雨男の遺灰

アール

雨男の遺灰

あるところに雨男がおりました。


その名の通り、彼の頭の上にはいつも雨雲が浮かんでおり、太陽の光を一度も見た事がありません。


彼はいつも一人ぼっちでした。


彼には友達も恋人もおりません。


「それもこれも全部こののせい。これが原因で俺はいつも孤独だ。

ちくしょう、ちくしょう…………」


彼はいつも頭上の雨雲を恨めしそうに睨みつけていました。


誰からも必要とされないのは辛く、そして苦しい事なのです。


彼はとにかく誰からでもいい、

必要とされたかった。


そんな彼はある時、死にました。


死体の第一発見者は彼が住んでいたアパートの大家でした。


家賃を催促するために部屋を訪れた大家は見つけたのです。


床に倒れている彼の死体を。


死因は肺炎でした。


もっと早く誰かに見つけて貰えば、彼は助かったでしょう。


しかし、彼が生きている間に見つけてくれる者は誰もおりませんでした。


彼の死体は焼かれ、共同墓地に埋葬されました。


彼の死を悲しむ者は誰もおりませんでした。


学生時代の友人の間で、5分ほどの話題程度には上がりましたが、すぐに話は移り変わります。


2日も経てば彼の事など、みな忘れ去っていました。


ところがです。


ここで予想外のことが起きました。


男が埋葬されている共同墓地が、降り続けた雨の影響で洪水となり、荒れ果ててしまったのです。


墓はめちゃめちゃになり、彼以外の墓を拝みにきた遺族たちは腹を立てました。


「すぐにこの忌まわしい雨男の遺灰を何処かへやってちょうだい!

この遺灰がある限り、共同墓地にはいつも雨が降り続けてしまうわ」


こうして彼の遺灰は実質、共同墓地から追放されました。


しかし、新たな引受先はなかなか現れません。


当然です。


この遺灰があるところには年中、雨が降り続けてしまうのですから。


こうして、彼の遺灰はそこら中をたらい回しにされ続けました。


ですがそんなある時、1人の引受人が現れました。


その引受人というのは、凄腕の商人でした。


の噂を聞きつけ、ビジネスに利用しようと考えたのです。


これでようやく厄介払いができる、と考えた

墓地の管理人たちは、無料で商人に遺灰を引き渡しました。


商人は何かも計算通りだという風に、ほくそ笑みます。


そして商人は、その遺灰を持ってとある大企業の社長を訪ねました。


この社長、自分の企業の他にいくつかの植物園も経営しているのです。


商人は社長に対して言いました。


「この遺灰があれば水道代に困ることなく、植物たちを安価で育てられます。

どうでしょう、買いませんか?」


遺灰、と言う事で社長は少しきみが悪く思いましたが買ってみることにしました。


商人の言うことが本当ならば、少ない運営費でもっともっと利益を上げることができるからです。


というわけで雨男の遺灰は植物園に置かれる事になりました。


もちろん、客には秘密です。


そしてこの遺灰は莫大な効果をあげる事になりました。


いや、効果を


共同墓地の時と同様、雨が降りすぎたせいで洪水となってしまい、植物園内はめちゃくちゃになってしまいました。


怒り狂った社長は暴力団とのパイプをうまく使い、商人を半殺しにしますが、まだ腹は治りません。


「この遺灰をどうしてやろうか……」


社長は頭の中で思考を張り巡らせました。


そして一つのアイデアを閃きます。


早速社長はそれを実行に移しました。


植物園を営業している他のライバル企業のところに、この遺灰を送りつけたのです。


効果はてきめんでした。


相手の植物園もめちゃくちゃとなり、多大な被害を被りました。


それを見て社長はほくそ笑みます。


新たなこの遺灰の利用方法を思いついたからです。


彼は暴力団とのパイプをうまく使い、

武器商人とコンタクトを取る事に成功しました。


社長は武器商人に向かって言います。


「この遺灰は素晴らしいぞ。

きみもニュースで見ただろう。

私のライバル企業が運営する植物園の酷い有様を。

それもこれも全てこの不思議な遺灰のお陰なのだ」


武器商人はその話を聞いて、

はじめは信じられないという気持ちで

いっぱいでしたが社長の顔は真剣そのもの。


武器商人はうなづき、高値でその遺灰を買い取る事にしました。


そしてその武器商人により、遺灰はとてつもない効果を生み出すとして、

遠く離れた南国で勃発している戦争に投入される事になりました。


遺灰は硬い金属の箱に入れられ、敵国の領土に向かって爆弾を投下するかのように落とすのです。


遺灰は戦闘機の中に積まれ、遥か雲の上まで運ばれて行きました。


そしてこのまま敵国の領土まで運んでいき、上空から一気に落とす、筈だったのですが、ここで一つの誤算がおきました。


誤作動により、予定よりも早く投下のためのハッチが開いてしまったのです。


遺灰は、予定とは全く見当違いの場所へと落下して行きました。


落ちた場所は荒れ果てた村のど真ん中でした。


草木は枯れ、土は死に、作物などが育たない。


極度の乾燥地帯です。


村人たちは危機に瀕していました。


「仕方がない。

ワシらも悪党になり、他の村を襲うしかない。

そうしないと、もう生きていけない。

手段を選んでいる暇はないだろう…………」


村長の言葉に村人たちはうなづき、武器を手に取りました。


みな、心の中は不安と恐怖で一杯でした。


当然です。


これから罪もない人々を殺し、その食べ物や水を強奪しに行くのですから。


しかし生きる為だと村人達は涙を流しながら決意を固め、家族に別れを告げ始めました。


ですが、その時です。


彼らの体に冷たい雨の滴が落ちてきたのは。


頭上を見ると、空いっぱいに雨雲が漂っていました。


村人達は手に持っていた武器を遠くに放り投げ、目には大粒の涙を浮かべながら家族と抱き合って

踊り始めました。


その日から村には年中雨が降り続けるようになり、村人達は幸せに暮らして行きましたとさ。


めでたしめでたし。















…………とはならなかった。


それを遥か上空から眺めていた遺灰の主である、死んで魂だけとなった雨男。


彼は複雑な心境で下界を眺めていた。


村人達の喜ぶ顔が憎たらしくて、憎たらしくて仕方がない。


どうしてお前達だけ幸せになっているのだ。


孤独に死んでいった俺の立場は?


遺灰をたらい回しにされた俺の気持ちは?


なぜ俺の遺灰ばかりが喜ばれるのだ。


生きているうちに何故必要としてくれなかった?



「ちくしょう……、ちくしょう。

それもこれも全部この体質のせいだ…………」


天国でも孤独であった男は、

そう言って遥か下に浮かんでいる雨雲を

恨めしそうに睨みつけるのであった。


いつまでも…………、いつまでも…………。




























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