第21話

 ひとりの女性魔術師が毅然とした態度で前にでた。

 その態度にウィントン大公アレサンドは苛立ちを覚えた。

 それほど偉そうな態度を示すのなら、最初からあの国で立派に振舞えと。

 散々腐った者達に尻尾を振って虐待に手を貸しておいて、今更誇りを持っているような姿を見せても信じられないと。


 確かにのその通りだった。

 その点を非難して、女性魔術師を罵る事は簡単だった。

 だがそれでは、カチュアの治療が遅々として進まない。

 そこで言いたいことをグッと飲み込んで、治療を優先することにした。


 女性魔術師を警戒しているのは子犬も同じだった。

 ウーと唸り声をあげて、警戒心と敵意を剥き出しにしていた。

 女性魔術師はそのような事は意に介していなかった。

 それでも噛みつかれるのは嫌だったのだろう。

 犬に噛まれないくらいの距離から、事前に教えられた解呪の魔法と治療のための魔法を発現させた。


「あっ!」


 カチュアが驚きと痛みの声をあげた。

 解呪と治療による副作用だろう。

 体温の上昇と軽い回復痛があった。

 成長痛と同じで、失われた舌を急速に再生する以上、回復痛と再生痛はある。

 その痛みに戸惑い、声をあげてしまった。


 子犬はカチュアがまた虐められていると思った。

 カチュアを護ろうと必死だった。

 自分が幼い事も、大きな体格差がある事も無視して、思いっきり女性魔術師に噛みつき、カチュアを護ろうとした。


 女性魔術師は不意を突かれた。

 本能で相手の強さを理解できる犬が、噛みつくとは思っていなかった。

 だが直ぐに怒りが込み上げてきた。

 今迄才能と能力でチヤホヤされて、特権を得ていた魔術師だ。

 子犬ごときに噛みつかれた事で、怒りが限界をこえて、子犬を蹴り殺そうとした。


 だがそれを待っていた者がいた。

 アレサンドはこうなる事を予測していた。

 カチュアを護るために、アレサンドにまで吼えるほどの忠犬だ。

 女性魔術師を恐れ委縮するような根性なしの駄犬ではない。

 だから女性魔術師が蹴ろうとした時に、即座に女性魔術師を叩きのめした。


 女性であろうと遠慮や配慮など全くなかった。

 下顎が砕かれ歯が抜け飛び、顔が歪むほどの平手打ちを叩き込んだ。

 女性魔術師は吹き飛んだ。

 五メートルほど吹き飛び、床を数度バウンドするほどだった。

 その場にいた人間の魔術師や医師が凍り付いた。


「この犬は後宮で飼われている大切な犬だ。

 カチュアを護る忠犬だ。

 この子犬に噛みつかれるという事は、何か悪事を働こうとしたのだ。

 だが弁明の機会を与えてやる。

 おい!

 同じ人間のよしみで治療してやれ。

 早くやらんか!

 グズグズしていたら役立たずとして処刑するぞ!」

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