第90話

 皇帝アレサンドの提案は意外なほどすんなりと決まった。

 だがこれは皇帝の周りに腰巾着ばかりがいるからではない。

 皇帝の周りには、厳しく諫めてくれるエリックとマリアムを始めとして、近習上がりの側近忠臣がいる。

 彼らは皇帝アレサンドが誤ったことをすれば、身命を賭して諫言してくれる。

 彼らから見ても今回の件は正しい判断だった。


 一方経済力や戦力の多さで選ばれる重臣は、自分達の利権が一番だった。

 次に虎獣人族の勢力維持拡大を考えていた。

 重臣はその為に選ばれているので、考えなければいけなかった。

 多くの虎獣人族の不安と願いが彼らに重圧をかけている。

 その願いを無視すれば、秘かに排除され新たな重臣が選ばれてしまう。

 傍系王族と譜代功臣家が滅んで以降は、その程度の、直ぐにとってかわられる可能性のある、中堅貴族が重臣となっていた。


 多くの虎獣人族の中にある不安と恐怖は、人族の権力拡大だった。

 カチュアがつがいに選ばれた時とは比較にならないほどの不安と恐怖だ。

 次期皇帝がほぼ確実視されている、人族との混血虎獣人族のベン皇子とリドル皇子が、虎獣人族に敵意をもっていたら、人族の醜い差別意識を持っていたら、虎獣人族を滅ぼすかもしれない。


 滅ばさないまでも、自分と同じ人族と虎獣人族の混血を支配者層と決め、虎獣人族は混血族を生みだすだけの道具にされてしまうかもしれない。

 醜く卑しい人族との交配を強制されるかもしれない。

 そのことが純血虎獣人族の不安と恐怖だった。

 そこに皇帝から、殺し合う事にない次期皇帝選出方法の提案があったのだ。

 彼らがそれに飛びつくのは当然だったのかもしれない。


 人族の中にも色々な考えが渦巻いていた。

 カチュアの魔晶石を使って、自分を絶対的な存在にしようとした女性魔術師もいるが、それは極秘事項の魔晶石の存在を知っているからで普通はそんな考えはしない。

 多くの人族は虎獣人族に恐怖していた。

 だが生き残るために必死で虎獣人族の情報を集めていた、属国の王族や貴族の中には、ベン皇子とリドル皇子の情報を得ている者もいた。


 魔晶石の情報は知らなくても、人族と虎獣人族の混血が魔法を使えるようになる事を知り、対応策をとる者もいた。

 一族の魔力持ちや、全く関係のない魔力持ちを養子養女にして、虎獣人族との間に子供を作らせ、魔力を持つ混血虎獣人族を創り出そうとしていた。

 愛のない極悪非道な行いではあるが、元々王侯貴族の結婚は政略結婚だ。

 それを悪いと思う者はほとんどいなかった。


 魔力のある混血を創り出せなくても、混血であるだけで、ベン皇子、リドル皇子、ミレイ皇女の側近になれる確率が高かったのだ。

 

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