第3話前編.夕暮れ時に影重なる - 1
春の柔らかな日差しを浴びながら、鈴代つきねは姉のここねと音咲高校の校門をくぐる。
気温はまだ高くないものの、校内に植えられた樹木からは瑞々しい新緑の空気が感じられる。冬の気配はもうどこにもない。
もうすぐゴールデンウィークという時期だが、つきねが音咲高校の制服に袖を通すのは実に数週間ぶりだ。
自分の制服姿に慣れるのにも、まだ少し時間がかかりそうだ。
「うん! もう大丈夫そうだね」
つきねの顔をまじまじ見つめた後、ここねは満足げに頷いた。
「最近調子いいみたいで」
姉と流星 を見に行った日を過ぎた頃からだろうか。
あれほど頻繁に起きていた発熱が嘘のように治まった。だから、流れ星が願いを叶えてくれたのかもしれない。つきねはそんな風に考えていた。
(あ。これも見に行こうって誘い出してくれたおねーちゃんのおかげかな?)
こうして、また二人で学校にも行ける。そのこと自体がつきねには嬉しくて、たまらなかった。
ただ、その日の夜——正確には、流星 に願いをかけたその少し後の記憶が曖昧で、気づいた時にはつきねはベンチでここねに膝枕をしてもらっていた。またここねに迷惑をかけてしまった。
今思うとあの時は熱があったのかもしれない。
空には、真っ赤な……紅い月があった。
あの風景を思い浮かべるだけで、つきねの心は少しざわついた。はっきりとは覚えていないが、紅い不気味な月の下でつきねはここねに胸を貫かれたのだ。貫かれた瞬間の光景だけはつきねの記憶に鮮明に焼き付いている。
しかし、ひどく現実感がない。そのはずなのに、悪寒のような不快感に襲われた。自分の心臓のあたりに姉の腕が綺麗に埋まっていたという奇異さはショッキングなものだった。
(おねーちゃんとつきねが……あんな風に戦ったり、するわけないよ)
つきねは中学生の時にも、紅い月と無音に支配された世界を体験したことがある。
熱のせいもあって、その記憶が混ざり合い、おかしな夢を見てしまったのだろう。
きっとそうだ。夢でなければ、あんな——
「どうしたの? つきね」
考え事をしていたつきねにここねが声をかけてくる。
「あ、うん。大丈夫」
ここでまた姉に無用な心配をさせたくはなかった。だから、つきねは何でもないように答えた。
「じゃあ、またお昼に……じゃなかった。放課後ね! ちゃんと友達を作るように。おねーちゃんとの約束だ!」
「分かってるって」
ここねはウィンクと一緒にサムズアップを見せると、二年生の下駄箱がある方へ歩いていく。
あいかわらず姉は心配性だ。しかし、今回の心配はつきねにも理由がよく分かる。
なにせ入学して早々に入院してしまった。もう人間関係が出来上がっている頃で、クラスに馴染めるかという不安はつきねにもある。教室に入るのに少しだけ気が重い。
ただ、そうも言っていられない。ここねに今さっき「分かってる」と返した以上、勇気を出さないといけない。
つきねは上履きに履き替えると、自分の教室に向かった。
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