも出来ませんし」

「……はい」


 以後の話の流れがだいたい読めてきたので、こちらの返事も弱々しいものになった。


「それにうちは、というか大抵の魔物狩り業者は、基本的に野外で狩りをしてまして。たまに攻略済みのダンジョンで狩りを行うこともありますが、まぁ、攻略済みなので大抵は地図が作成されてるんですよね」

「でしたら、魔物飼士モンスターテイマーとしてではなく、通常戦闘員として雇っては頂けないでしょうか?」

「通常戦闘員は、正直今でも多すぎるくらいでして。魔王討伐後に失業した冒険者が、大量に押し寄せてきたもんでねぇ。それに、リドさんは恐らく通常戦闘の方はあまりお得意ではないのでは?」


 役職から想像したのか、あるいは俺の体格を見てなのか。どちらにせよ図星だった。「はい」と椅子の軋みに負けそうな声で返事をする。


「そうですか……」男は難しそうに顔をしかめる。

 数瞬の沈黙を挟んで、「いやぁ、それにしても……」と男が口を開いた。『それにしても』は話題を切り替えるときに使う言葉だ。つまり、採用の話は終わったということだろう。


「カルバさんのお仲間だったような方なら、国軍の方で働かれるものだと思っていましたよ。他の元冒険者も、国軍に入った者が多かったでしょう?」

「ええ、私もそちらを希望したのですが……あの、大変お恥ずかしい話なのですが」

「はい」

「入隊試験で落とされまして」

「…………」

「戦闘の実技の点数が足りなかったもので……」


 さっきより長い沈黙が流れた。向かい合った二人の男が椅子を鳴らすだけの時間が少しの間続いた。

 もちろん、俺と違って仕事中である彼はいつまでもこんなことをしているわけにいかないわけで、話を進めるべく「でも、あれですねぇ」と口を開く。


「いや、なんというか、国も薄情ですよねぇ。魔王を討伐した冒険者の一人なんだから、ちょっと点数を水増しにするくらい、しても良いものだと私は思いますけどねぇ」


 少し引きつった笑顔を浮かべて、男は笑った。

 俺は負けじと引きつった笑顔を浮かべながら、水増ししてもらった上で落ちたことは色んな意味で言えないな、と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る