第2話前編.待ちに待ったスタートライン - 3

「つきねちゃん、ほんと目が覚めてよかったね」

 放課後、この日何度目になるか分からないつきねの話題をしながら、ここねたちは部室へ向かう廊下を歩く。

 この先にある階段を上らないと、軽音部の部室には行けない。

「まだ時々高めの熱が出るせいで、もう少し入院しないといけないみたいだけど」

 つきねの意識は回復したものの、高熱の原因は分からないままで退院の目途は立たない。両親から精密検査の結果を教えてもらっても結局変わらなかった。

「だからさ、まね今日もなんだけど……」

 ここねの足が止まり、続けようとした言葉も止まってしまう。

「お見舞い行きたいんだよね?」

 問いかけにここねが頷くと、まねはポンと自分の胸を叩いた。

「大丈夫、新入部員の勧誘は私に任せて。去年の文化祭で二人が歌った時の動画があれば、結構話聞いてもらえるし!」

 まねがいつの間にかYouTubeにアップしていた動画は、結構な再生数になっていて時々違うクラスの子にも「動画見たよー」と言ってもらえたりする。

「ごめん、ありがとう。この埋め合わせは絶対するから」

「いいからいいから。つきねちゃんが待ってるよ」

「うん、また明日ね」

 ここねは親友から後押しされて、妹の待つ病院に急いだ。


 ここねはつきねの病室にある洗面台で花瓶の水を変える。

 つきねが眠っているうちにできることをやるしかない。

 担当の看護師が言うには昼過ぎにまたひどい発熱があったらしく、確かに寝ているつきねの顔色はあまり良くなかった。

(今日はつきねと話ができると思ったんだけどなぁ……)

 つきねの気が少しでもまぎれてくれればと思いながら、ここねは新しく買ってきた花を花瓶に挿す。

「おねーちゃん……今日も来てくれたんだ」

 その元気のない声に振り返ると、つきねが身体を起こそうとしていた。

 ここねはすぐフォローに駆け寄る。

「……お花もありがとね。来たなら起こしてくれればよかったのに」

「何言ってんの。今はいっぱい寝て体力を回復させるときだよ。今は大丈夫なの? 看護師さん呼ぶ?」

「たぶん……平気。熱も下がったと思う。あ、でも……ちょっと喉渇いたかも」

「ちょっと待っててー」

 ここねはプラスチック製のマグカップに水を注ぐと、ストロー付きの蓋を閉める。

「ごめんね……おねーちゃん」

 マグカップを受け取ったつきねがそんなことを言う。

「気にしないの。おねーちゃんに任せちゃって」

 こんな時なんだから思いっきり甘えてもらっても構わないのに、というのがここねの本心だ。

「そうじゃなくて……せっかく軽音部入ったのに全然活動できないから」

 ここねはそっとつきねの頭を撫でた。

「つきねが元気になってくれれば、それでいいから。私たちの歌も夢も逃げないから全然大丈夫! 逃げてもすぐ捕まえちゃえばいいんだよ」

 つきねは分かってくれたのか小さく頷いて、水をゆっくり飲み始める。

 ガラス窓の外を見ると、陽は落ちていて暗くなっていた。

 もう少しで面会時間も終わる。つきねとはもっと一緒にいたいけれど、あまり遅くなると両親がここねの心配をするのだ。

「私、そろそろ帰るね。また明日来るから」

「うん。おねーちゃんもあまり無理しないでね」

「わかってるー。一応つきねが起きたって看護師さんに言っとくね」

 ここねは音咲高校指定のバッグを肩にかけると、つきねの個室を後にした。

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