第91話

 多くの者が慎重に事を運んでいたはずの謀略が、あっけなく露見した。

 いや、偶発的な戦闘を始めさせてしまった。

 某愛妾の戦闘侍女が、ベン皇子とリドル皇子の力を封じるための魔晶石を盗もうとしている時に、同じように盗もうとしていた某女性魔術師と鉢合わせしてしまった。


 遠距離からの魔術攻撃ならば、某女性魔術師の方が強い

 近接の格闘戦ならば、戦闘侍女の方が強い。

 今回は双方周囲を経過していたが、某女性魔術師が魔術で自分を隠蔽していたので、戦闘侍女は直近で臭気を感じるまで気がつかなかった。

 戦闘侍女は虎獣人族の特性で隠密行動が得意なので、某女性魔術師は攻撃を受けるまで、いや、殺されるまで気がつかなかった。


 普通なら、盗もうとしている場所に人がいたら、盗むのを諦める。

 だが、新皇帝選出方法がベン皇子とリドル皇子の実力を認め、純血虎獣人族を護る案に決まったことが、某愛妾を追い詰めていた。

 虎獣人族の総意が、ベン皇子かリドル皇子の皇帝即位を求めていると、某愛妾は思ってしまった。

 このままでは、自分の子供達には皇位を争うチャンスさえ与えらないと思ってしまい、冷静な判断ができなくなっていた。


 そもそも、莫大な魔力を持つ魔晶石を毎日創り出すカチュアに勝てるはずがないし、ベン皇子とリドル皇子を同時に殺しつつ、皇帝と他の皇子皇女を同時に皆殺しにしにできなければ、全てを敵に回して勝たなくてはいけない。

 普通の判断力があれば、不可能なのは明白だった。

 その当たり前の判断ができないほど、某愛妾は欲に眼がくらんでいた。


 その愚かな判断に、戦闘侍女は従っていた。

 だから、事が露見する状況で、引くのではなく前に出てしまった。

 後宮内で殺人を犯してしまった以上、もう後には引けない。

 このまま皇位簒奪に突き進むしかない。

 そう考えた戦闘侍女は、実戦経験もそれなりにある戦士だった。


 そのまま逃げるのではなく、殺した女性魔術師の持ち物を探り、鹵獲品を確保したが、そこに七つもの魔晶石があった。

 一つしか魔晶石を確保していない某愛妾配下の戦闘侍女は、一つが八つになり、さらにこの場の魔晶石を確保して、これで勝てると思い込んでしまったのだ。


 だが、後宮総取締のマリアムは愚か者ではない。

 いや、恐ろしく切れる女なのだ。

 皇国を護りもすれば滅ぼしもする、戦略兵器の魔晶石を盗まれて気がつかないはずがなく、後宮内部に危険分子がいる事を悟っていた。


 だからカチュア製作魔晶石は、所定の位置から外されたら、後宮全体に警報が鳴るように改造されていた。

 改造したのが女性魔術師団だったから、某女性魔術師なら警報を鳴らさずに盗めただろうが、その時には危険分子が女性魔術師団にいる事が分かる。


 そのような分かり切った事が分からなくなるくらい、某女性魔術師も焦っていたし、某愛妾を余裕を失っていた。

 それくらい新皇帝選出法の発表は大きかった。

 そして今、後宮にはけたたましい警報が鳴り響いていた。

 

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