第19話
ウィントン大公アレサンドが、リングストン王国で暴風雨のように暴れまわっている頃、ウィントン城の後宮に残ったカチュアは、至福の時を過ごしていた。
一度は目の前で無残に殺された大切な子犬が、再び自分の前に現れてくれて、以前のように全身で愛情を示してくれるのだ。
本当の生まれ変わりかどうかなど、カチュアには分からない。
だが、そんな事はどうでもいい事だった。
今目の前にいてくれて、顔を舐めてくれて、抱きしめる事ができるのだ。
ウィントン城の後宮は、笑顔とよろこびに満ちていた。
カチュアと子犬が全身で表現する愛情が、後宮中に溢れていた。
ウィントン大公アレサンドがカチュアのために残した腹心の侍女だけでなく、カチュアを不安視したり敵意を持ったりしている貴族の手先侍女まで、カチュアと子犬も無垢の愛情表現を微笑ましく見ていた。
「クゥン、クゥン、クゥン、ワン」
「あ、あ、あ、あ」
子犬の訴えに、舌のないカチュアが懸命に答える。
その姿を見るたびに、党派を超えて侍女達の胸に人間への怒りが湧きおこる。
このような純粋無垢な子供に、なんと残虐な仕打ちをしたのかと。
「カチュア様。
直ぐにお替りをご用意いたしますので、今少しお待ちください。
食べ物の中には、子犬に悪いモノもございます。
次からはそれを考えて食事をご用意させていただきます」
「あ、あ、あ、あ」
マリアムの言葉が理解できたのだろう。
舌がない不自由な状態で、マリアムにお礼を言った。
わずかな間に、少しだけマリアムに気を許していた。
この光景を見たら、アレサンドがマリアムに理不尽な嫉妬を感じるだろう。
マリアムがカチュアを止めたのは、カチュアが自分の食事を子犬に分け与え、同じ料理を一緒に食べようとしたからだった。
後宮では、カチュアと子犬に与える食事と餌は厳密に分けていた。
カチュアには、人間が必要な栄養素を最優先した上で、カチュアの好みにあわせた料理をだしていた。
子犬の餌も同じで、子犬が食べたら身体に悪い素材を排除することを最優先した上で、必要な栄養を考えて作られていた。
子犬もマリアムに敵意を向けなかった。
アレサンドにはあれほど敵意をむき出しにしていた子犬が、カチュアが子犬に与えようとしていた料理を取り上げても、哀しい声で鳴くことはあっても、敵意を込めて吼える事をしなかった。
その代わり、直ぐに調理場から新しい料理が運ばれてきた。
カチュアが美味しく食べることができて、子犬の害にならない料理が、急いで用意され、カチュアと子犬の前に並べられた。
カチュアと子犬は満面の笑みを浮かべて仲良く食べている。
カチュアと子犬は意図することなく後宮を味方につけた。
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