実家の匂い

あれ、ここって…。


「あら、起きたの。昼寝なんかして疲れてるんだねえ。仕事忙しい?」


母さんだ…。

目の前に母さんがいんじゃねーか!


「なんで?!」

「なんでって何が? 何、お前、寝ぼけてるの? まあまあ」


母さんが笑ってやがる。

すげーいい顔して、元気そうで、なんだよ、これ。

タイムスリップか?

夢か?


顔を触ってみると畳の跡が残ってる。

そうだ、実家の床は畳なんだよ。

夢の中は感覚がないって聞いたことあるけど、触った感触がちゃんとあんぞ。


つーか、いつだよ、今は。


「かあさん、いま」

「お母さん、今晩はお寿司が食べたい」


俺と母さんが同時に喋った。


「え、今、なんつった?」

「今がどうしたの」


またカブってる。


「寿司食いたいの?」


早口で聞いたから俺の勝ちだ。


「そうなんだよ。何だか無性にお寿司が食べたくてねえ」

「いーよ、いーよ。寿司食いに行こう。

 回転寿司じゃなくて、ちゃんとした店行こう。俺が出してやるよ」

「ほんとに? あらあら、嬉しいじゃないの。

 じゃあ、ちょっと支度しようかねえ。うふふ」


それから約30分は経ってる。

まだ来ねえ。

ちょっと苛ついてきたな。

そういや、俺が子供ん頃も父さんがよく怒ってたっけかな。

「早くしろ!」

って怒鳴ってたっけ。

そんときゃ怖くて、せっかくの出かけるムードが台無しになってたけど、父さんが怒るのわかるわ。


ぱたぱたぱたぱた。

「はい、おまたせ」


濃いめの化粧に髪型もバッチリ決めたオバさんが出てきたぞ。

すげー服だな、おい。

どっから出してきたんだよ。

ショウノウくせーしよ。


「んじゃ行くか」


クリーニングのタグを襟からコッソリ外しながら、俺は母さんの小さな後ろ姿を見ていた。

いくら待たされても

いくら変な格好でも

全く構わない。

目の前に元気な母さんがいて、これから一緒に寿司を食いに行くんだから。

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