第4話前編.二人なら望む未来へ - 4
つきねの歌声がここねを包んだ。
柔らかく温かい——それでいて、力強い声音。
美しい旋律と調和した歌は、ここねを励ましてくれる。
心地よくて嬉しくて、ここねは小さくハミングを重ねる。
(本当はつきねと、歌いたい……)
以前歌おうと軽音部の三人でリストアップした曲だ。
もし呪いなんてものがなければ、二人で歌っていたはずで、ここねは少しだけ悔しい。つきねがこの歌をしっかり練習したというのが伝わってくる。妹がどんな気持ちでこの曲を歌っているのか、何となく分かるような気がした。
それならば、今抱いている小さな悔しさをバネに「歌いたい」を「歌う」にしないといけない。
今すぐには無理でもいつか必ず、とここねにそう思わせる。
つきねが歌い終わると、ここねは何度も拍手で送った。はにかむつきねはさっきまでの頼もしい感じとは打って変わって、愛らしい。
「今度は一緒に……ね?」
「……うん! 絶対に」
(未来を掴むんだ。これからもつきねの笑顔をずっとそばで見ていたいっ!)
ここねは、疼くような鈍痛を生む呪いにも、負けるわけにはいかない。
自分の「好き」を信じていれば、力が湧いてくる。
今まさに大好きな妹と歌から勇気をもらえたのだ。好きなものを手放したら、自分が自分でなくなってしまう。
それから数日後の朝。
ここねは学校に行こうと制服をかけたハンガーを取ろうと手を伸ばす。
すると、視界が急に落下し、ここねの身体は自室の床に倒れこんでしまった。その音を聞きつけたつきねが勢いよくドアを開けた。
「……大丈夫っ!?」
つきねが抱き起こしてくれる。
「ありがと……なんか急にフラっとしたみたい。制服……取ってくれる?」
「ダメだよ……身体も熱いし今日も休まないと。とりあえずベッドに横になろう?」
どうやらここねのやる気と身体の状態は反比例するらしい。
「学校……行きたいよ」
小学生みたいな駄々をこねてしまうここね。つきねは眉を下げ、困り顔だ。
「本当なら……入院してほしいくらいなんだよ?」
近頃、体調の悪化が著しい。原因はやはり分からない。呪いは治せずともここねの体力面を考えれば点滴などの現代医学によるサポートは無駄ではない——というのが、つきねの主張だ。
しかし、迷惑をかけると分かっていながら、ここねは鈴代家で過ごすことを強く望んだ。
「ごめん。でも、入院は……」
つきねと離れ離れになるのは嫌だった。
「お母さんたちには今倒れたこと内緒にしとくから。安静にしててね?」
ここねは頷いて、妹の問いかけに返した。
これではどちらが姉なのか分からない。しかし、額に触れたつきねの手はひんやりとして気持ちがよくて、ここねはそのまま目を閉じて眠ってしまった。
今年の梅雨はいつもより長く感じた。
例年と変わらないと言うテレビの天気予報は間違っているというのが、ここねの考えだ。
雨は時より強く降り、ノイズのような音を立てていく。
布団をかぶっていても、ひどく耳障りでここねは顔をしかめる。
「…………」
七月に入っても、ここねの体調が上向くことはなかった。雨に打たれすぎた苺やブドウのように弱りきっていた。
肉体の不調は心を摩耗させる。
ふと現れる弱気を払おうと、ここねは気を張っていたが長くは続かなかったのだ。
正常ならば意識することが少ない呼吸を最近は身体で感じている。
コンコンとドアがノックされる。
「おねーちゃん、起きてる?」
心配そうな妹の声だ。ここねは布団から顔を出して応じる。
「……学校行く前にどうかなってちょっと見に来た」
「んー……あまり変わらない」
「そっか。何かあったら連絡して。すぐ帰って来るから」
ここねは小さく首を上下させて、つきねを見送った。
頭はぼんやりしたままだが、部屋を出ていく妹の姿にここねは安堵する。
(つきねが無事でいてくれれば……)
最近は解呪されて自分の身体が復調することより、呪いの被害がつきねに及ばないことをここねは願うようになっていた。
そのために呪いを妹から奪い、この身に取り込んだのだ。
どんなに苦しくても、死が近づいていても、それだけは——
「間違ってない……んだ」
好きなものは、何に代えても守りたいのだから。
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