第52話 肉球で顔を洗う

「相棒よ。向こうに温泉が湧いているようだ。今日はこのあたりで夜をすごしたらどうかね」


王都へと続く街道沿い。

情報収集をしながらの旅、自然、その行程はゆっくりとなる。

あまり進まないうちに、夕方となった。


「温泉か……久々にゆっくりしようか」


清浄化ポーションで身体は綺麗にできるとは言え。

やはり、温泉でゆっくり浸かるのは良い。

心が洗われる。


「今日も野宿ですかね」


エメラルドが尋ね、


「誰もいないんだ。そのあたりの宿屋を使わせて貰ったら良いんじゃ無いか?」


「ふむ。野宿よりはマシかも知れんな」


俺の提案に、キース君が頷く。


「そうですね……では、行きましょうか、キース君」


ん?


「エメラルド姫よ。何を言っておるのだ?我は相棒と温泉に入る。お主は別の温泉に行くか、時間をずらすが良い」


ですよね。


「だ、駄目ですよ?!」


「え」


どうした、エメラルド姫。


「駄目です、駄目です、駄目です!キース君は、私と一緒に入るんです!」


ああ、キース君のもふもふぶりが気に入ったのか?

そこまでもふもふでも無いのだけど。


「エメラルド姫よ。相棒が驚いている。落ち着き給え」


「駄目です!どうしてもキース君がホダカと一緒に温泉に入るなら……私も一緒に入ります!」


「ちょ」


何言ってるの?!


何とか説得し、エメラルド姫は別の温泉に。


「エメラルドは一体どうしてあんな事を言ったんだろうな」


「さてのう……絶景絶景、ふふふ」


そこまで風光明媚な地では無いのだけど。

温泉から見る景色というのが、好印象を与えるのだろうか。

キース君が風景を賛美している。


エメラルド姫と合流し、廃墟となった宿に。


「駄目です、ホダカとキース君が同じベッドなんて!」


またエメラルド姫が爆発。

そんなにキース君が好きなの?!


「私も一緒に寝ます!」


実は夜が怖いとかそういうのだろうか……?


何とか説得し、ツインベッドの部屋で。

ベッドは、清浄化ポーションで綺麗に。


「うう……」


一緒のベッドに眠る俺とキース君を、エメラルド姫が唸る。

というか、蝙蝠ってぶら下がるんじゃ無く、ベッドで寝るんだ。

やっぱり、元人間なのかなあ?


「エメラルドはどうしたんだろうなあ……」


「さてのう……ふふふ」


こうして……世はふけていく……


--


翌朝。


ふかふかのベッドの心地良さ……その誘惑に勝利し。

ふわふわの絨毯に腰を下ろす。


窓からは、優しい朝日が差し込み。


「ふむ……まだ眠いのじゃ……」


「起きろ、キース君。まあ、このふかふかベッドの誘惑は、相当なものだけど」


清潔な宿に泊まったのなんて、何ヶ月ぶりか……というか、この世界来てから初めてじゃないか?


エメラルドは……まだ寝ているな。

エメラルドの肉球をぷにぷに……起きない。

耳をぱたぱた。

起きない。


ふさ。


頭を撫で、


「ん……ホダカ……?」


「おはよう、エメラルド」


肉球で顔を洗うエメラルドに、挨拶を──


ん?


「「「……え?」」」


その言葉は、3つの口から同時に出た。


「……なあ……エメラルド……」


「う……うん」


「猫……なんだが……?」


「猫……だにゃあ?」


本物の猫ではない。

猫人間。


頭は完全に猫。

でも人型。

パジャマも着ている。


「……むむ」


「どうした、キース君?」


「我も、蝙蝠であるな」


「うん、そうだね、蝙蝠だね」


俺は、手は人間だから、一応人間なんだろうか?

見えない部分がおかしくなっているのかも知れないが。


「というか、ホダカ」


「どうした、エメラルド」


「私達、廃墟で寝たよね?」


エメラルドの言葉を噛み砕き。

清潔な部屋を見回し。


うん。


「どこだ、ここ?」


そう。


朝起きたら。

エメラルドは猫で。

部屋は、廃墟ではなく、清潔な部屋になっていた。

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