第2話前編.待ちに待ったスタートライン - 5
鈴代ここねにとって、どこか見たことのある風景。どこか違うような街並みだった。
今目の前にある、美癸恋中学校の校舎は、ここねの記憶の中にあるものよりも随分ときれいだ。そこから程なくのところにあるカラオケ店も新装開店したのかと思うほどで、『オラオケ』の看板もピカピカだった。
笑顔を浮かべる二人の姉妹の姿が見える。
しかし、その顔がすぐに陰る。片方の顔が苦痛にゆがむ。もう一つの少女が悲嘆に暮れた顔を浮かべる。そして、多くの涙と一つの命が落ちていった。
その悲劇の光景は一度きりではなかった。
見える景色が少しずつ変わっても、ここねが住む美癸恋町だという直感があった。
この土地に生まれた姉妹が発症する病——時によっては「死の呪い」と呼ばれる厄災に見舞われていく。
いつも呪われるのは二人の姉妹だった。ここねとつきねのような年子の姉妹。見た目そっくりな双子の姉妹。年が離れているような姉妹であっても。
呪いは多くの姉妹から平穏を、普通の生活を奪い去り、一緒にいきたいという願いを手折ってきた。
もう消えたかと思った頃に、この厄災は仲の良い姉妹を引き裂くように現れる。
少し遠くから古い映画を見せられているような不思議な幻視を、ここねは否定し拒絶したかった。
苦しむ少女の姿が一瞬つきねに重なる。
涙を流すことしかできない少女に、ここねは自分を重ねてしまう。
(こんなのって……こんなのってないよ……!!)
もう見たくないとここねが強く思っても呪いは時代を遡り続ける。
果たして何が原因なのか。
どうすればいいのか、精いっぱいあがく者。姉妹二人悲しみに暮れ、最後の時まで共に過ごす者。
姉妹のどちらかが死ぬという運命からは誰一人逃れられない。
そして、ここねは一風変わった姉妹の姿を捉えていた。
里から離れた山で暮らす姉妹だ。身に着ける衣服も着物には違いないが、ここねが見たことのあるものに比べたら簡素、言ってしまえば粗悪なものだ。陽が落ちれば、そこには暗闇しかない。
今の美癸恋町の面影など露ほどもないくらい昔なのだと、ここねは想像する。
呪いのせいですでに衰弱した妹のために、食べ物を求める少女に手を差し伸べる人間は誰一人いない。
その少女が近づこうとすれば、穢れのように忌避する態度が露になる。娘に石を投げつける者さえいる。
「鬼の子」
そんな言葉をぶつける誰かの声がした。
次の瞬間には場面が切り替わり、荒屋で病床に伏す妹と付き添う姉の姿のみ。
「姉様……ごめんなさい。私のせいで……」
「いいの。あなたは私の妹。今ではたった一人の家族なのだから」
妹の方が熱に侵されていることは、ここねにも分かった。
鬼と呼ばれていても、二人の間には強い親愛の情が見て取れた。
しかし、妹の肉体に宿る『死』に至る呪いが、ついに姉をも蝕み始める。
「呪いさえなければ……」
妹は自らの死を望んだ。それしか姉を苦しみから救う手段がないと思って。
姉が自分を殺そうとした時、少女は笑顔を浮かべる。
最愛の妹を殺すこと。
最愛の姉に命を捧げること。
もはやそれしかできなかったのかもしれない。
姉は妹の胸を貫いた。片方の姉妹が死んでゆく——ここねが今まで見てきた悲しい最後だ。しかし、命を失ったのは呪いを宿していた妹ではなく、妹の心臓を抉った姉の方だったのだ。
自らを弄んできた呪いから解放された時、鬼の血を引く娘は何よりも愛おしい者を喪い、だた孤独な存在になった。
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