第88話 見る事は見た

誰もいない教室。

見知った教室。


身体を蝕んでいた、赤い死は、無くなった。

身体に満ちていた魔力は、消失した。

身体に満ちるのは、哀しみと、虚無感。


ふと。


目の前に、美しい女性が。

この世の存在とは思えない美しさ。

一目で分かった。


この目の前の存在が……女神。


「お疲れ様です……多村たむら火鷹ほだか。こうして直接話すのは、初めてですね」


間接的に話すのも初めてな件。


「……女神様」


「はい、女神です」


女神が、朗らかな笑顔を浮かべる。


多村たむら火鷹ほだか、貴方に与えた、帰還特典の説明に来ました。素晴らしい特典の数々、きっと気に入りますよ」


……


「女神様」


「はい?」


「女神様……お願いです、やり直させて下さい」


女神は、きょとん、とすると。

困った様に、唇に手を当て。


「あのね、多村たむら火鷹ほだか。もうあの辛い世界に戻る必要は無いのですよ?時々、悔し涙を流してくれれば……この世界での酒池肉林は約束します」


「そんなものはいらない……だから、お願いします。みんなを……救いたい」


女神は、溜め息をつくと。


多村たむら火鷹ほだか。貴方は、頑張りました。本来であれば、最初の災厄に滅ぼされる世界を……安全装置である、ルシファーにまで至り……」


女神は、微笑み、


多村たむら火鷹ほだか、貴方が死んだ瞬間に、1度だけ戻してあげましょう。ですが……今、この世界の貴方に、あの世界の力を戻す……それだけです。死んだ時と、ほぼ何も変わらない……新たな修行も無しです。それでも良いのなら」


「お願いします」


相手の技の知識は得た。

時間停止は俺を不利にするだけという事も分かった。

相手を倒す為のパーツは、幾万も幾億も足りないが……

それでも……首の皮一枚、繋がった。


女神は、呆れた様な笑みを浮かべると、


「さあ、頑張って下さい……」


意識が……遠退き……


--


「驚きました。まさか戻って来るとは」


ルシファーが、呆れた様な顔をする。


「ホダカ!」

「ホダカ殿!」

「ヒタカ!」


時間は既に動いている。

というか、多分、死んだ直後じゃなく、少し経ってるよね。


「ですが、死ぬ前とは何も変わらない。迷わず、逝きなさい」


くそ……相棒……何か……何か無いか?


<称号『私はシステム。攻略情報の提供など、する訳がありません』を獲得しました[……頑張って……下さい……]>


……


「見ておきなさい。もう一度、勇者を殺します。今度こそ、最後……」


ゴウッ


ルシファーの周囲に、7つの光。


「ヒタカ!!」


ハナが、ルシファーと俺の間に割って入る。

だが、赤い光はハナの存在を無視して飛び。


俺を──


紅い暴力が、俺を蹂躪する。

続いて、蒼い光が……魂すら凍る『寒さ』が、俺を八つ裂きに。

紫の光は、烈風の死。

茶色い光は、強烈な振動。

白い光は烈光。

深い闇が俺を貫き。

そして……

虹色の光が、身体を引き裂く……


「く……何て攻撃だ……」


反撃の隙が見当たらない。

何とか身体を起こすと、油断無くルシファーを睨む。


「……何故、生きているのですか……?」


ルシファーが啞然として。

いや、エメラルド達も、目を丸くしている。

何故ってそれは……


「勇者には、一度見た技は通じない。これは最早、常識」


「そなたは、2撃目以降は見ていなかった筈だが……?」


失礼な。

見たよ。

受ける前に死んだけれど。

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