第4話前編.二人なら望む未来へ - 5

 昼休み中、つきねは校舎の廊下を歩いていた。

 空は昼なのに薄暗く、窓は少し雨雫で濡れている。

 飲み物を買いに自動販売機を目指しているところだが、片手でスマートフォンを確認する。

 ここねからのメッセージはない。

(おねーちゃん……大丈夫かな。)

 見るからにここねは衰弱している。少しの間の会話でも苦しそうに顔を歪めていることがある。

 顔色は悪く薄っすらだが目の下にクマもできていて、活発な姉のイメージとはかけ離れている。ただ、苦しさが身体の内から沸き上がり目覚める。つきねも何度も経験した。しかし、姉の憔悴具合はつきねが呪いを受けていた時よりもひどい。

 呪いが進行というか影響が強くなっているのだろうか。

 姉とこれからも一緒にいること。

 これが今のつきねが望みだ。最優先事項を達成するために、どうしてもここねの中から死に至る呪いを消さないといけない。

(でも、どうしたらいいんだろう……)

 文献を調べるというのは限界に来ている。ただの高校一年生であるつきねにできることはもう多くない。

 大人にも頼れない。母に鬼の姉妹のお伽噺のことを尋ねる振りをして呪いをどう思うか探ってみた。当たり前だが、実在するとは欠片も思っていなかった。

「どうしたの? つきねちゃん」

 つきねが顔を上げると、まねが側まで歩み寄ってきていた。

「こっちに歩いてくるかなーって待ってたら、俯いて動かなくちゃってたから」

 考え事に集中しすぎて、つきねは立ち止まっていたようだ。

「ここねちゃんに何かあった?」

「……え」

「つきねちゃんがそんな難しい顔する理由なんて他にないもん」

 つきねは少し迷ったが、ここねの状態が思わしくないことを伝えた。

「どうにかして力になってあげたいけど…………あ!」

 何かひらめいたようにつきねには見えたが、まねは少し申し訳なさそうに切り出した。

「ただの神頼みなんだけどね、この町に古くからある神社が「疫病除け」のお守りとかお札を扱ってるんだって。何でも鬼の姉妹のお伽噺と関係があるとかないとか」

「……本当ですか!?」

 大きい声を出したつきねにまねは目を丸くしたが、すぐ頷き返した。

「前にね、ここねちゃんに町に伝わるお伽噺のこと聞かれて、その時は全然知らなかったんだけど。気になって調べてみたの。神社の公式サイトとかなくて、由来が本当かは怪しいかなー……」

 まねは信憑性を疑っているが、つきねにとっては赴く価値は充分にある。

「今度の休みに行ってみます……ありがとまね先輩!」

「行くなら早い方がいいもんね」

 まねがもたらした情報で好転するかもと思うと、つきねの顔はほころんでいた。


 つきねは帰宅すると、すぐにここねに昼に聞いた神社のことを話した。

 姉はベッドの端に腰かけて、時々頷きながら聞いていた。

「まねが……」

「家からじゃちょっと遠いけど、自転車なら行ける距離だし」

 つきねは明日にでも行ってみたい気持ちだったが、流石に学校は休めないし放課後では夜になってしまう。

「毎週調べものに行ってくれてるけど……つきねもちゃんと休んだ方がいいよ。呪いとか関係なく——」

「大丈夫大丈夫。筋トレも続けてるし」

「神社に行ったって、手がかりが見つかるとは限らないし……」

「……おねーちゃん?」

 思いがけないここねの言葉に、つきねは心臓がドキリとした。

 何故そんなことを言うのだろうか。つきねも解決策が都合よく出てくるとは考えていない。「もしかしたら」に賭けたいだけだ。ここねにはもちろん後押ししてもらえると思っていた。

「…………」

 ここねは俯き加減につきねから視線を逸らす。

 そんな態度にも、つきねは少しムッとなる。

 無言の時間が停滞する。

「もう諦めちゃってるの……?」

 それはここねと接していて、たまにつきねが感じることだった。

 問いかけに、ここねの身体が微かにビクッと反応した。

「なんで? どうしてなの?」

「…………」

「もしも……だけど、つきねだけでも生きてればいい、なんて考えたら怒るよ」

 つきねは声を荒げずに本心を伝える。

「つきねは……一緒に生きる道を探そうって言ったよ」

「わ、私だって……つきねとこれからも……生きたい! 決まってるじゃん!」

「なら——!」

「でも……!」

 ここねの目がつきねをしっかりと捉える。姉の瞳に涙がたまっていくのがつきねにも分かった。

「どうしたらいいか全然分からないよ……! それなら……私は……」

 しかし、ここねの口から言葉は続かなかった。

 つきねの唇は乾いていた。いや、身体中から潤いが抜けていくそんな感覚に陥っていた。

「つきねは……まだ諦めたくない」

 つきねはここねの部屋を後にした。

 ドア越しにつきねは自分の名を呼ぶ姉の声が聞こえた気がした。

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